第3話 現地視察

 私は今、困っています。


 今日は視察を名目に私は住処の町に降りてきていました。

 ごねにごねての町人スタイルがびしっとはまりすぎて逆に物悲しくなってきました。

 そのせいか街中で付き人とはぐれて今は少しだけ迷子になって泣きそうになっています。


 普通なら貴族の女性が町にポツンと一人いるのは異常事態なので、誰かしらに通報されそうなのですが……。


「男装はやりすぎでしたか」


 今の私は街中にいる事に違和感ない立派な紳士でした。

 世の中には身長を盛るための靴というものもありまして、頑張って一般男性に張るくらいには大きいのも災いしたかもしれません。

 付けヒゲというのもよろしくはございませんでしたね。

 最初は男装というのに乗り気ではなかった侍女たちも途中から理想のイケてる男を作ろう会になっていたのもなにかこう……。


 結果的にイケてる紳士になるのは成功しております。道行く娘さんたちがふりかえってきゃーとかひそひそとかやっているので。

 ただ、手を振って近づくと逃げられるのはどうなんですかね? それでは普通の男性に話しかけるのが順当なんでしょうけど私にはハードルが高くてですね。


 ハードルと言えば三つくらい隣の国の国技なんですが、あちらでは身長ほどもありそうなものを乗り越えていくという話ですから、私の場合にもそんな感じで。

 項垂れますね。


 お家へも帰れないのですよね。

 詰んだ。

 詰むと言えば海の向こうのショーギとかいう競技の慣用句とかいうのがこの地に輸入されていまして、それは三代前の王妃殿下が輿入れしてきてからのことで……。


「……お困りですか?」


「はい」


 途方に暮れて現実逃避している私に誰か話しかけてきました。

 素直に返答し視線を向けたら、うちの執事が怪訝そうな表情をして立っていました。


「どうされました?」


 正確にはロン家の筆頭執事です。なお、全く気がつかれていない様子。

 今日は旦那様とお出かけで終日外出と聞いていましたが、辺りを見回しても旦那様らしき姿は見えません。

 黙ってのお出かけなので、バレないのがいいんですが……。


「初めて来た町なのですが、連れとはぐれて迷子に」


「申し訳ございません。

 レイラにはきちんと目を離さないよう伝えたのですが、後で指導しておきます」


 バレてる!?

 速攻過ぎてビビるんですけどっ!


「いえ、たぶん、私のほうが……」


「あーっ! 旦那さまっ!」


 え? 旦那様? と辺りを見回した先に本日の付き人レイラがいました。びしっと指さされてますね。

 あ、私? 私ですか?


 戸惑っているうちにずんずんと近づいてきています。いつもは楚々とした上品な歩き方とは違い、どしどしといった感じでして。


「どこ行ってたんですか。

 会計するので、しばらくお待ちくださいっていいましたよね? 振り返ったらいないってどこの幼児ですか」


「え、ええと、三軒となりに古本屋が」


「ありますね!」


「それから通りの向かい側に貸本屋が」


「ございますともっ! なんですか、本屋を渡り歩いて迷子ですか!」


「ごめんなさい」


 実家の幼馴染兼侍女と同じように突っ込んできますね。


「レイラ、荷物持ちも同行させたはずですが」


「あ、デリス様。

 私が会計していたの、本屋なんです。大人の男が両手に本の袋抱えて俺もう無理ですっていうくらいなんです」


 見かけない本が一杯あったのでつい。上客だと思ったのか店主もノリノリで不良在庫を出してきて……。まあ、全てお買い上げしてきました。

 うふふふ。初版本。印刷ではなく手書きの写本。実際に描いている挿絵つき!

 うっとりと眺めるには良い革表紙。

 うっかり触ると崩れそうな修理が必要なほど古い本!


 修復職人も早く呼びつけねばなりませんね。


「……本屋を買い上げたほうが、はやいのではないでしょうか」


「そんなっ! 他の人が本を読む機会を奪うなんて!」


「あまりここの人たち本読まないので、困らないと思いますよ。新しい本でなくても困らないです。貸本、古本で十分」


「な、何ですって!?」


「本読むほど文字を知っているというのも少ないかと」


「わかりました」


 ぐぐっとこぶしを握り締めて、私は決意します。


「学校をつくりましょう。文字を、活字を、世の中に普及させるのです」


 面倒なこと言いだしましたねとレイラが言ってたのも、執事がため息をついたのも聞こえてましたけど、私はロン家の奥方ですからね!


 好き放題してやるのです。



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