第18話 劣勢
あの後、ダバスド、アインツ、コープル、カレンを交えた会議が続けられ、作戦を盤石なものにしていった。財団側、もといナルターも協力的で、隠し事があるようなそぶりは見せず、今ある情報は全て提示しているようだった。本来のリッチーよりも危険性が高いことを警告し、無理をするなとの文言まで出てきたのだ。相当な強者だと理解した四人だが真面目に、冷静に準備と覚悟を行った。
その日を迎えた四人は、目的の場所である「憂鬱の墓所」まで馬車で揺られていた。ダバスドとコープルは装備を新調し、優れたものを携えていた。ここの所、何度も交換はしてきたが今までで一番馴染み、今から倒すプロダクターには遺憾なくポテンシャルを発揮できるものだった。ダバスドは鉄の盾と、刀身が長く刃幅が短い直剣を装備し、甲冑に似た鉄の動きやすい防具を着ていた。コープルは丈の長い弓を装備し、デバフを与えるポーションを矢に込めて放てるようにカスタマイズしていた。防具は身のこなしを重視し、従来の革の装備に、麻の上着を羽織っていた。
「あまり良い場所ではないですね。」
カレンが墓所周辺の景色を見て呟いた。墓所はどういうわけか、いつ入っても夜で、満月が常に夜道を照らしていた。一方で、もう使われることも見舞われることもない墓所が乱立しているのが遠くから見え、手入れもされていないのため不気味さを強調していた。
「おらもそう思う。やが、明るいのは好都合だ。」
短くアインツは返した。ここに来るまでの数日間のうち、ダバスドたちと他の依頼にも赴いたので、この男も多少は馴染んでいた。スパイクの着いた丸盾にトンカチを装備し、防具もタンクにしては軽装でダバスドと同じような鉄の防具の下に、鎖帷子をあしらったものを着ていた。
いつもの如く、墓所の入り口で馬車は止まり、ダバスドたちを置いて街へとかけていった。入口の門は鉄でできた格子状のものだったが、この場所にしては折れ曲がったりせず、本来の形を残して存在した。既に開けられ、闇はダバスドを歓迎しているようだった。常に何かが蠢く音と、唸る音が混ざり、入ることにためらいを感じさせる。
中の墓所は開け、朽ちた墓石が縦横無尽にある場所だったが、濃霧に阻まれ開けた視界とは言えない状態だった。うっすらと向こう側の情景が見えるものの、墓石が続くだけの無機質な場所だった。墓石以外には解読不明の字が綴られた碑文がポツリと立っている場所などもあり、それが人によって作られた物かは不明だった。
歩いていると急に、霧から飛び出してきた何かに四人は警戒した。それは死肉を引きずった犬かオオカミかの獣で、俊敏性はそれなりにあった。数匹だったため、戦闘は語る必要もなく即座に終わり、ダバスドとアインツがそれを焼き払った。しばらくそれを観察し、相手の再生力を伺った。
「気味が悪いな。確かに焼くことができれば再生力は段違いに落ちているみたいだ。」
ダバスドはその死体を見て言った。切って動かなくなった傍から死体は鼓動し、再生を開始し、ゆっくりではあるものの確実に蘇っていた。燃やしたことで著しくそれを遅らせることができていた。
「そうだね。早く親元を倒しに行こう。それを叩けば再生もしなくなる。」
コープルも呼応し、観察を止め、四人は歩き出した。目的の場所まで地図に頼っていたが、途中、謎の試験管などが散らばっている場所もあった。
「他の財団もここを往来したらしい。この刻印はそうだな。」
アインツがそれを拾い、目を通して言った。その試験管には文字が掘られ、掃討奮起以外の介入もあるため、相当な規模を誇っている場所だと予想できた。その間、カレンは十字を切り、ずっと祈りを捧げていた。
「大丈夫か?カレン。無理そうなら諦めてもいい。」
カレンが討伐依頼中、奇跡以外で祈りを捧げているのは珍しく、その見慣れない行動にダバスドは悪い予感がした。
「いえ、ただ変なんです。気配、でしょうか。ただのアポカルでは無いような気がして…私は大丈夫です。」
とカレンは答え、この場から離れるという選択肢は取らなかった。他三人も警戒を深め、また歩みを進めた。
ターゲットの居る場所は巡回できる墓所で、他の場所よりも比較的等間隔で墓石が並んでいる所だった。辺りは鉄柵で囲われ、いかにもひと悶着ありそうな雰囲気を醸し出していた。見渡す限り墓石で、広く、陰鬱な場所でもあった。
その眼前にいるアボーブの姿に、カレンが言ったただのアポカルではないという言葉が体現されていた。真っ白なローブに、腕のようなものが生えていたが、それは触手の束で、手と思しき場所は、骨のような素材の立方体の形をしていた。顔部分も同様に立方体で、全体像としては、触手の束がその立方体を支え、そいつがローブを着させられているようであった。足のようなものはなく、蠢く触手があるだけで、体は半分宙に浮いていた。
「なんだよ、あれ。触手くらいしか生き物らしさがないぞ。特殊個体っていうか別物だろ。」
気持ちの悪い無機質な姿に、ダバスドは嫌悪を覚えていた。ローブくらいしかリッチーと判別できるものはなく、何をしてくるかは目からの情報では考えられなかった。
「始まるよ。」
相手の殺気にコープルが気づき、いつもの様にバフをした。やむを得ず長期戦になった時のために持続回復と、スタミナの増強を付与するものだ。
肝心の相手はこちらをからかう様に漂うだけで、距離を取っているようにも見えた。しかし、コープルが感じた殺気も間違いではなく、墓場から無数の死体が一気に溢れ、ダバスドたちを取り囲んだ。人、犬、鳥、ワーム。だったと思われる有象無象が蘇ったのだ。中にはここで命を落としたモノもいたが、ここで命を落としたはずがないモノまでもいた。
「くっついて戦おう。この数はヤバイなあ。」
残党と聞いていたはずが圧倒的な死体に囲まれ、アインツはタンクらしく皆を寄せた。全部が全部敵意を表し、死体だからと言って攻撃が鈍いなんて甘い世界ではなかった。
カレンは祈り、ダバスドたちを暖かな光で包む。それにはバリアの役割もあり、数度の攻撃は耐えることができるものだった。それが間に合い死肉たちの猛攻を防ぎ、こちらの攻撃を一方的に通す。一対一ならたいした問題ではないため、バタバタと切り伏せていったが、何分量に押されていた。
「何とかして本体を叩くぞ。」
ダバスドは号令を上げ、迫り狂う攻撃をいなしながら、プロダクターの元へ進む。相変わらずプロダクターはフヨフヨと漂い、苦戦するダバスドたちに嘲笑を送っているようだった。
何とか全員で奮闘し、プロダクターの前まで来たが、意思があるのか、直ぐに距離を取られた。幸い、周りは鉄柵のため、身動きに制限は生まれるがそれでも厄介なことに代わりなかった。
「恐ろしい。ああ、命への冒涜。」
カレンは後衛で、ダバスドたちが切り伏せていく死体を見ていたわけだが、そこにある異変に気づき、声を震わせた。それらの死体は入り口で切った獣とは違い、燃えているにも関わらず、立ち上がりマリオネットの様にふらふらとダバスドを追ってきていた。
「とんでもない再生力。いや、こいつ自身が操っているのか。さっさと蹴りを着けよう。」
その劣勢を理解し、自分たちに危機が迫っていることをダバスドたちは痛烈に感じていた。こちらの体力にも限界であり、先ほど囲んでいた残党と、残りのモノともう一度戦うことになれば、負けは必至だった。
囲われながらもようやくプロダクターに近づくことに成功し、勝機は見えた。だが、その相手に集中することは非常に困難になった。
「申し訳ございません。もう奇跡で敵の攻撃を止めることは出来ません。ですが、行く手を少し停めます。」
カレンはずっとバリアを張り直し続け、メンバーに攻撃が行くの防いでいた。それだけの手数を阻むとなれば、本人に掛かる負荷は相当なもので、彼女は疲弊しきって息も絶え絶えだった。それでも奇跡を使い、迫る死肉たちを仰け反らせ、気絶させた。範囲は広く、それらに邪魔をされつつの戦闘をせずに済みそうだった。
「ありがとう嬢ちゃん。おらはもう大丈夫でえ。俺の後ろに張り付いてな。」
アインツはタンクという職務を全うし、カレンを守ることに重点を置くことにした。その間にダバスドたちは攻撃を加え、終わらせるという魂胆だ。
「何をしてくるかは分からない。しかし、時間もない。切りかかるぞ、コープル。」
そうダバスドがコープルに指示を出すと、二人は阿吽の呼吸で攻撃を開始した。矢はダバスドの横を駆け、敵に隙を作らせた。すかさず、ダバスドが相手の胴部分に切りかかる。
「まずい。見切ってやがる。」
完全に流れをつかんだはずのダバスドたちだったが、触手が鋭利に、素早く動いて矢を弾き、剣を止めた。それだけでなく、もう一方の手で一閃を放ち反撃した。その立方体は形を変えたのか、元からそういう素材なのかは不明だが、ダバスドの盾を貫き、バッサリと切り口を作った。それに対応し盾を合わせれたわけなのだが、腕は脱力し、血が滴り地面を染めた。死は避けたが、継戦能力を削がれることとなった。
「ダバスドさん!今すぐ直します!」
カレンがその深い傷と窮地を見て、ダバスドに駆け寄ろうとした。それを止めるためにアインツはカレンの前に出て、体で進行をブロックした。相手の攻撃を遠くから眺めていたのに見切れなかったことを考慮し、それが危険極まりない行動であると判断したからだ。
前に出て少し、ほんの少し、カレンを止めるためにアインツが隙を見せた。そこをこのプロダクターが逃すことは無かった。またも触手の腕を伸ばし、立方体をアインツにぶつけた。それは紙を破るようにアインツの胸を貫通し、血を吹き上がらせた。そんなことをされて生きているはずもなく、絶望の表情と共にアインツは崩れ去った。
「ああ、私のせいで。」
献身的なカレンはやはり自分を責めた。勝手な行動で人を死なせたと考え、負の感情があふれ出す。されど討伐者としての本質はあり、目の前の戦闘から目を背けることはせず、うろたえるのやめてプロダクターを見据えた。
伸びた触手が戻る前にダバスドがそれを切り捨て、落とした。触手部分は柔らかく、剣さえ通ってしまえば、脆いものだった。攻撃を食らったプロダクターは触手を荒ぶらせ、痛みのような信号を発していたが、生物的な分析ができないため、それがどれだけ有効打になったかは分からなかった。
「手段はある。このまま押し切ろう。」
コープルはすぐさまダバスドに指示した。攻撃によって生まれた隙を攻撃で突けば、おそらく絶命に至らせるのは難しいことではなかった。
「言われなくても。」
ダバスドは仲間の死を無駄にしないためにも、思い切り剣を薙いで相手の胴体を分断した。どさりと落ち、下半身の厄介な、気味の悪いうねうねは動かなくなった。しかし、上は依然生命力があり、切った部分からは血のように未知のガスが噴き出していた。そして、他の死肉と同様、再生が開始されていた。
「こいつ自体も再生するらしい。が、命を絶てばどうだ。」
ダバスドは剣に火を纏わせ、それをそのままプロダクターに突き刺そうとした。ダバスドに隙は無かったが、剣が届く間際、プロダクターから妙な光が放たれて、ダバスドの剣を届かせなかった。近くにいたダバスドとコープルはそれに当たり、少し吹き飛ばされた。プロダクターはカレンの奇跡を学習し、それを放っていた。効力は小さく、数秒ほどしか拘束時間はないものの、戦闘を得意としない残った一人を冥土に送るのには十分だった。
プロダクターは飛翔するように距離を詰め、カレンに切り口から出たガスを浴びせ、直接的な殺傷力のある攻撃はしなかった。
「カレン!」
意識を取り戻したダバスドの前にはまともに攻撃を食らっているカレンの姿があった。武器を持たないカレンは祈り、奇跡を起こそうと心がけるがその抵抗空しく、力が抜けていった。
「身に余る幸福。救いは、救いは。私をこんなにも導いて下さるとは。」
攻撃を受けたことでカレンは元気を取り戻し、妙なことを口ずさんだ。死ぬわけではなく、立っていたのだ。するとカレンは笑いながら奥の鉄柵の間から抜けていき、暗がりに姿を消していった。プロダクターももうカレンを敵とは見なしておらず、それに構うことは無かった。
「どこに行くんだカレン。待て!」
ダバスドは呼びかけ、連れ戻そうと前に出ようとする。ところがコープルが肩を掴み、その行動を止めた。辺りでは気絶していた死肉たちも動きを見せ、戦いに参加できる準備が整いつつあるので、ここから二人で勝つことも、彼女を追うことも無謀でしかなかった。
「もう。あの子は…」
コープルは説得し、無謀な選択を制止することに尽力する。きっとカレンがおかしくなり、もう戻ってこないことはダバスドも解っていた。しかし、それを簡単に認められるほど、彼女への情は冷えていない。
「離せ!仇をとるんだ!」
振り払い、前へ出る。彼女を追うことは出来なかったとしてもこいつだけは殺して無念を晴らす。いや、そもそもそうしなければ今から追うことだってできない。そういう思いが反復し、撤退など絶対にありえなかった。
ダバスドが走りこもうとすると辺りに煙幕が立ちこめ、首筋に瓶が強く当たり、割れた。直ぐに意識は遠くなり、絶望の中で目を閉じた。
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