第5話 お披露目会

 あの日からさらに一か月。

 ようやく、お披露目会の日がやってきました。


 長かったですね……。

 昨夜など旦那様と健闘をたたえ合いましたよ。夫婦最初の共同作業がこれってどうなのと思うところはあります。

 しないでいい苦労をしている気はしないでもないですが。


 今日はハレの舞台というやつですし、一時的に棚上げしておきましょう。


 朝から知人友人を迎えたり、仕事、領地の関係者を接待したり。親族を放置したりしています。ええ、放置です。勝手にやっててと言ったら、ふてくされた父が厨房に行っちゃいましたけど、大丈夫と信じています。

 昼間に歩く吸血鬼とか言われる父ですが、昼間なら怖くない。はず? いや、でも厨房……。


 様子を見に行きたくなる衝動をこらえて、今は笑顔で接待です。旦那様も眉間のしわを封印して笑顔ですし。


 楽しくはないけれど、華やかな一日になるはずでした。


 ええ、途中まではいい感じでした。

 そろそろ夫婦そろってご挨拶をする方たちを巡ろうと旦那様を捕まえようとしていたら、ある一角を見つめて棒立ちになっていました。


「どうされたんですか?」


 声をかければ無言で指さされましたね。人を指さしするのは良くないですよというありがちな小言を口にすることはできませんでした。


「まぼろしかな」


 旦那様の指先の向こう側にいたのは老紳士でした。初めてお会いした時には、白いものが混じりかけでしたが、見事な白髪になっています。しかし、その程度の差で見間違うこともありません。


 義父ですね。

 新郎の父としておかしくないような立派な立ち振る舞いですが。


「……義父様は呼んでいない、でいいんですよね?」


「体調不良で隠居先で療養中ってことになっているんだけど」


「いますね」


 当たり前の顔をして、執事を捕まえてあれこれ言っています。

 ホラーですか。


「僕の知らないよく似た親戚とかじゃないよな……」


 現実逃避されている旦那様には悪いですが、現在進行形で対処しなければならない案件化しています。

 1年とちょっと前までは大変普通の優秀な方でしたので、皆の印象が良いというのが厄介です。急な隠居で他の人に実体が伝わっていないところもよくありません。

 真っ当な返答も出来るのが深刻です。


 ああいう、ものにドはまりした人というのは、ぬるりと異質なところが出てくるんですよ。乱丁みたいな。え、ページどこか抜けた?と三度見するくらいの感じでしょうか。

 乱丁じゃなくて、投げるか?と自問したことは数度ありますが。


 ああ、私も現実から遠ざかっている場合ではありません。


「お酒ください」


「やめて」


「気付けのウィスキー、ローランド産20年物を」


「書斎の秘蔵の酒、なんで減ってるのかと思ったら」


 白い目で見られてしまいました。あははは、うっかり。でも、私は大人なのでよいのです。この家のものは私のもの。


「円満にお帰り願いたいんだけど、取り巻きがいるんだよな……」


「ご歓談しているのは、招待客ではないのですか?」


「父っぽい生物が連れてきたんだと思うぞ。どうせ、奥方の招待客と偽って入り込んだりしているんだろ」


 そういう口がうまいのだという。そして、実際、遠縁の招待状を用意したりもするらしいですよ。

 ただ、今回のパーティのものは入手困難プレミアもののはずなので、本物を用意していたというなら大変な事態ではあるんですが。


「さすが、詐欺師」


「それだけじゃないんだけどな……」


 憂鬱そうにそう言って、旦那様は先に歩き始めてしまいました。慌てて隣につくとむっとしたように眉を寄せられています。


「君は、他の人の目くらましでもしておいて。

 二人そろって騒動を起こすわけにもいかないだろう?」


「わくわくしますね。生の詐欺師」


「おい」


「本でも、実話系でも聞いてはいたんですが、楽しみです」


「……はぁ。好きにして」


「もちろんです」


 呆れたように見返されてもこの機会は逃せません。それに、旦那様の窮地に手助けするのは妻の役目。領地での発言権とご褒美をおねだりするにはちょうどいいネタです。

 失敗しても二人でしょげればよいでしょう。


「お義父様! いらしてくださるなんて知りませんでした。

 お体はいかがですか?」


 相手が気づいてすぐに先制しておきました。朗らかなんて私の柄ではありませんが、陰気な対応でいける気はしませんね。

 無神経の元気キャラで押し切りましょう。


 ぎょっとしたように旦那様が見てくるのですが、そこは合わせていただきたいものです。ウィンクして合図してみましたけど、なんで赤くなってんですか。


「おお、フュリュイテ嬢。今日もお美しいですな」


「お褒めいただきありがとうございます。

 でも、お義父様のお連れの方も可愛らしくいらっしゃいますわ。どなたですの?」


 びくりとしたように震えたのは私よりは幼そうに見える女性。貴族の集まる中で浮きもしないということはそれなりに礼儀を弁えているということでしょう。そのうえ、服装も場に合わせて誰かから注目されていないほどになじんでいます。

 そこらへんの令嬢Aになりきれる詐欺師というのは、興味があります。


「うん? この子か。身の回りの世話をしてもらっていてな。気が利く女性だよ」


「まあ、お義父様ったら、お若いんですのね」


 と積極的に誤解をまき散らしておきましょう。

 この言いようは新しい愛人、とでも曲解されて周囲に伝播しそうです。そうでなければ、若い女に身の回りの事を任せるような人だと。


 きょとんとしているお義父様と旦那様が大変愛らしいですね。旦那様はともかくお義父様、そんな純真でいらして大丈夫、ではなかったから弱みに付け込まれてるんでしょう。


 相手の女性は、その意味を理解したのか不快そうに顔をしかめましたが、すぐに笑顔になるのはさすがです。


「そんな。私はただ使用人として当然のことをしたまでですわ。慈悲深い旦那様がこのような場に連れてきてくださったのです」


 仕事で来ただけで、連れてきたのはお義父様だという話ですか。ありえますね。なんだか、ちょろそう。

 旦那様もきちんと教育しておかないと後々付け込まれそうです。


 うーん。でも、私はあの純真なところが嫌いではなくてですね……。いえ、そういう話ではありませんでした。


「それでは楽しまれるとよいでしょう。

 お義父様、直接のご報告をしておりませんでしたけど、先日、無事に婚姻の儀を終えました。今日のようなお披露目会に来ていただきありがとうございます」


「おお、遅れて申し訳ない。結婚おめでとう」


「ありがとうございます」


 こちらから祝いの言葉を催促するというのも何ですけどね。儀礼的にあるとないとでは対外的評判が違います。

 しばし沈黙がありました。旦那様からも返事をするのですがさっきから空気ですね。旦那様をちょいちょいつついておきます。私だけ返答するわけにはいかないのです。


「あ、ありがとう。父さん」


 ……。

 照れくさそうにいう少年。眩しすぎます。うっ、陽性の生き物めっ! 浄化されてしまうではないですか。

 お義父様も照れてれで、ほのぼの親子の話で終わりそうです。よかったよかった。


 と思ったのが甘かったのです。


「そうそう。祝いの品を用意したよ。

 邪気を払うネックレスと浄化水」


 ……。

 うん。

 旦那様は引きつった表情で礼を言っていました。私も微笑んでおきましたが、礼はいいません。

 いくらかかったんだよと突っ込みたくて仕方ないので口を閉じておくことにしたのです。


「浄化水を使えば、奥様ももっとお綺麗になれますよ」


「……もう、これで十分ですわ。足ることを知るって素敵よ。

 それはそうとお義父様、父とは会っていただけますわよね?」


「もちろんだとも」


 速やかに厨房へ連行しました。逃げようとしていたツレの女性ともどもうちの父に料理されると良いでしょう。


「いい笑顔だな」


「ありがとうございます」


「褒めてない」


「えー、結婚した嫁を褒めないというのも夫としてどうなんですか」


「そーゆー……。

 いつだって、君は、可愛い」


「……?」


 ごにょごにょしていましたが、可愛いって言いました?

 いつも! かわいいい!?


「……私が悪かったです。申し訳ございません」


 陽の生き物怖い。サラっととんでもないこと言いやがります。

 褒めろっつったのにと不満顔ですが、可愛いというのはですね、うちの姉たちのような生き物であって、陰性の書の妖精の私ではないのです。


「残りの挨拶を片付けましょうか」


「無駄な時間と無駄な神経使ったな……」


「ですねぇ」


 そう相槌を打つと旦那様がやや呆れたように視線を向けてきました。

 なんですか。その分かってねぇなと言いたげな感じは。わかりますよ。そういう視線は。


「終わったら倉庫一個買っていいですか。お金は出すので土地ください」


「空き地ならいいよ。

 僕もなんか買おう。趣味に散在しないと割に合わない」


 旦那様のご趣味は花の栽培、ガチです。私もこっちに来て知ったんですけどね。


 微妙にいろいろありましたが、なんとかパーティは終了しました。義父、父に説教されて詰められて、隠居先に強制送還とか、付いていた女性が逃亡とかありましたけど。

 逃亡というより逃げさせて、後をつけるからさぁと父が申しておりました。にやにやしてました。あれはダメな奴です。

 ご愁傷様と逃げたほうを拝んでおきました。


 私はその後倉庫を二つ立て、旦那様は小さい花壇と温室を一つ作っていました。

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おまえのことなんか愛してないんだからという旦那様(12歳)と私。 あかね @akane_haku

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