第16話 日常の中で

 この街の依頼はオートヴェムよりも難しいものだったが、相対的に他の討伐者のレベルが高く、ダバスドたちの才能も秀でていたため、苦戦することは少なかった。ここでもダバスドたちは引けを取らず依頼をこなし、まだまだ成長の兆しが途絶えることもなさそうだった。

 依頼はダバスドとコープルで向かうことも多かったが、推薦で呼ばれることもしばしばあり、以前よりは一緒に冒険に行く回数は少なくなっていた。しかし、成長の歩幅は奇しくも同じ速さであったため、上に辿り着くのも同時期だと予想できた。また慣れれば、共に多くの依頼をこなすことは容易だったわけだ。この街での暮らしには完全に慣れ、ダバスドはオルテンとの仲も深まった。ダバスドにはそこに行く用はほとんどなかったが、友人として訪問しても彼女は悪い顔をしなかった。謎は多いままだが、友人としての関係は良好と言えた。

 そしてダバスドは数多の依頼をこなす中で、より強くカレンに惹かれていった。リストに名前が挙がっている時は優先的に選び、推薦で行った依頼にも偶然カレンが居たりもしたので、自然と話す機会も増え、彼女との仲も深まっていた。討伐者としてはよろしくはない、メンバーに対して絆以上の関係をダバスドは期待してしまっていた。だが、それは一方で向上心にも繋がっていた。より強く、頼れる男でありたいと望んだダバスドは、鍛錬に励み、更に強くなることへ向かっていった。その先に何があるかは分からないが、一つでも多く、彼女のためにできることを増やしたいという思いだった。

 そんな日々が続いていたある日、食料品の買い足しをダバスドがしていると、街ではあまり姿を見かけないカレンに出会うことになった。そこは老舗のパン屋で、ダバスドがパンを選んでいるとカレンが入店してきた。

「あ、おはようございます。ダバスドさん。」

 さわやかな笑顔でカレンは挨拶し、会釈した。格好はいつもと変わらぬ修道服で、普段着ではなかった。

「おはよう。珍しいな。普段は見かけないけど、いつもは何処に居るんだ?」

 ダバスドも手を振り返した。思いもよらぬ出会いに内心は嬉しかった。

「はい、街の中にある教会堂に居ます。それか自宅ですかね。お恥ずかしながら出不精なので。」

 カレンはダバスドの横に着き、同じ棚を眺めながら答えた。ダバスドは休日ということも相まって、そこで思い切った発言をした。

「カレン。この後食事でもどうだ?もし暇ならだけど。」

 明らかに仕事の服をしていたが、わざわざ朝からパンを買いに来ていることを考え、ダメ元で聞いてみることにしたのだ。

「本当ですか?私でよければ是非。一度教会堂へ帰るので、また後でお会いしましょう。」

 カレンはダバスドの誘いに嬉しそうに答えた。その笑顔を見て、誘って正解だとダバスドも思った。

「じゃあ後で、迎えに行くよ。」

 彼は心の中では喜び舞っていたが、あくまで冷静に頷くふりをしていた。そういうわけで午後にはデートの予定が入ることとなった。

午後に教会堂にダバスドが向かうと、既にカレンが教会の前に待機していた。修道服は着ずにチュニックのワンピースをしており、ダバスドが普段着を見るのは今日が初めてだった。

 再び挨拶をし、直ぐにレストランに向かうことになった。往復するような形で街に向かい、目的の場所までは10分程だ。特に会話も詰まることもなく、緊張はあったものの、それが表立つことは無かった。

 レストランで注文をし、それを待っている間にダバスドはカレンについて深く知るために質問をした。普段も何気ない会話の中から彼女について知る機会は多かったが、二人きりで何かを聞くというのも初めてだった。

「カレンは普段ずっと教会堂にいるのか?」

 先程の話から少し膨らませて導入を作り、そう聞いた。

「ええ、落ち着くんです。元はこの街から少し行ったところの教会堂に赴いていたのですが、もう使われなくなりまして…今ではここの教会で巡礼をさせて頂くのが慣習になりました。前の場所は私のお気に入りだったので少し残念ですが…でも、今の所もいい所です。お子さんなんかも巡礼に来られますから。」

 カレンは懐かしそうな顔で答えていた。どうやらそこはかなり思い入れの深い場所で、特別な場所でもあるみたいだった。(一応、この街にも子供はいる。幾つかの事情であまりこの街に関与することはないが、財団が保護している者も少数いるのだ。)そうして浸るのを止め

「ダバスドさんは情報収集が趣味だと言ってましたよね。他には何かされてるんですか?」

 質問に切り替えた。カレンからも話題を提供し、話を広げた。彼女自身も今回の食事を楽しんでいた。

「他には、そうだな…ショッピングとかが好きだな。どれも実用的なものばかりだが。依頼に関係あるものが多いが、この街には未知のものも沢山あって面白いんだ。」

 その話題にダバスドも食いつき、会話は弾んだ。この街は娯楽が多いわけではないが暇を潰す手段などはいくらでもあった。そういう話をしていると、食事も運ばれてきて食事をしながらの会話が続いた。

 最初は何気ない会話をし、普段のカレンを知ることにも成功していた。彼女は見かけ通りの穏やかな性格をしており、ガーデニングを趣味にしたりボランティアを好んで行っていたりと、聖人らしい聖人にダバスドには映った。彼女に対しての興味は深くなる一方だが、ダバスドの中では疑問も生まれた。会話が途切れたので、ダバスドはそれについて触れることにした。

「カレンは、どうして討伐者になったんだ?武器も持たないし、戦うことも好んでないだろ?急にすまない、だけど前から気になっていたんだ。嫌なら答えなくていい。」

 改まって聞いたが、場にふさわしくない質問だと気づきバツが悪くなった。カレンは一討伐者としての立ち位置だったが、敵を直接的に葬ったことも、攻撃したこともなかった。そんな異質に触れても、彼女は顔をしかめることもなくいつも通りの穏やかさで対応した。

「お気になさらず。変だとはよく言われるんです。私の奇跡は、人を助けるに値するとの思し召しを頂いたのがきっかけです。人が死ぬのも、アポカルが死ぬのも本当は辛いです。ですが、アポカルは混沌を招くとの教えもあるのです。ですが、戦うのは悪を浄化する意図のものではありません。それを敵とはせず、あくまで調和のために戦っているのです。それに抗い、平和を導けるのなら私はそうします。そして私が討伐者を続けるのは一人でも多く救い、それに生涯を捧げたいからなんです。ごめんなさい。長くなりました。」

 カレンはダバスドの問いに熱心に答え、切実な思いと共に話した。彼女がやはり献身的だと理解したが一部よくわからないことを話しているのも確かだった。

「いや、いくらでも聞く。もっと聞きたいくらいだ。しかし、その混沌を招くっていうのはどういう意味だ?」

 彼女が何によってその教えを得たかも気にはなったが、アポカルという存在がどういった影響を及ぼすのかについてはもっと気になった。環境を破壊するだとか、人類を滅亡に追い込むとかそんな話はいくらでもあるが、どうもそれよりきな臭い感じがしたのだ。

「私も全てを知っているわけではありません。ですが、放置すれば概念そのものが瓦解する恐れがあると言われています。そうなれば世界滅亡どころか、私たちは虚無に囚われ、果ては私たち自身が悪しき存在へとなるとの説もあります。」

 彼女が新しいことを口にすると、より多くの疑問を生むことになった。頭でもおかしくなったかと思われるような内容だが、彼女の眼はじっとダバスドを見つめていた。

「カレンはそれをどこで知った?」

 疑うわけではないが、突拍子もなかったのでダバスドはそう聞いた。まさか自分の質問がこんなわけのわからない問答に繋がるとは思ってもいなかった。

「「鳴動黙示録」というのが古くからあります。我々の信仰する宗派でも時々耳にするものです。一般には神からの啓示だと考えられていますが、アポカルと酷似する情報がいくつもあり、歴史的観測にも準拠しているような一節が幾つもあります。経典は現在、全て呪いの証として燃やされたという伝承ですが、財団が保管している可能性は大いにありますね。」

 オカルトチックな話でどこまで信じていいかは分からないが、財団の事が引き合いに出たことで信憑性が一気に増した。

「それを見たことがあるのか?」

 一節などと言う事からカレンがそれについての知識があると踏んだダバスドはもっと深く探った。

「ええ、私の祖父は昔、教祖をやっていらっしゃいました。それで所持なさっていたものを目にしたことがあります。体に毒だとすぐに取り上げられてしまいましたけど。」

 完全に話は逸れ、カレンの内情を知るどころか、アポカルという存在について考えさせられる始末となった。これ以上話を広げるのは良くないと思い、好奇心を抑えダバスドは軌道を修正することにした。

「ありがとう。有意義な話を聞けた。話は戻るんだが、討伐者を続けて嫌になることはないのか?死ぬことは辛いと言っていたし。」 

 話題を戻すには少しナーバスな話にはなるものの、カレンについて深く知るにはいい機会だったのだ。

「そうですね。たまに。それでも、誰かの笑顔を見れるのは素敵です。死ぬる命をこの手で救えるというのも。私は誰かに寄り添っていたいんです。先程申しました様に、それが生きがいですから。」

 カレンも少し暗そうな声で返し、その後笑って見せていた。その答えはダバスドにとってとても大きな影響を与える言葉だった。

「生きがいか…素敵だな。」

 ダバスドは成り行きで討伐者となった訳だが、生きがいという生きがいを抱えていたわけではなかった。討伐者になったのも自分を高みに連れて行き、栄冠に輝くことを夢にしていたため、アポカルを倒して人の役に立つという思いなどは小さかった。カレンの話で、アポカルが絶対的悪とは言い切れないという思想が芽生えた彼には、ただ栄光のために殺す仕事こそまさしく悪に思えた。どことなく生きる意味を追っていたが、カレンの人生観はダバスドの人生に新たな一ページが生みだし、強い価値観を作り直したのだ。

「そうですか?嬉しいです。ダバスドさんは生きがい、持ってますか?」

 もう一度にこりと笑い、カレンは答えた。その笑顔を守り、共に生きたい。それこそが今のダバスドの生きがいになっていた。ただ栄誉欲しさに生涯をささげるよりも自分が愛したものに寄り添い、それに命を捧げる方がよっぽど魅力的だった。

「俺も大切な人のために戦いたい。カレン。」

 ダバスドは直接的な告白は出来なかった。時期尚早というものもあったが、タラックたちのことを思い出し、踏みとどまったのだ。いつか来る死別。コープルとの約束事も尾を引いていた。

「同じですね。これからも共に頑張りましょう。」

 ダバスドの思いは伝わらなかった。純粋無垢で、そういう事柄に疎い彼女には。そのあどけなささえも、ダバスドは恋焦がれていたが。

「ああ、そうだな。そういえばカレンは英雄になることに興味はあるか?」

 ダバスドも伝わらなかったのは吉かもしれないと考え、他の話をすることに決めた。彼はこの街に着て数カ月だが、早くもカレンと同じ土俵に立とうとしていた。だからこそ、彼女にその考えがあるかも気になっていた。

「ありますよ。何も殺さず英雄になった者はいませんから。」

 意外にも彼女はその事に興味を示していた。栄光が欲しかったわけではないが、自分の行いが世間に認められるというのは誰でも望むことだ。

「それは素晴らしい伝説になるな。俺もなれるよう励むとしよう。」

 その後はまた、明るい話題に切り替わり時間が流れていった。丁度昼時に入ったが、ここを出ようとなったのは夕暮れ前となった。

「ごめん。凄い話し込んだな。他に予定とかなかったか?」

 ダバスドは今更なことを気遣って言った。

「とんでもございません。とっても楽しかったですよ。特に予定もなかったので、大丈夫です。」

 店の前で解散することとなり、二人はそんな会話をそこでしていた。一日一緒に過ごしたが、何も変わらぬいつもの彼女の姿にダバスドは安心した。そうして帰る流れになったが、ダバスドは去る所を少し引き止められた。

「あの、今日は変な話をしてしまって。私、嫌煙されていないか心配で。」

 カレンは信じがたいことを話したことを自覚しており、それを気に掛けていた。ダバスドは呼び止められて何かを期待した節もあったが、そういう類ではなかった。

「俺から話したことだ。何も気にすることはない。それにカレンの話は信じてる。また、色々と聞かせてくれよ。」

 ダバスドにはカレンを変人だと思うような要因はなく、深く彼女を知れたという思いだけが強かった。

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね。」

 カレンも普段通り丁寧にそれを返し、小さく手を振った。二人の間の絆は深くなったが、ダバスドの思い入れは、そうあるべきではないという理論では止められなくなってしまっていた。

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