第31話:司教軍

 敵の聖堂騎士団は、トスカナ司教領の旗印を掲げていた。

 僕たちが奪い取った司祭領の南、教皇領の北西にある広大な領地だ。

 領内の民を死ぬ一歩手前まで収奪すれば、1万の兵力は養えるだろう。


 僕は聖堂騎士団と聖堂徒士団、合計1万と戦う覚悟で進んだ。

 正面からではなく、街道の東にある森から攻撃する事にした。

 正面からだと、騎馬突撃された場合に危険だからだ。


 心を落ち着けて狙いが外れないように集中する。

 広範囲に盗賊王スキルを放つと馬まで殺してしまう。

 僕は馬を巻き込んでも別に何とも思わないが、サラが哀しむから気をつける。


「スティール・アイアン」

「スティール・Fe」

「スティール・スィラム・アイアン」

「スティール・Fe」


 先頭を進んで来た指揮官級を即死させる。

 武力自慢の指揮官級が突然落馬したので、先頭の騎士集団が慌てふためく。


 動きが大きくなって狙い難くなる。

 盗賊王スキルの範囲を大きくすれば問題ないが、馬を巻き込まないように、馬の頭よりも上、騎士の胸から受けだけが範囲になるように狙う。


「スティール・ソルト」

「スティール・NaCl」

「スティール・クロリン」

「スティール・Cl」


 主を失った軍馬がその場で暴れたり逃げ出したりしている。

 僕の殺気に反応したのか、その場の異様な雰囲気に反応したのだろう。

 

 あまりにも激しく暴れる馬に巻き込まれて、僕が盗賊王スキルを放っていない聖堂騎士まで次々と落馬していく。


 思っていた通り、騎士としての練度はとても低い。

 甲冑などの装備だけが立派な分、落馬した時の衝撃が大きいようだ。

 そのままピクリとも動かないので、首の骨を折って死んだのだろう。


 未熟な聖堂騎士が落馬する度に暴れる軍馬が増えている。

 後続の聖堂徒士を蹴り飛ばしたり跳ね飛ばしたりしている。

 このまま何もしなくても、退却しなければいけないくらいの大損害になりそうだ。


「何をしている、それでも教会に仕える誇り高き聖堂騎士か?!

 命懸けで馬を取り押さえろ、逃げる者は俺様が斬る!」


 甲冑を装備して馬上にいるので正確な身長は分からないが、低く見積もっても2メートルを軽く越える偉丈夫が、後ろからやって来て叱咤激励する。


 言葉だけでなく、逃げる聖堂徒士を馬上から一刀のもとに叩き斬った!

 徐々にその場が収まっていく、このままでは自滅しなくなる。


「スティール・アイアン」

「スティール・Fe」

「スティール・スィラム・アイアン」

「スティール・Fe」


 僕は急いで盗賊王スキルを放った。

 1度では幸運な偶然が心配なので、2度3度と立て続けに放った。


「「「「「団長、騎士団長、しっかりしてください、団長!」」」」」


 側近であろう騎士が、僕の盗賊王スキルを受けて落馬した偉丈夫を助け起こそうとするが、続けて放った盗賊王スキルでパニックになった馬たちに跳ね飛ばされる。

 倒れた騎士や徒士の上に、暴れる軍馬の全体重がかかる。


 こんなに早く総指揮官を殺せると思っていなかったが、偶然が重なったのか、総指揮官が愚かだったのか、上手い具合に狙い撃ちできた。


 聖堂騎士団長と側近を皆殺しにできたので、逃げようとする聖堂騎士や聖堂徒士を止める者は誰もいない。


 だが、僕にはこいつらを生きて返す気などない。

 楽に殺せるときに確実に殺しておく!

 ここで見逃したら、必ずもう1度やってくるから!


 トスカナ司教領の南側には教皇領がある。

 あの欲深い教皇が、大司祭領を奪われて黙っているわけがない。

 自分の権力を維持するために、必ずもう1度遠征軍を送って来る。


 それが分かっていて、殺せるのに見逃すのは馬鹿のする事だ。

 別動隊や奇襲隊がサラに迫っている可能性もあるのだ。

 できるだけ手早く敗走兵を皆殺しにする!


 1時間足らずで敵軍3000兵ほどを皆殺しにした。

 僕の予測では1万兵は動員できるから、残り7000兵もいる。

 全滅させた連中が囮の可能性もあるので、急いで教会に戻った。

 

「サラ、敵の馬を集めてきた、ヘルメース神の庭に送っておいてくれ」


「分かったわ、まだ終わらないの?」


「正面の敵は全滅させたけど、迂回している別動隊や奇襲隊がいるかもしれない。

 急いで周囲を見廻らないといけない」


「それなら鴨と鶏に敵がいないか調べさせるわ、休んでいて」


「鴨と鶏を自由に動かせるようになったのか?」


「ええ、みんな良い子、僕の言う事をよく聞いてくれるわ」


「だったら雄山羊にも周囲を探らせてくれ、鴨や鶏だけでは心配だ」


「「「「「ガア、ガア、ガア!」」」」」

「「「「「コケー、コケッコ、コケー、コケッコ!」」」」」


 僕の言った事が分かったのか、怒った鴨と鶏に突き回された。

 だが、僕だけではなく、サラと子供たちの命もかかっているのだ。

 夜目が利かない鴨と鶏にだけ見張りをやらせる訳にはいかない。


 捕らえたばかりの軍馬も、元の仲間に誘惑されて裏切るかもしれない。

 元からいた馬や牛は信用できるが、険しい山には入れない。


 堕落した教会の下劣な騎士や徒士が、道のない山を走破してまで奇襲をするとは思えないが、手を抜いてサラや子供たちを危険な目には会わせられない。


「なにをしているの、ユウジに文句が言いたのなら、先に自分のやるべき事やってからにしなさい!」


 サラが鴨と鶏を叱ると一斉に山の方に飛んでいった。

 鴨は空高く飛んだが、鶏はジャンプを繰り返して山に向かった。

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