第35話:演説

 僕はウィリアム兄上と腹を割って話し合った。

 第1皇子のウィリアム兄上は、帝位を継ぐことを前提に物事を考えている。

 イスタリア帝国に勝つ名誉欲よりも、帝国を滅ぼさない責任感の方が強い。


 それに、弟たちへの警戒心もかなり強い。

 帝位を争う相手として、第2皇子のジョージ兄上と、イスタリア帝室の血を継ぐアーチー第4皇子とヘンリー第5皇子を強く意識している。


 同母弟の僕に対しては、間にジョージ兄上がいるので、比較的警戒心が薄い。

 それに、僕は幼い頃からヴァレリアと結婚して婿入りする事が決まっていた。

 帝室の兄弟の中では珍しく仲が良かったから、話し合う事ができた。


 その結果として、僕が全軍の前で演説する事になった。

 これまでの軍事的功績を明らかにして、僕が達成した名誉と功績を、後からきて盗むような恥知らずな事はするなと言い切った。


「余はフロスティア帝国第3皇子フィリップである。

 教皇とイスタリア帝国のヴァレリア第1皇孫、ジョルジョ皇帝に擦り付けられた不名誉を回復するために、アレッサンドリア大司祭領とトスカナ司教領を切り取った。

 後からきて手柄を奪うのなら、臣下であろう許さんぞ!」


 名誉は、王侯貴族にはとても大切なモノだ。

 時には命を捨ててでも優先しなければならないほど大切なモノだ。


 僕の、帝室の名誉を回復すると言う名目があるからこそ、侵攻派の貴族は皇帝の意向に逆らえる。


 だが、原因である僕の名誉回復を邪魔する立場になると、今までの言動が帝室や皇帝に対する無礼や叛意になってしまう。

 懲罰や討伐を覚悟しなければ、これまで通り遠征を主張できなくなる。


 普通ならここで矛を収めるのだが、欲深い連中はこの程度では諦めない。

 多少でも恥を知る者は僕を担いで遠征を続けようとするだろう。

 邪悪な連中は、僕を殺し遠征を続けようとするだろう。


 危険だと分かっている場所に長居する気はない。

 父上とウィリアム兄上のために、フロスティア帝国に巣食う獅子身中の虫を退治する事もできるが、そこまでやる気はない。


 僕自身の安全と利益を優先するなら、教会とイスタリア帝国が先だ。

 やるとしても、教会とイスタリア帝国を滅ぼして、外敵を無くしてからでないと、国力と軍事力を減退させる内部粛清は決断できない。


 クロリング王国のような第3勢力も無視できないが、2大帝国と言われているイスタリア帝国が1番戦力を持っている。


 更に大陸全土に影響力がある教会まで敵としているのだ。

 戦う相手と順番を間違える訳にはいかない。


 僕は急いでアレッサンドリア大司祭領に戻った。

 サラにこれまでの事情と、これからの予定を話したのだが、黙ってトスカナ司教領に突っ込んだのを物凄く怒られた。


「ユウジは私の事を信用していないの?!

 同じヘルメース神の使徒が信用できないの?!

 今度僕に黙って危険な事をしたら、絶対に許さないだからね!」


「すまない、心優しいサラに、これ以上辛い思いをさせたくなかったんだ。

 だから、もうやらないとは言えない、ごめん。

 でも、全部サラを大切に思ってのことなんだ、分かって欲しい」


 103歳と思えない、とても情けない言い訳を繰り返した。

 僕に女性を納得させる才能が欠片もないのが良く分かった。

 

「サラ、今まで黙っていて悪かった。 

 僕はフロスティア帝国の第3皇子、フィリップなんだ。

 教皇とヴァレリア第1皇孫に襲われて、身分を隠していたんだ。

 ようやく復讐の機会を得たから、教会と帝国に復讐しているんだ。

 ヘルメース神もそれを知っていて僕を利用したのだと思う。

 だからサラが必要以上に傷つき悩むことはないんだよ」


「ユウジが誰だって関係ないわよ、困っている人がいたら助けるし、死にそうな人がいたら看病するわ!

 ヘルメース神もユウジが皇子だから使徒に選んだのじゃないはずよ。

 ユウジが使徒に相応しいから選んだはずよ!

 それに、私はこれからも悩み苦しみながら人々を助けて教えを広めるわ。

 だから余計な心配はしないで、ユウジも人々を助け、教えを広めて!」


 やっぱりサラには敵わない、何を言ってもサラの優しい心は変わらない。

 僕が黙っていた事も嘘も許してくれるし、自分の決意も揺るがない。

 だからこそ、サラに嫌われる事になっても、危険な事はさせない。


 僕はアレッサンドリア大司祭領の人々を集めて演説した。


「余はフロスティア帝国第3皇子フィリップである。

 教皇とイスタリア帝国のヴァレリア第1皇孫、ジョルジョ皇帝が口にした事は全て嘘で、教会とイスタリア帝国が余を殺すために仕組んだ陰謀である。

 教皇とイスタリア帝国がどれほど卑怯下劣であるのかは、その圧政と悪行に苦しめられてきたお前たちが誰よりも知っているだろう」


 僕はここで言葉を切って、集まった人々の目を見ていった。

 僕の言葉がしっかりと伝わるように、ゆっくりと顔を動かして視線を合わせるようにして、想いも伝わるように意識した。


「余はフロスティア帝国第3皇子フィリップとして約束する。

 お前たちを教会とイスタリア帝国の圧政と悪行から救い出す。

 フロスティア帝国と同じ法律と税でこの国を治め、安心して暮らせる国にする」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」

「「「「「フロスティア帝国万斉!」」」」」

「「「「「フィリップ殿下万斉!」」」」」

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