第32話:夜襲部隊
「「「「「メェエエエ!」」」」」
山羊たちが騒いでいる。
思っていた通り、山の方から奇襲部隊がやって来る。
それも、陽が落ちてから襲う夜襲部隊だ。
普通なら解放した村々を襲われて求心力を失っていた。
大きく迂回した敵軍を、サラと2人だけで迎え討つ事はできない。
迎え討つどころか、敵を探し出す事もできない。
だが、サラの授かった牧夫スキルがあるから、敵を探す目が数多くあった。
鳥目なので夜は役に立たないが、昼のうちに敵を見つけて知らせてくれる。
こちらが大雑把にでも道を把握していたら、かなり遠くで見つけられる。
今回も解放した村々を守るために、村人から聞き出した抜け道や獣道を、空から鴨に索敵させた。
そのお陰で、村が襲撃される2日も前に敵の動きを把握する事ができた、
練度の低い敵は、味方との同時攻撃に失敗していたのだ。
僕はサラと孤児たちを残して敵軍の迎撃に向かった。
鴨と鶏、山羊と羊がサラに報告した話では、3000兵規模だという。
僕の見積もりが正しければ、もう1部隊いる可能性がある。
可能性だけで、絶対にいるとは限らないが、油断大敵だ。
1番心配なのは、敵が少人数に分かれている場合だ。
聖堂騎士や聖堂徒士が10人単位で襲ってきても、村人には抵抗できない。
サラには辛い選択をさせてしまった。
教会の連中に襲われるかもしれない村人たちのために、天敵の獣に襲われるかもしれない家畜たちに、猛獣のいる山に入らせる事になった。
実際に、鴨や鶏が鷹や鷲に襲われて命を失っている。
山羊や羊も狼に襲われて命を失っているのだ。
教会の手先を皆殺しにしなければ、彼らの犠牲が無駄になる。
僕はそれほど夜目が利くわけではないが、山羊と羊が近くまで案内してくれるし、敵が松明を使って脇街道を移動しているので、自分で明かりを用意する必要はない。
敵の明かりに捕まらないように近づき、盗賊王スキルを放つ。
「スティール・アイアン」
「スティール・Fe」
「スティール・スィラム・アイアン」
「スティール・Fe」
東西南北の本街道よりは狭くて整備もあまりされていない脇街道だ。
深夜に移動していて先頭の騎士が落馬したら、後続は簡単に巻き込まれる。
1000kgを超える軍馬が暴れたら一瞬で大混乱に陥る。
「奇襲だ、敵の奇襲だ!」
そこに敵の奇襲を知らせる大声が上がったら、憶病で卑怯な連中は、味方を押し倒して囮にしてでも自分だけ助かろうとする。
「スティール・ソルト」
「スティール・NaCl」
「スティール・クロリン」
「スティール・Cl」
重なり倒れで身動きできない敵は、広い範囲に盗賊王スキルを放てば、まとめて皆殺しにできる。
ただ、敵を殺していくほど松明の明かりが少なくなり、墨をまいたような夜の闇がやってくるので、見つけられない敵を見逃してしまう。
山羊や羊に跡を追ってもらい、角で突いて悲鳴をあげさせたので、誰1人見逃すことなく皆殺しにできた。
3000人規模の大部隊は、最初の敵とこの敵だけだったが、他にも100人規模10人規模の奇襲部隊が何十組も村々を襲おうとしていた。
だがそのことごとくを、サラが涙をこらえて家畜たちに索敵に派遣してくれた事で、村々を襲う前に迎撃する事ができた。
「サラ、隠していても落ち込んでいるのは分かっている。
どちらかを選べと強要したのは僕だ。
いや、どちらかではなく、人間を護る方に誘導した。
だから家畜が死んだのはサラのせいじゃない、僕のせいだ」
家畜たちを犠牲にして村の人たちを守った事に、サラは物凄く苦しんでいた。
サラに家畜を犠牲にして村人を助けるように誘導したのは俺なのに、サラが苦しむ必要などないし、そもそもこんな事をやらせているのはヘルメース神だ。
神の力を使えば教皇やヴァレリアだけでなく、全ての聖職者と王侯貴族を簡単に殺せるのに、僕やサラにやらせるヘルメース神が悪いのだ。
サラが胸を痛める必要などないと言って聞かせた。
必要な犠牲だが、やらせた僕やヘルメース神が悪いのだと何度も言って聞かせた。
「ユウジの言っている事は頭では分かっているの。
でも、頭では分かっていても、辛く苦しい気持ちは変わらないの。
もう心配しないで、何を言ってくれても私の性格は変わらないわ。
決断してやっても苦しくて、逃げて何もしなくても苦しいのなら、もうウジウジと悩まず、苦しみながら、やらなければいけない事をするわ」
「サラ、その気高い性格を尊敬するよ。
でも、頑張り過ぎて心を壊してしまった人をたくさん見てきた。
だからサラには頑張り過ぎないで欲しいんだ。
見て知ってしまったら、動いても逃げても胸を痛めるサラだ。
だったら何も知る事のできない場所でゆっくりすればいい。
今からでもヘルメース神の庭に籠って家畜たちと穏やかに暮らせばいい。
教会とイスタリア帝室を滅ぼしたら呼びに行くよ」
「駄目よ、そんな無責任な事は絶対にできないわ!
ユウジはヘルメース神を悪く言うけれど、僕は心から信じているの。
そんなヘルメース神に託された使徒の役目は何としても果たすわ!」
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