第36話:地固め

 僕はアレッサンドリア大司祭領の村人たちの心をつかんだ。

 サラに跡を任せて急いでトスカナ司教領に移動した。


 統治する者も兵力も残さずフロスティア帝国遠征軍を止めに行ったので、教会やイスタリア帝国が奪還の来ると思っていたからだ。


 だが、教会もイスタリア帝国も想像以上に動きが悪かった。

 トスカナ司教領が奪われても軍の動員をしていなかった。

 このままロアマに潜入して教皇たちを殺す事も考えたが、諦めた。


 単に教皇たちを殺せばいいのなら簡単なのだが、フロスティア帝国遠征軍を止め、裏での策謀も考えている貴族たちを止めないといけない。


 そうなると、これまでのようにユウジとして陰で戦う訳にはいかない。

 フロスティア帝国の第3皇子、フィリップとして正々堂々と名乗りを上げて、教会とイスタリア帝国を粉砕しなければいけません。


 だから、トスカナ司教領に戻って直ぐに人々を集めて演説をした。

 アレッサンドリア大司祭領でやった演説と全く同じ内容だ。

 それを広大なトスカナ司教領各地を回って行うのだ。


 目立つことが苦手な僕には苦痛でしかない。

 本当ならやらずに逃げ出したいのだが、情勢が逃げる事を許さない。

 ただ、有難い事に、僕にはサラがついてくれている。


「多くの人を助けるためなら、愛する家畜を犠牲にするのも厭わないわ!」


 サラが多くの家畜を連れてトスカナ司教領の大神殿に来てくれた。

 助けた人々が再び地獄の苦しみを味わう事が無いように、領境を見張るために来てくれたのだ。


 僕は大神殿で手に入れたお金を使って家畜を買い集めた。

 特に航空偵察ができる鴨を最優先に買い集め、サラの支配下に入れてから領境に派遣してもらった。


 ただ、鴨が鷹や鷲に襲われる度にサラが心を痛める。

 それを解消するには、鷹や鷲に対抗できる家畜が必要になる。

 そこで、鷹匠という存在を思い出したので、鷹や鷲を買い集めてみた。


 鷹匠が牧夫スキルに含まれていないか確かめたのだ。

 僕の知識はこう言う応用にとても役に立つ。

 サラは見事に鷹と鷲を支配下に置き、偵察と鴨の護衛に使った。


 鷹匠が牧夫スキルに含まれるのなら、伝書鳩に飼育も含まれる可能性がある。

 そう思って鳩も買い集めさせたが、これも見事に支配下に入れてくれた。


 サラの能力は、人殺しや盗みにしか使えない僕のスキルとは比較にならない。

 牧夫スキルこそ人々を幸せにするスキルなんだと思った。


 いや、人々の役に立つスキルがあるからサラが素晴らしいのではない。

 そのスキルを惜しみなく人々のために使える、気高く優しい心が素晴らしいのだ。


 サラのような子が、心を痛める事のない国を作りたい。

 ヘルメース神もそのつもりで僕に盗賊王スキルを与えたのだと思う。

 だから、小狡いやり方やサラが心を痛める方法は、全て僕の責任でやる。


 サラが放ってくれた鴨、鷹、鷲、鳩の航空偵察のお陰で、敵が襲って来る前に迎撃態勢を整えられるようになった。

 戦いに巻き込まれる可能性のある村に、避難するように伝えられるようになった。


 僕が支配下に置いている元教会領よりも北側は、フロスティア帝国遠征軍とクロリング王国を警戒していて、こちらに攻め込んできる余裕がなかった。


 南側は教皇領とイスタリア帝室直轄領が多く、意外なほど動きがない。

 帝室内部で権力争いが有るのか、貴族たちの足並みがそろわないのか、密偵組織があれば調べたのだが、残念ながらそんなモノはない。


 どちらにしても、僕の留守中の攻撃される事がなくてよかった。

 だが、いつまでもこんな偶然、幸運に頼ってはいられない。

 早急にサラに負担をかけない密偵組織を作らないといけない。


 まあ、急いで作っても上手く動くとは思えないし、信用もできない。

 それでも、何もやらない訳にはいかない。


 盗賊王スキルを使って大量の水晶とアルミニウムを造って、密偵組織の結成と運用の資金源とした。


 友好関係を築いた錬金術師たちと、普通に存在する商会に水晶とアルミニウムを売って人を雇い食糧を買い、敵の侵攻に備えた。


 錬金術師たちが教えてくれる情報は、フロスティア帝国とイスタリア帝国だけに止まらず、クロリング王国などの貴重な情報もあった。

 やはりクロリング王国は虎視眈々と漁夫の利を狙っているようだった。


 他にもセチリア島を支配下に置いている連中が漁夫の利を狙っていた。

 連中は唯一神以外の神を信奉する別大陸からやって来た者たちで、ムスラム人と言われる人々で、着々と北大陸に地盤を確保している油断ならない相手だ。


 2大帝国の貴族たちは、自分たちが1番強く賢いと思っているが、実際にはクロリング王国貴族やムスラム人の方が優秀かもしれないのだ。

 最近の動きを前世の知識で考えると、そうとしか思えない。


 錬金術師と商会を使った情報網だけでなく、実戦力も確保する事にした。

 金で動く傭兵を手当たり次第集めたのだ。


「お前たち傭兵団と契約する前に言っておく事がある。

 余は正義の軍を興すのであって、略奪を行う強盗団を作るのではない。

 もし戦いに乗じて村々を略奪する気なら、今直ぐ出ていて。

 余の目の黒い内はささいな悪事も許さず処罰する!」

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