第14話 セオリー

 朝の既定の時間に待機室に辿り着くと、自分が選定したメンバーがそこに揃っていた。全部で三人おり、その中の一人がこちらに気づいた。

「おはようございます。ダバスドさんですね?私「カレン」と言います。」

 ダバスドの存在に気づき、カレンはそう声を掛けた。顔を知っていたわけではないが風貌から悟り、そうしたのだった。カレンは修道女の格好をしており、華奢な体をした女性だった。武器という武器を持たず、美しい顔立ちも相まってとても討伐者をしているようには見えなかった。

「おう、お前か。俺は「ウィシュディ」だ。よろしくな。」

 それに続き、ほっそりとしている体つきのハニカミ顔が特徴の男が、立ち上がって手を振った。武器に、肘から手首くらいまでの刀身の双剣を背に刺していた。防具は脛あてや肘宛くらいで、かなりの軽装だった。明るかったが、自信たっぷりの振る舞いが少し鼻につく男だった。

「自分は「ムードゥー」。よろしく新人。」

 最後の一人も立ち上がり、軽く会釈した。こちらも軽装で、鉄のような防具は見当たらず、長い丈のマントに露出の多い服を下に着た女だった。武器にはロッドを選んでおり、ダバスドにはこれが何の役に立つのかは分からなかった。

「よろしくお願いします。あの、皆さん役職は?」

 ダバスドも一礼をしたが、引っかかったことがあったのでそう質問した。タンクと言うタンクが見当たらず、選定を間違ったかと思ったからだ。リストには役職が書かれていなかったが、戦いの傾向は書かれていた。それが間違いを生んだかもしれないと考えたのだ。

「まあ、強いて言うなら、俺はアタッカー、カレンはヒーラー、ムードゥーがサポーターだ。」

 ウィシュディはそれぞれに手をやり、紹介した。やはりダバスドの思ったとおり、タンクは存在しなかった。今までは全てがバランスよく揃っていたのが彼にとってのセオリーだったため、そのことに対してどうしても違和感があった。

「すみません。タンクの方は?」

 解ってはいたが、ダバスドは改めて聞いた。彼も前とは違うとは心でわかっていたが、間違いではないことを確認したかった。

「いない、いらない。心配するな。バランスよくなんて所詮基礎だ。応用を知ればいらない時も出てくることも解るさ。」

 きっぱりとウィシュディはそれについて言及し、その自信の表れを形にした。ダバスドは違和感を抱えてはいたものの、そういうものだと割り切り、早速訓練を行うことにした。

 訓練と言っても実施訓練だった。今まで戦ってきたことは言うまでもない事実なため、新たな知識をつけるために、戦いながら学ぶということだった。

 しかし、その相手を知らされ、ダバスドは驚くこととなった。

「ハイヴ・ゼスウェブ?ゼスウェブなら戦ったことがありますが。」

 馬車に揺られている時にその討伐内容を教えてもらった。ゼスウェブは前に戦ったことはあったが、その名は初めてだった。

「ああ、親玉って奴だな。ゼスウェブはある一定まで成長するとアボーブになる。お  前らの街で居なかったのは生態系が比較的穏やかだったからだ。」

 ウィシュディは淡々とそう告げたが、ダバスドにとっては驚くべきことだった。訓練はてっきり弱い相手とするものだと考えていたのに、急にアボーブの話が上がったからである。彼にとってアボーブ討伐は慣れたものだが、訓練で行くような敵ではないということも十分に知っていたからだ。実際にそれを見たことは無いがアボーブである以上、絶対に一定以上の被害をもたらすものであるのだ。

 一体何を学べるのかとも考えを巡らせていたが、目的地には早く着くこととなった。着いた場所は沼地で、じめじめした低木と泥の大地が広がる場所であった。背の高い木も等間隔で並び、それらの枝が曲がって垂れていたため、奥の景色を遮っていた。

 何もないエリアが続いていたが、暗がりに入っていったその先に、目的の獲物はいた。水たまりの多い泥の土が続いた広間の奥にハイヴ・ゼスウェブが毛繕いをしており、その周囲には無数のクモの巣と共にゼスウェブがいた。ハイヴ・ゼスウェブは3メートルほどの体躯をしていて前腕が鋭利に発達し、巨大だったが、周りにいる子グモたちも決して小さいわけではなかった。巣には獣だった何かの肉が運ばれ、辺りは腐敗集が漂う不吉な場所だった。

 ダバスドたちがその広間に足を踏み入れると、クモたちが一斉にこちらに向き、目を光らせた。何十匹とそこにはいるため、子グモだけでも骨が折れそうだがダバスド以外はいたって冷静だった。

「ダバスド。俺に続け。遅れるなよ?」

 ウィシュディは双剣を手に持ち、それらを擦って音を鳴らしてからその大群の方へ駆けていった。ダバスドはその向こう見ずな行動に困惑したが、体は自然と動いていた。

「後ろの二人は?俺たちが守らなくてもいいのですか?」

 走りながら呼び止めるようにダバスドは聞いた。この大群を相手にするなら、漏れて後ろの二人に流れるのは想像に難くない。比較的脆い後衛を守るという理論がまたも否定された。

「気にすんな。あいつらなら大丈夫だ。お前は倒すことだけに集中しろ。」

 最初の一体を切り捨てながらウィシュディはダバスドに答えた。既に戦闘は開始され、無尽蔵に思えるクモの大群が押し寄せてきた。ウィシュディは舞うようにそれらをバタバタと倒し、順調に数を減らしていっていた。

「ええ、そうしますよ。」

 なるようになれという思いでダバスドも戦闘に集中することにした。ゼスウェブ程度ならウィシュディと同じく、簡単に倒すことができるので油断だけはしないようにするためだった。

「あんま新人に無理させんなよー。」

 と後ろにいたムードゥーも落ち着いた声でウィシュディに軽く指導し、後衛も特に危機感を覚えている雰囲気はなかった。案の定、ダバスドたちが処理し切れなかったゼスウェブたちが数匹、後方に流れていった。まずい。と思ったダバスドだったがそれも一瞬で杞憂に終わった。カレンが祈りだすと謎の力でゼスウェブの攻撃が弾かれ、進行を止めた。そこにムードゥーがロッドを翳すとそこから火の玉が飛び出し、ゼスウェブ周辺を焼き払い、数匹が同時に絶命した。ダバスドはそれを横目で見ていたが、あれが魔法と知り度肝を抜かされた。カレンの奇跡も相手への干渉が強く、今まで見てきたものよりも遥かに力があった。

 無限にも思われた子グモたちは数分の内にほとんどがいなくなり、もう戦力となるのは親玉のハイヴ・ゼスウェブだけになっていた。

「ダバスド。こいつは名前にもある通り、こいつ自体が巣みたいなもんだ。放っておいたら直ぐに新しい子供を生み出すから早めに終わらせるぞ。」

 息を荒くすることもなく、ずっとウィシュディは両手の剣を振るっていた。ダバスドは疲労困憊とはいかないが、早急にアボーブの討伐ができる体力があるかは怪しかった。

 そんな風に余裕綽々のウィシュディだったが、子グモに囲われるように戦っていたため、隙だらけにも見えた。そこを吉と読んだのかハイヴ・ゼスウェブはそのウィシュディに飛び掛かった。前腕には鋭いかぎ爪があり、そんなもので体重を乗せられれば体は貫かれることになる。

 急いでウィシュディの元に駆けつけるダバスドだったが、その到達には間に合いそうにもなかった。しかし、これもまたいらぬ心配だったのだ。

「邪魔すんなよ。」

 かぎ爪が刺さろうかという寸前でウィシュディから突風が生まれ、ハイヴ・ゼスウェブをのけぞらせた。それだけでなく、その風により足の一部が切れて弾け飛んだ。その後、囲っていたゼスウェブたちも軽く蹴散らされ、残るは親玉だけとなった。

「後はデザートだ。注意してかかれよ。」

 続けてウィシュディがダバスドに指示し、アボーブの前に駆け寄り、自ら距離を詰める。さっきの攻撃が痛手だったのか、ハイヴ・ゼスウェブは少し後ろへたじろいでいた。

「ええ、頑張ります。」

 ダバスドも先ほど駆け寄っていたこともあり、合流は早かった。二人で敵の前に立ち、仕留める準備を整える。相手も逃げることができないと悟り、戦う意思を見せた。こうなれば後は簡単に済むはずの勝負だったが、少し手間取ることとなった。

 ゼスウェブは最初、前腕を振り回す攻撃をしているだけだったが、その過程で所々を切られ、その単純な攻撃を辞めた。(アボーブは基本的に学習能力があり、戦闘に適している個体が多い。)

 今度は腹を少し前に出し、糸を無作為に放出した。付近にはそれらが散らばり、頭上の枝に絡まったり既にあった巣にも掛かったりしたため、立体的に広がることとなった。その糸は粘り気が非常に強く、獣でも掛かると抜け出せないもので、不覚にもダバスドは片手と片足を、ウィシュディは両足を拘束されることとなった。その粘着力から拘束された部分を動かすことはできず、そこから動くことはできなくなった。

「俺の短い剣では届かん。お前が止めを刺しな。」

 この状況でもウィシュディは平常心を保ち、死の恐怖など微塵も感じていたなかった。ダバスドも震え上がるようなことは無かったが、流石にハラハラしていた。

「何か手を貸しましょうか?」

 後ろからも危機感を感じさせない声が掛かってくる。思慮深そうなカレンでさえも、手出しは不要と思っているみたいだった。

「問題ない。こいつならな。」

 ウィシュディはそれに対して、やはり何も要求しなかった。ダバスドにとっての恐怖は実現し、手に遊びが出来たと知ったゼスウェブは真っ先にダバスドを標的にし、距離を詰め、牙をむいた。剣を持っていた手を拘束されていたので、その突発的な攻撃に剣を持ち替える暇などなかった。

「やってみるか。」

 普通に切り付けることができなくなったダバスドは、手から剣を落とし、それを足で蹴って敵に刺すという芸当を考えついた。できるかどうか確信は無かったが、それが彼にとっての最善手だったのだ。

 剣は見事に深々と相手に刺さり、奇声を上げさせたが命には届かなかった。だが、距離が近くなったことで、ダバスドはもう一方の手で刺した剣を引き抜き、もう一度ゼスウェブの急所に一刺し、その命を奪った。これにより、ここでの戦闘は決着がつき、訓練も成功した。

「凄いな。俺でもできるかは怪しい。お前の身のこなしはなかなかだと思ったんだよ。」

 自分に絡まった糸を器用に剣で解きながら、ウィシュディはダバスドに賞賛の言葉を送った。力を貸さなくても大丈夫だというのはこの男にはしっかりと伝わっていたのだ。

「ありがとうございます。所でさっきのは?火が出たり、風が急に起こったりしたように見えたんですが。」

 素直に嬉しい気持ちもあったが、魔法の正体を暴きたかったので、ダバスドはいち早くそれについて聞いた。ロッドを持っていないウィシュディでさえもそれを使ったとなれば尚更だ。

「ああ、あれは魔法だ。先に言えよって話になるんだがな。人間にはマナがあるという事が判明されている。誰しもが持っているが、スートファイスに呼ばれるものの中にはマナの容量が多いという理由で来る者もいるらしい。そのマナっていうのが魔法の原動力さ。可視化はできないが、訓練していけば自分にどの程度の魔法が扱えるかは直感でわかるようになる。後は魔法の先生に聞いてくれ。」

 ウィシュディはダバスドの質問に、この訓練の一つの目的であったマナの把握について丁寧に語った。全く知らない概念に驚く討伐者も多い。実際、最新鋭の技術により発見されたもので、財団もまだまだ未知の部分が多いと明言していた。

「自分は火と雷くらいしか扱えないよ。人一倍はできるが。まあ、魔法の訓練がしたいなら付き合うよ。」

 指を指されたムードゥーがそう答えた。ムードゥーたちはダバスドの元に集まり、糸を解くのを手伝いながら会話をしていた。しかし、自分でもそれが扱えるという事実に驚き、ダバスドはほとんど話すことができなかった。

「さあ、飯にしようぜ。流石に腹が減った。」

 糸を振り払い終えたウィシュディは膝をポン。と叩き、入り口の方で食事を共にとろうという合図と共にそこへ向かっていった。アボーブ討伐であるのに誰も大賞首を取ろうともせず、その場を去っていった。

 沼地の入り口はもう腐敗臭などはなく、ゼスウェブの居たところに比べれば新鮮な空気が流れていた。落ち着ける場所につき、さっきまで過剰な気を配っていたダバスドは一気に疲れが出て、その場に崩れるように座った。

「大丈夫ですか?お疲れ様です。」

 その傍らにゆっくりとカレンが膝を下ろし、水をダバスドに差し出した。彼女は信心深く、穏やかな性格だったが、その姿にダバスドは一目惚れした。どうも年も同じくらいで、親近感のようなものもあった。

「ありがとうございます。カレンさん。」

 疲れか恋か。少し震える手でダバスドはそれを受け取った。疲れが伝わっているせいか、カレンに見とれてしまっていることには誰も気づかなかった。

「いえいえ、困ったら何でもお申し付けください。後、敬語でなくて大丈夫ですよ?私は性分なのでこの喋り方ですが。」

 カレンは微笑みながら、他の者へ水を渡すためにカップに注ぎながら答えた。敬う必要がないという事は、より近い位置に立てる気がするのでダバスドはこの提案が嬉しかった。

「俺たちも構わないぜ。別に先輩面する気もないしな。」

 ウィシュディがそう言い、ムードゥーもこくりと頷いたので、ダバスドはカレンの提案を後ろめたさもなく飲むことができた。

「じゃあ、そうするよ。」

 暖かな空気が場を和ませ、馬車を待っている時間もダバスドにとっては全く苦ではなかった。飲み物を口にしながら、気づくと一人の女の白い肌に目をやっていたのだった。

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