語り鬼

ナナオイ

一話完結

 これはある村での出来事だ。辺境の土地の片田舎にあるこの村は軽い少子高齢化に悩まされながらもまだ義務教育課程を通過できるだけの施設が揃っていた。しかし高校は近くても村のはずれにある無人駅から電車に乗って3時間という距離にあるため、特段賢いものでもなければ中学卒業後そのまま家の畑仕事を手伝うというのが一般的な流れだった。

 ある日村に一人の旅人が訪れた。旅人は村人たちの前で、自分がそれまで旅してきた国や村の変わった風習や起こった事件の話を披露した。村人達は旅人の話の面白さも相まって真剣に聞いていたとだがその中でも一際真剣に旅人の話を聞いていた男がいた。男の名前はA。22歳。山の麓にある小屋に住んでいる青年で、その真面目な性格から村の人々から好かれている。

 その夜Aは旅人の民泊に訪れ、「語り方を学ばせてくれ」と頼んだ。旅人はそれを聞くとニヤリとしてまずは一つ話を聞くといい、と話し始めた。

 旅人が語ったのは、丁度Aが住む村のような辺境な土地の片田舎にあらわれた殺人鬼の話だった。大まかな流れは人が少年少女が怖いもの見たさに山の麓にある館に入りそこに住む語り鬼と呼ばれる殺人鬼に殺されると言った下手なホラー映画にありがちなものだったが、語り鬼には殺人の標的に独特なこだわりを持っていた。そのこだわりというのは、自分の殺人について知っている人間だけを殺すという。そして人を殺すためにわざわざ自分の殺人を語ることもあったことからこのこだわりは証拠隠滅のためではないことがわかっていた。もちろんそんな犯行を続けておいて警察が黙っているわけなくすぐに逮捕された。しかし裁判で判決が出るまでに新人警察官のミスにより逃走され行方をくらまし今も見つかっていない。警察は被害者をなるべく増やさないためにも世間には公開しなかった。その後も語り鬼と思われる犯行は何度か行われているが、語り鬼も反省したのか証拠の隠滅やカモフラージュを行うようになり未だに捕まる気配はなく、彼のことを知っている人間は警察だけとなった今でもどこかで自分の殺人を語り被害者を出し続けているらしい。


「もう5年も前の話だ。今も生きていれば25歳だろうな。」

と旅人が語り終えると、Aは恐怖し腰が抜けていた。しっかり見るとAの顔は若々しく年齢は自分と大して変わらない印象を受けた。どこか違和感を感じ、旅人の正体に感づき始めた。何故警察が公開していない話を知っているのか、何故語り方を学びにきた自分にそんなことを語ったのか。答えは一つ。Aは涙を流しこれからくるであろう展開に絶望した。確信は持てないが死が近づいている感覚がした。涙で視界は曇り情けない声を上げながら震え逃げ出そうとした。

 その時、外からパトカーの音が聞こえた。するとAは旅人がなにかを確信し旅人に襲い掛かろうとした。しかし腰が抜けていたため不利な体制で挑むことになり逆に押さえつけられてしまった。そして旅人は鞄の中から何か金属音のするものを取り出した。それはAが一番恐れていたものだった。



 数ヶ月後Aに死刑が下された。パトカーの音や顔から旅人が5年前の新人警察官Bだったことに気づいたAはBを殺人について知っている者として襲いかかった。そんなAを取り押さえBが取り出したものは手錠だった。5年前語り鬼を逃すという失敗の悔しさをバネに実力をあげていった彼は今回旅人に扮し語り鬼を炙り出し逮捕する作戦を立ち上げたのだった。

 しかしAが逮捕されるということはBの過去の失敗が世間に知らされるということ、Bを讃える声は少なかった。その代わりAの殺人のこだわりは世間の話題を掻っ攫っていった。その勢いはBに対する非難が打ち消されるほどだった。

 AはBがわざわざ殺人鬼の住処や歳の情報をわざと間違えて語り、語り鬼の標的となりえるかの判断を遅らせたことで、警察の包囲の時間を稼いでいたことに気づき刑務所で後悔し、そしていつ来るかわからない死刑執行に恐怖した。しかしそれ以上にAが感じていたのは刑務所の外では自分の殺人の習性を知っている人間がたくさんいるというのに殺すことができないという虚しさだった。

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語り鬼 ナナオイ @inananao

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