第9話 奇策

 そこに行ったのは会議から一か月後だった。村ということで途中の戦闘は考えづらかったので、キャンプなどの用意はせずに済んだ。装備も万全にし、馬車でケトナ村へ赴いた。

 途中に阻むものもないお陰で予定通りの時間に着くこととなったが、危険区域に指定されているため、村から20分ほどの所から降ろされ、歩くこととなり、そこをチェックポイントとした。

 村が見えてきたころ、双眼鏡で村の様子を確認した四人だったが、そこは酷いあり様だった。木や石造りの建物はほとんどが壊され、無数の瓦礫が積みあがっていた。村は広く、全てが目に入ったわけではないが、その被害は全域に及んでいることは見て取れた。

「行こうか。今更怖気づいてもしかたない。」

 ダバスドは自分の直剣に目をやり、皆へ働きかけた。(チームの中でダバスドたちは後輩だが、気を遣う必要はないということで、フランクな話し方にすることになっていた。)この現場でいかに相手が強いという事を知らされても、前へ進まなければならない。誰もが、今日死ぬかもしれないという恐怖を心に抱えたまま頷き、村へ足を運んだ。

 肝心の敵は村の門を潜るとすぐに見えた。家一個程に大きく見えるそれは、情報通り6~7メートルほどの巨体を持ったサソリだった。大きな二つの鋭いハサミにカブトムシの様な胴体、サソリの尾に鋭い三又の刃がつけられた様な見た目をしていた。ハサミで元が家の、梁かなにかの角材を潰して咀嚼していた。

「こんなに図体がでかいなら、のろまであることも期待できるな。しかし、簡単には弱点にはお邪魔させてもらえなさそうだ。」

 早速戦闘を始めるべく、ラークは前へ出る。こちらの気配に既に気づいているのか、刃のついた尾を常に振り回し、簡単にはいかなかった。

「こちらから仕掛けよう。」

 コープルがいつもの様に瓶をたたき割り、全体をバフする。攻撃力と俊敏性を上げるが、この敵相手にそれがどれだけ通用するかは不明だった。同時にエンサントも霧を発生させ、パーティの持続回復を務めた。

 自分たちの刃を届かせるために四人は駆け寄ったが、それを見計らったかの様にニードトキスは勢いよく、こちらに回転し、その反動を活かしてラークにハサミをぶつけた。ラークは大きく吹き飛ばされ、体制を崩す。

「ラーク!大丈夫か?」

 攻撃が当たらなかったダバスドが問いかける。

「ああ、問題ない。結構素早いな。」

 攻撃は直撃したようにも見えたがラークはピンピンしていた。それどころか死という現実がそこにあるのは確かだが、笑みを浮かべていた。例の如く一瞬の隙を突き、大きなハサミにダバスドは切りかかった。

「だが、思ったよりも固くない。ちゃんと攻撃は通りそうだ。」

 硬質な見た目をしていたニードトキスだったが、ハサミに深々と切り傷が入り、怯んだ。それでも、その巨体故ダメージは少なく、今の攻撃を繰り返すのは骨が折れた。

「攻撃箇所が悪い。少々危険だが、二手に分かれ、横に回って隙を突こう。私はラークの元に向かう。」

 エンサントがそう提案し、ラークの傍に駆け寄った。側面からの攻撃なら今よりはダメージが通りそうだと考えたからである。皆もそれに呼応し、ダバスド、コープル。ラーク、エンサントのペアが完成した。素早くそのペアでニードトキスの側面に回り、全部で八本ある脚の一つにそれぞれが攻撃を加えた。相手は意外にもろく、素早い連撃で、二本の脚は使い物にならなくなった。ニードトキスは抵抗するべくまたも回転したが、その攻撃も空しく、全てダバスドに対処された。ハサミも危険な部類で、挟まれれば瞬く間に真っ二つになる代物だったが、大振りで生憎ダバスドたちに叶うものではなかった。

 埒が明かないと判断したのか、切り傷が増えたニードトキスは、ダバスドたちの方に向き直り、ハサミで打撃を与え、その後に後ろに体当たりし、ラークたちを強制的に下がらせた。苦肉の策なのかこれもダバスドたちを戦闘不能にするようなことは無かった。

「此処からというわけか。面白い。」

 長年の勘から今の敵の行動から何かを察し、ラークは笑っていた。するとニードトキスはカブトムシのような背にあった羽を広げ、勢いよく飛びあがった。羽は虫そのものの見た目をしているが何層にもなっており、その巨体を何メートルも飛び上がらせた。

「飛べるのか。そんな体をよく支えれるね。」

 コープルも驚きと関心をそれに寄せていた。虫のように羽を見えない程の速さで動かし、それは浮遊していた。それにより突風が生まれ、ダバスドたちは思うように身動きができない状態へ移行することとなった。

「もしかしなくてもピンチって奴だな。」

 ダバスドもただでは済まないと察し、身構えた。ニードトキスは次に、移動しながら長い尾を振り回し、ダバスドたちを一方的に攻撃し始めた。胴をしなやかに曲げ、飛びながら尾で獲物をしとめようとするその姿は蜂のようにも見えた。尾先は十分に鋭く、武器としての役割もしっかりと担っていた。もし、それを体で受ければ容赦なく真っ二つになるだろう。これこそまともに食らえば一貫の終わりだった。ダバスドたちは何とか深い傷を与えられることなく、その猛攻を凌いでいった。途中、何度か切り傷を与えられることになったが、エンサントの撒いた霧きりのおかげでその傷は直ぐに塞がっていった。

「これじゃあ攻撃のしようがない。こいつを下ろすかこっちが飛ぶかなんかしないとな。」

 攻撃を加えることができないもどかしさに、ダバスドはため息をついた。辺りは崩れた建物ばかりで、ニードトキスの居る位置に移動できる手段はなく、飛びでもしない限りそれは不可能だった。

「僕の弓も致命傷は与えられそうにない。とりあえず建物内に避難するのはどうだろう。上ることは出来なくても相手の攻撃は回避しやすくなる。」

 唯一反撃できる手段をもつコープルも矢を何度か放ち、当ててはいたものの、降りてこさせるほどの手段にはならなかった。皆はその意見に賛同し、二手に分かれたまま直近の建物内へと避難した。建物は崩れ、入り口と言う入り口もない程原型はなったが、壁が障壁となり、ひとまずニードトキスの尾の攻撃を食い止めることに成功し、突風に機敏性を抑えられた中で体を割かれる心配はなくなった。

ニードトキスは攻撃の手を緩めたが、攻撃が届きづらいことを悟ったので、強硬手段に移り建物ごと破壊することにした。村を崩壊させたことを語るように、建物の壁を簡単壊し、中にいるダバスドたちに刃を薙いだ。老朽化が進んだ壁は一気に崩れ、ダバスドたちを野晒しにしてしまった。

「どうする?さっきと状況が変わらなくなったよ?いや、もっと酷いかも。」

 これにはコープルも焦りを見せた。少しの休憩の猶予も与えられず、またしても命の危機にさらされることになった。それも隣は壁で、最初よりも身動きは取りづらい状況で悪手を取ったかに見られた。

「いや、状況は好転した。いけるか分からんが俺に考えがある。ここから出るな。」

 ダバスドは冷静にコープルを諭した。コープルも信頼の上、その言葉に従うことにした。ニードトキスは振り払い攻撃を何度か繰り返していたが、それは体制を低くして避けられると知り、身動きに不自由のあるダバスドに対し、鋭い突き攻撃に切り替えた。殺す勢いで向かってきたそれだが、ダバスドは華麗に避けた。

「これだ。俺の狙いは。」

 尾に突いた刃は建物内の木の床に深々と刺さり、行動が一瞬止まることとなったのだ。そして尾となる終体の、刃が通る部分にダバスドは両手で思い切り剣を突き刺した。ニードトキスは奇妙な甲高い鳴き声を上げ、裏返しの状態で道の方へ倒れこんだ。これがこの怪物を呆気なく殺してしまうカギとなり、勝敗を分けた。

それを逃さず待機していたラークたちが家から飛び出し、ニードトキスに追撃を加え、拘束を行った。もうこうなればニードトキスに勝機はなく、再び態勢を取り直すことなど許されるはずもなかった。ダバスドも剣を引き抜き、素早くニードトキスの腹に駆け上がり、剣を柄の部分まで深く刺し、そのまま掻っ捌き、絶命へと追いやった。

「こんなにも早く駆け上がれるとは。初めてお前のポーションが役に立ったんじゃないか?」

 ダバスドは息の根が止まるのを確認した後コープルの方へ向き直り、冗談を言った。

「おや?僕のポーションがなかったら間に合ってなかったよね?そうなったらどうするつもりだったんだい?」

 コープルも冗談で返し、笑いあった。ラークたちも笑いながら額の汗をぬぐい、勝利の味を噛みしめていた。

「それにしても、貴殿はよくこんな案が浮かんだな。なぜ、こうなると解った?」

 一部始終を見ていたエンサントはダバスドが成しえた打開策に拍手し、疑問を呈した。

 ニードトキスの攻撃が止まることがなかったら、狭い空間での連撃に成すすべもなく死んでいた可能性はあったからだ。あの突きを避けるというのも、確信が無ければ自殺行為なのだ。

「村一個滅ぼす程の怪力だって理解したからかな。まあ、どっちみち道の方で回避し続ければ追いやられて死傷者がでるだけだから、やるしかなかった。」

 ダバスドはこれに対し、自分の考えを話した。あっさりと倒してしまったように感じるが、その攻撃をまともに受ければ確実な死があったことも、これが常人の手に負えるような敵ではないことは確かなのだ。

「それでも素晴らしいではないか。これでこの村に平穏が取り戻せるのなら吾輩はまことに嬉しいぞ。お前たちはやはり吾輩が見込んだだけあった。」

 その後は少し休み、証拠の品として大きなハサミを半分に割り、それを大賞首として持ち去ることにした。チェックポイントまで戻り狼煙を上げ、街に帰った。

街では授与式の準備が既に行われており、そのサプライズにダバスドたちは自分たちの成しえたことにもう一度浸ることができた。

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