第34話:後退

 僕は、大司祭領と同じように、司教領の村々を回って教会からの解放を伝えた。

 ただ、サラがいないので、お金や食糧は大量に運べなかった。

 村々にいた教会の手先が溜め込んでいた物を分け与えるくらいだった。


 配る量が少なく、サラに見せないように工夫して村人に復讐させる必要もないので、大司祭領よりも10倍広い司教領なのに、20日で回る事ができた。


 そのままロアマに潜入して、教皇、ヴァレリア、教会、イスタリア帝室、イスタリア帝国貴族の順に、殺してやろうと思っていたのだが、できなかった。

 時間をかけ過ぎてしまったようで、フロスティア帝国軍が遠征を始めてしまった。


 僕は急いで元来た道を駆け戻り、更に国境まで行った。

 フロスティア帝国軍は、正当な復讐を主張するために、僕が婚約破棄騒動でもらうはずだった、山岳都市バルドネッキアを包囲攻撃していた。


 バルドネッキアは険しい山間部にあるので、元々とても攻めにくい都市だ。

 更に僕の件があるので、山岳都市バルドネッキアが狙われるのは明らかだったので、イスタリア帝国は1万もの大軍を駐留させていた。


 フロスティア帝国軍は5万兵を派遣していたが、簡単には攻め落とせないでいた。

 ただ、フロスティア帝国軍は5万兵が総兵力ではなかった。


 父上、皇帝陛下も5万でイスタリア帝国を滅ぼせるとは思っていない。

 補給の問題があって、先鋒軍5万をウィリアム兄上に指揮させていただけだ。


 僕は、フィリップ第3皇子である事を証明する紋章入りの剣などを見せて、ウィリアム兄上への謁見を申し込んだ。


 普通なら、僕の顔を覚えていそうな近衛騎士や貴族に話をつければ、簡単に会えるのだが、強く大きく成長させ過ぎた身体では信じてもらえない。


 身体だけでなく、顔も肉をつけ痣まで作っている。

 とても元の姿形、13歳のフィリップ第3皇子だとは思えない。

 一応顔だけは元に戻したが、身体とのバランスが悪すぎて自分でも笑ってしまう。


「ウィリアム兄上、お久しぶりでございます」


 何度も何人もの近衛騎士や貴族に確認されたが、ようやく兄上と謁見できた。


「父上から無事なのは聞いていたが、ここまで姿が変わっていては、本当のフィリップだとは信じられないぞ」


「まだ信じて頂けないのですが?

 だったら兄上が初めて手を付けた侍女の話だけでなく、2人目に手を付けた侍女の話もしましょうか?」


「うわぁ、やめろ、止めてくれ、これ以上父上と母上にバレていない事を言われたら、帝都に帰ってからとんでもない事になる!」


「だったらいいかげん疑うのは止めてください。

 兄上も帝国の財政を圧迫する今回の遠征には反対なのでしょう?」


「ああ、父上から色々聞かせていただいたから、遠征自体には反対している。

 だが、お前と帝室が受けた恥は絶対にそそがないといけないとも思っている。

 帝室の財政も大切だが、帝室の名誉と誇りはそれ以上に大切だ」


「それは恥をかかされた私自身がそそぐと手紙を届けたはずです。

 10通の内8通が届いたと報告を受けています」


「錬金術師たちが届けた手紙だな、それは私も見たが、半信半疑だった。

 イスタリア帝国が仕組んだ偽手紙の可能性もあった。

 何よりフィリップが全く動かないので、侵攻派の貴族たちが独断で動きかけた。

 しかたなく皇帝陛下が負けないように軍としてまとめたのだ」


「ちゃんと動いていたのですが、教会の大司祭領とトスカナ司教領を攻め取ったのは伝わっていないのですか?」


「フィリップ、攻め取ったのならちゃんと名乗りをあげろ。

 こちらでは教会内の権力争いで支配者が変わっただけだと受け取っていた」


「そのまま帝都ロアマに潜入して、教皇、ヴァレリア、皇帝、教会、イスタリア帝室、イスタリア帝国貴族を皆殺しにする戦術でした。

 フィリップだと名乗ると、潜入が困難になると思っていたのです」


「だったらその戦略も手紙に書いておけ、知らされなければ何も分からない」


「手紙などで知らせたら、どこから漏れるか分からないではありませんか。

 僕が自分で名誉を回復すると言っているのです。

 教会の領地を切り取る者が現れたら、私だと思いつけるでしょう」


「あのなぁ~、教会領を奪っているのは、2メートルを超える大男だと伝わっているのに、誰がフィリップだと思うんだ!」


「それも天与スキルのお陰です」


「フィリップが授かったのは盗賊王スキルだろう?

 盗賊王スキルのどこに身体を大きくさせる能力があるのだ?」


「それは神の気紛れだそうです」


「神の気紛れ、なんだそれは?」


「実は神が降臨されたのです」


「なに、唯一神が降臨されたのか?!」


「いえ、その神はヘルメース神と名乗られました。

 ヘルメース神の話では、唯一神など存在せず、多くの神々がおられるそうです。

 その神々が、気に入った人間にスキルを授けるので、争いがあるのだそうです」


「……信じられん、神が複数いるなど、とても信じられん。

 フィリップ、神を騙る者に騙されているのではないだろうか?」


「さて、神を騙る者がいないとは言い切れませんし、僕が騙されていないとも言い切れませんが、少なくとも唯一神を騙る教会よりも力があるのは確かです。

 そうでなければ、僕1人で大司祭領と司教領は切り取れません。

 何より、教会と敵対する僕にスキルを与えたりはされません」


「……そうだな、教会の聖職者たちを虐殺しているフィリップが、スキルを取り上げられていないのだ、唯一神以外の神がいるのだろう」


「神の話とスキルの不思議はこれまでにしましょう。

 問題はこの戦争を小さく収める方法です、いいですか?」


「分かった、フィリップが自分の手で帝室の名誉を回復すると言うのなら、私も余計な手出しは止めよう」

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