第45話:道行き

 僕が腐れフロスティア帝国貴族を皆殺しにすると決めた時に最初にやった事。

 それはロアマの城門前に広く深い壕を造る事だった。

 

 造った理由は、僕が腐れフロスティア帝国貴族を殺すためには、1度はフロスティア帝国に帰国しなければいけないからだ。


 帰国している間に教会とイスタリア帝室が反撃をしてきたら、助けた人たちが皆殺しにされてしまう。


 サラのヘルメース神の庭を上手く使えれば、フロスティア帝国からロアマ近くの隠れ家に戻れるが、万が一連絡が上手くいかなかったら助けられないかもしれない。


 サラが行った事のあるイスタリア帝国内なら、パラディーゾ魔山にある放牧地を経由して瞬間移動できるが、フロスティア帝国には行った事がないのだ。


 パラディーゾ魔山にある放牧地から陸路を通ってフロスティア帝国に行かないと、瞬間移動ができないのだ。


 その移動中に、特に夜間に教会とイスタリア帝室が反撃をしてきたら、ロアマ近郊の街や村だと助けが間に合わない可能性が高かったのだ。


 だから、ロアマから出陣するなら絶対に通らなければいけない城門の前に、広くて深い壕を造って時間稼ぎするのだ。


 城門や城壁から矢の届かない場所に壕を造るのなら平民を使っても安全だ。

 次の収穫時期まで食糧が手に入らない人たちを雇う事で、無償で食糧を配るような、後々悪影響があるかもしれない政策を取らなくてすむ。


 教会とイスタリア帝室がこれまで行ってきた支配が酷過ぎて、餓死寸前の人が物凄く多く、あっという間に広くて深い壕が完成した。


 5万の帝国軍を総動員しても、埋めるのに3日はかかる。

 帝国軍だけでなく、ロアマ市民を総動員したとしても丸1日はかかる。

 それだけの準備をしてから海賊狩りを行った。


 ロアマ近郊の港とフロスティア帝国を結ぶ航路で海賊狩りを始めた僕は、サラに協力してもらってパラディーゾ魔山にある放牧地に行った。


 そこからサラと一緒に西街道を使ってフロスティア帝国に向かった。

 傭兵団はロアマ近郊と南部に派遣して民を護らせている。

 サラと僕の護衛は、毎日増えるサラの家畜が勤めてくれる。


 サラは野生の狼や犬を牧夫スキルで従順な家畜、牧羊犬に変えていく。

 餌はチーズや無精卵を中心に、穀物も与えている。


 賢いリーダーに統率された狼や犬の群れなら、武術系スキルを天与された騎士や徒士であっても咬み殺す事が可能だ。


 他にも牛馬や猪がサラと僕の護衛に加わっている。

 馬の後ろ脚による蹴りはもちろん、歯で噛まれても致命傷になる。

 前世の知人も愛馬に顔を噛まれて死にかけている。


 突進力の有る牛に、鋭い角で突きあげられても致命傷だが、猪が特に恐ろしい。

 猪には、天敵の狼や犬を返り討ちにする技があるのだ。

 天敵の股に頭を入れて、下顎に生える鋭い牙で大腿動脈を切り裂くのだ。


 これをやられると、狼や犬だけでなく人間も大量出血で死ぬ。

 前世の日本でも、戦後直ぐの養豚業者がこれを喰らってたくさん死んでいる。

 養豚の牙を切るようになったのはそのためだ。


 サラと僕は昼間に旅をして、陽が暮れる前にヘルメース神の庭を使って、安全なパラディーゾ魔山の放牧地に戻る。


 敵が籠城しているロアマや南部地域、海上の武装船団や海賊の様子は、偵察に飛んでくれている鳩や鴨に知らせてもらう。


 何かあればヘルメース神の庭を使って現場に急行できるが、フロスティア帝国までは馬に揺られて移動するしかない。


 だが、その移動が結構楽しくて幸せを感じる。

 サラと2人、慕ってくれる家畜に護られての旅は、胸が温かくなる。


 何とも言えない幸福感に満たされて、このまま世間との関係を断ってしまおうかと思ってしまうが、それではサラに軽蔑されると心を入れ替える。


 サラと僕が、当面の目的地である山岳都市バルドネッキアにたどり着くまでに、海賊船の大半を拿捕する事ができた。

 

 フロスティア帝国貴族が黒幕である事を証明する、証拠や証人も確保できた。

 教皇も皇帝のロアマから出陣する事なく、近郊の街や村も安全だった。

 支配下の街や村の統治を任せた傭兵団も、悪事や不正を行わなかった。


 僕を殺そうと刺客を放った貴族、配下の武装船に海賊行為をさせた貴族。

 両方とも同じ奴で、ウィリアム兄上の配下となってバルドネッキアにいる。

 都市内にいるのではなく包囲軍に参加している。


 僕が包囲軍に参加したらどうするだろうか?

 好機とみて配下を総動員して襲ってくるだろうか?

 それとも、腹心に暗殺を命ずるだろうか?


 そもそも、自分たちのやっている事がバレていないと思っているのだろうか?

 バレていても、僕には何もできないと舐めているのだろうか?


「ユウジ、やっぱり僕が殺しちゃ駄目かな?

 本当に僕が殺すのではなく、この子たちにやらせるだけだから、ユウジが心配しているような、心が壊れる事はないと思うよ」


「僕のために手を汚す覚悟をしてくれるのはとてもうれしいけれど、サラは自分の事をよく分かっていないよ。

 サラはとても強くなったけど、心の優しさと純粋さは変わっていない。

 必要もない人殺しをして、平気でいられる性格じゃないんだよ」


「そんなことはない、必要のない人殺しじゃない。

 ユウジを殺そうとした奴は、絶対に許しちゃいけないんだ!」


「そう言ってくれるのはうれしいけれど、本当に大丈夫だし必要ないよ。

 それに、殺されそうになったのは僕だから、復讐する権利も僕にあるんだよ」

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