第6話 怯み

 魅惑の森に向かう日が来た。ダバスドたちはいつもの様に待機所に集合し、装備を整えて馬車で出発した。森への所要時間は30分ほどで、休憩を挟むことなくその入り口まで着いた。

「着いたぜ。気を付けてな。」

 馬車の男はそう言うとダバスドたちを降ろした。この先は危険なため、移動手段は徒歩となる。彼らが降りると馬車は街へ向かって走り、ダバスドたちを後にした。帰りは色を着けた狼煙を上げることでまた迎えに来てくれる。

「慎重に進もう。長くなるよ。」

 コープルは目の前に広がる木々に目を向けて全員に警戒を促した。半日程歩くことは確定しており、途中でキャンプを設営するという案は正解だと考えることができた。

 陣形を取りながら森に入り歩いていく。森の中は薄暗かったが、日が差し込み視界はとれていた。道と言う道はないものの、地図は正確で目的地に直行できそうであった。森は、木々に特徴は無かったが、奇妙な形をしたキノコや発光する植物などが数多くあり、魅惑の森と言う名をしっかりと表していた。それらの中には薬の調合に向くものもあり、コープルは有用なもののサンプルを採取しながら進んでいた。

 平和な探索が続いていたが、森も深くなって来たころ、急に戦闘が始まることとなった。通り過ぎた木の隙間から巨大なクモがコープル目掛けて飛び掛かった。

「仕掛けてくるぞ。「ゼスウェブ」だ。」

 タラックが盾でそれを跳ねのけたことで、後ろに下がらせることができた。このクモもアポカルで、巨大である以外は普通のクモだが紛れもない敵対勢力だった。歩いていた場所は狭く、広がることのできない状態だったので、数で押されれば不利な状況だった。しかし、そう言う時に限ってそれが実現し、危機的状況を与えてくるというものだ。ゼスウェブが周囲で無数に蠢き、ダバスドたちを囲っていた。いつの間にか彼らのコロニーに足を踏み入れ、戦闘を余儀なくされたのだ。障害物に身を隠し、姿を捉えるは出来なかったが、全部で八体もそこにはいた。その数の多さには彼らも気づき、どういう状況に自分たちが置かれているのかは理解していた。

「かなりいる。こんな数、いっぺんに相手するのは無理だね。僕の毒瓶も適任とは言えないな。」

 ぼやきながらも全員を防御が上がるポーションでバフし、コープルは自分のポーチを探っていた。

「私が止めてみる。「奇跡」を使う時だわ。」

 ウェナイがそう言うと祈り始めた。彼女の特異性は隠れておらず、小さな奇跡を起こせるものだった。奇跡といっても人為的で、彼女の祈りが届き、それが力となるというものだ。原理は不明だが兎に角彼女はそういう事ができたのだ。祈りが届き、途端にクモたちの動きが少し鈍くなり、足も遅くなった。

「やはり凄いな。奇跡っていうのは。」

 ダバスドもその効果に驚いていた。ヒーラーをする者はこういう奇跡の類が使えるものも多く、ダバスドも初見ではなかったが、今の街に居る討伐者のなかでは異質で、神秘的な存在だった。

「でも今回はもう使えない。覚悟しよう。」

 迫り狂うゼスウェブたちと戦いながらウェナイは警告する。奇跡は何度も使えるわけではなく、その効力が上がれば上がる程、発動が難しかったり、回数に制限があったりするのだ。

 ゼスウェブは数を除けばダバスドたちにとってはそう手の掛かる敵ではなかった。ウェナイの奇跡のおかげで、全てのクモを一体ずつ葬ることに成功し、全滅へと追いやることができた。今回はウェナイもメイスを振るってクモを倒していた。奇跡を使ったからこそ勝てた勝負でもあったので、その選択に狂いがあったとは誰も考えなかったが、この先も同じようなことに見舞われたときのことを誰しもが不安に思っていた。

 更に進んで夕暮れ時、ようやくキャンプ設営のチェックポイントに到達した。道中、取るに足らない戦闘は幾つも起こったが、危機に見舞われることはなくここに辿り着いていた。消費するアイテムもあったものの、調合できる草木の中にはバフやデバフに使用できるものもあったため、トレントへの挑戦は無謀なものではない状態で良好だった。

「ようやく着いたな。少し休憩しよう。皆は今日の夜でも大丈夫か?」

 タラックが腰を下ろし、皆に聞く。戦闘は長引くことは無かったので、体力の一番あるタラックは平気だった。他の皆も同じで疲弊するものはおらず、十分なパフォーマンスを発揮できる状態だったので、首を縦に振った。

 キャンプを設営した後、ダバスドたちは持ってきた食料を食べ、夜に備えた。代わり番をし、仮眠を取り、体を休めた。その間コープルはポーションの調合を行い、トレント戦の準備を万全なものにしていた。

 日が完全に沈むと焚火を消し、全員が身支度を済ませた。これから行う大勝負に興奮を隠しきれるものは居なかった。武者震いが自然と起こる。そんな戦いへの渇望こそ、討伐者の強みである。

 ちょうど10分くらいで、トレントがいるという場所まで戦闘なく行くことができた。日はないが、月の明かりと光る植物たちのお陰で照明の心配はいらず、戦闘にも集中できそうだった。

 木々がなぎ倒され、キノコの胞子が漂っている場所があり、そこまで着くとダバスドたちは奇怪な音と振動を感じることとなった。音は何か重いが跳ねる音と、何かがつぶれる音だった。それによって振動が生まれ、地面を軽く揺らしていたのだ。

 音の先に向かうと問題のターゲットがお出ました。トレントの周りの木は折られたり、倒されたり、根から掘られたりしていて散らかっていたが、それが功を奏し戦いやすいフィールドが既にできていた。トレントは木に手と足が生えたような無骨な見た目をしており、顔部分もくりぬかれた様に目と口が歪んだ影となって確認できた。音の正体もこいつで、キノコの群生地で遊ぶように跳ねまわり、それらを潰す音を出し、胞子を舞わせていたというわけだ。その大きさは三メートルにも上り、巨体と怪力を目の前にダバスドたちは苦戦を強いられることを覚悟した。

「タラック、お前が鍵だ。あんな巨体で攻撃されたらひとたまりもないからな。」

 ダバスドは注意しながらトレントににじりより、横に居るタラックに話しかける。

「ああ、こいつは骨が折れるな。油断はしない。」

 タラックが答え、更に近づいたがトレントがその接近に気づき、敵意をダバスドたちに向ける。低いおたけびを上げ、戦闘が開始される。コープルが二つのポーションを割り、全員の俊敏性とスタミナを底上げした。トレントは手始めに大きな腕を横に一振りし、前衛の二人に攻撃した。ダバスドはしゃがんでよけたが、タラックがそれを盾で受けることとなる。タラックの盾は堅く、怪我は無かったものの大きくノックバックし、陣形が崩れる。透かさずダバスドはトレントの懐に入って脇下を切りながら後ろに下がったが、かすり傷がつくだけで歯が立たなかった。

「見た目通りただの木だ。どうする?」

 打開策が必要と判断し、下がったところでダバスドはコープルに聞いた。

「手はあるさ。僕がポーションで軟化させるから、そのうちにお願い。」

 コープルが答え、相手の肉質を軟化させるポーションを用意する。しかし、トレントも黙ってそれを食らう程甘くはなかった。少し遠くに追いやられたタラック目がけて飛び掛かり、攻撃を仕掛け、今度はダバスドたちの方に飛び掛かって攻撃を仕掛け、跳ねまわり暴れまわった。見かけによらずそれは素早く、また剛力でもあった。ダバスドたちは繰り返される攻撃の回避に成功していたが、陣形を固めることが難しくなり、直ぐに散ってしまい、いつの間にかトレントを囲むような陣形にさせられた。その間、コープルが軟化ポーションを当て、ダバスドたちも攻撃を加えるが、ダメージというダメージはなく、疲弊が見られ始めた。

「トレントは耐性が高いみたいだね。数度当てたけどまだ食らい足りないみたい。」

 コープルは汗を垂らしながら次のポーションを用意する。こんな時にウェナイの奇跡が使えればもっと楽に事が運んだことは間違いなかった。だが、それを口にしても仕方がない。

 陣形を取り戻すため、お互いが距離を縮めて動いた。トレントもどんどん軟化を初め、勝機は見えていた。しかし、それを悟ったトレントは更に狂暴化する。腕を振り回し、更に陣形を乱そうとする。敵意を示すのも誰かに定まることなく、暴れ散らかし、どんどん手を付けるのが難しくなる。

 危険極まりないその行動にダバスドたちは大きく怯んだ。タラックは盾で受け、ダバスドたちは避ける。コープルたちも攻撃を避けてはいたが、体力には限界がある。

「もうやるしかない。」

 万事休すでコープルがトレントに向かって軟化ポーションとスタンポーションを投げた。スタンポーションは敵を気絶させるもので、それらは命中したが、トレントはポーションの耐性が高いのか、隙が生まれたのは一瞬だった。その間にダバスドが攻撃を加えるはずだったが、目の前の、今の今まで暴れまわっていた巨大な敵にダバスドは唖然としており、有ろうことかその隙を逃した。

「なにやってる。早くしろ!」

 タラックが攻撃を盾で受けつつ怒号を上げる。ダバスドにとっては暴れまわるトレントに隙ができるとは思えず、一瞬立ちつくしていた。だがその遅れが命取りとなった。腕を振り回しながら飛び跳ねるトレントは一番体力のないウェナイを標的とし、一気に詰めて攻撃を行った。距離が離れた他のメンバーが介入する余地などなく、疲弊したウェナイは回避できず全身でそれを受けた。骨の砕ける音と共に数メートル吹き飛び、奥の木に叩きつけられた。口からは大量の血を吐き、即死した。

「ウェナイ。ウェナイ!」

 タラックの悲痛な叫びが木霊する。それは怒りではなく、悲しみの声だ。隙を見せ、後ろを向いたトレントにやっとダバスドが切りかかり、首と胴体を跳ねて討伐した。苦戦は思いもよらぬ犠牲者を出し、勝利が納められた。

 タラックはウェナイの場所へと駆け寄るがもう息はなく、体が半分に折れ、あらぬ方向へ曲がり惨殺された状態だった。

「ダバスド!なぜ、攻撃しなかった。お前が行動していれば、ウェナイは死なずに済んだ!」

 彼にとっては最も大事な愛人で、それを誰かのミスで失ったとなれば、当然納得できるはずもなかった。タラックのウェナイが死んだ悲しみは、ダバスドへの怒りと憎悪に変わっていた。

「攻撃できないと思ってしまった。償いはする。」

 ダバスドは自分の非を正直に認め、タラックの横に付き、深々と頭を下げた。それを見てもタラックは激情を起こし、怒りを抑えることができなかった。ダバスドの胸を突きとばし、次に拳で思い切り殴る。倒れこむダバスドに追撃を加えようとするタラックだったが、コープルが止めに入った。

「なにもダバスド一人が悪いわけじゃない。今回のことに関しては事故だ。君の悲しみは底知れないことはわかるが、それでも留まるべきだ。」

 弁明し、庇う。友人であるということもあったが、この男には忖度なしでダバスドを責める気持ちはなかった。

「こんな腰抜けがアタッカーじゃ命がいくらあっても足らない。もうこいつの顔を見ているだけで腹が立つ!もう二度とお前らとは会いたくない。俺は抜ける。消えろ。」

 タラックに、理性は既になかった。ウェナイが死んだという悲しみが彼を変えてしまった。出会った頃のタラックは戻ってくることはない。誰にも非が無かったとしても、きっとこうなっていただろう。それほどにまで愛していたのだ。タラックはウェナイの死体に寄り添い、いつまでも泣いていた。呼び止めに答える様子はなく、ダバスドたちは埒が明かないのでタラックを置いてこの森を出ることにした。ウェナイは大切な仲間で、皆で肩を抱き合い、惨劇に追悼を捧げたかった彼らだが、タラックを一人にする名目の元、その場を離れるしかなかった。落ち着けば自らで行動すると考えたし、これ以上関わっても仕方ないというのは目に見えていたのだ。

「俺はとんでもないことをしてしまったようだ。」

 帰路で自分のミスを思い出し、ダバスドは強い不快感を覚える。実際には一瞬だったが、自分が完全に立ち尽くしていたようにも思え、自責の念も沸いた。

「気にすることはない。死者がでる可能性は十分あったんだから。アタッカーが攻撃できなくてもそれは本人だけの問題じゃないんだ。」

 コープルはダバスドの肩に手を置き、本心で慰める。その誠意はダバスドに伝わった。散々な結果のような雰囲気ではあったが、実のところアボーブ討伐で死者が出ることは珍しいことではない。むしろ全滅せずに危険な存在を無力化できたということは栄誉なことであった。

「しかし、俺はタラックにどう償えばいいんだ。」

 治まりはダバスドの中ではつかなかった。自分の判断が遅れたことは事実だし、ウェナイとタラックが相思相愛だったことも知っていたので傷は深かった。

「残酷な話だけど、償いはそう重いモノである必要はないよ。儚く思い、慈しむ気持ちは大事だけど、僕らは常に死を抱えて戦っている。それに、財団側もパーティメンバーの固定を推奨しない。その理由の一つは大きな思い入れがあればパーティのバランスが取れなくなるからだ。そういう面で見れば、彼らにも非はあるんだ。」

 コープルは事実そうであることを口にしたが、ダバスドはやはり納得できなかった。一緒に冒険に出れば思い入れが出るのも不思議ではない。ウェナイとタラックの関係も自然的なものであるというのが普通だからだ。ダバスドたちも友情を起こし、それを糧にしている節があった。

「コープル、お前はどうなんだ?アボーブ討伐が完了すれば、もう固定メンバーの重要性もいよいよなくなる。俺と金輪際組まないという選択肢もあるんだぞ?」

 ダバスドは傷つくのが怖かった。反面、拠り所があることに大きな有難みを感じていた。そんな彼にとってのコープルは大切で、この選択も重要だったのだ。

「僕は構わない。いや、ダバスドのことは信頼に値すると考えている。僕ら二人だけはほとんど固定でもいいさ。いつか来る死別に関しては考えなくちゃいけないけど。」

 コープルはしっかりと死についても考えていた。パーティメンバーに思い入れがあればあるほど、今回の様にその別れは凄惨なものになるということも。それでも提案したのだ。

「お前は最高だ。ああ、共に戦おう。死別もちゃんと考慮にいれて。」

 こうして二人の間にはまたとない絆が生まれ、これからの苦難を共に超えることを誓い合えた。

 森の外には朝に着き、くたくたの二人は肩を組みながら狼煙をあげて馬車を待ち、帰っていった。街で今回の事を報告し、トレントの異質な枝を証拠として納めた。直ぐに街からタラックへの救助隊が派遣され、討伐依頼の達成も承認された。

 功績を認められた二人と一人は、街で更なる活躍をするべく、別々の道を歩んでいくこととなった。より難易度の高いものも提示され、期待の声も寄せられるのだ。

 

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