第26話:皆殺し

 僕がどれほど説得しても、サラはヘルメースの庭に行かなかった。

 僕と一緒に襲い掛かって来る教会の手先を待ち受けると言う。

 絶対に負けられない思いが沸々と湧き上がってくる。


「分かったよ、でも、僕が困った時に逃げられるように、馬の準備をして待っていて欲しい、いいね?!」


「まかせておいて、何人いても霧にまいてやるわ!」


 何度も色々と練習しているので、ヘルメースの庭の特徴は分かっている。

 サラだけが、望む時にどこからでもヘルメースの庭に入る事ができる。

 どこにいようと関係なく、ヘルメースの庭に直接通じる。


 更に有り難いのは、濃霧を伴ってくれる事だ。

 目の前に何かあっても分からず、頭をぶつけてしまうほどの濃霧だ。

 少し歩いただけで追手をまく事ができる、逃げるのにとても重宝する濃霧だ。


「じゃあ、行ってくる」


 今度の敵は教会が雇った傭兵団だった。

 時間をかけた分、数も質もそろえてきたようで、夏家に迫る姿が様になっている。

 前回夜間に襲って全滅したのを教訓にしたのか、日中に近づいて来た。


 こちらが闇に隠れて迎え討てない分、向こうも闇に隠れて近づけない。

 家畜たちが、はるか遠くから登って来る敵を教えてくれたので、早々に迎え討つ準備ができて、サラと言い合いもなった。


 傭兵団の使う矢の射程に入らないうちに全滅させる!

 火矢を使わせると夏家を燃やされてしまう。

 サラが大切にしている、思い出の家を燃やさせはしない!


 僕が1人なら、左右に大きく広がる敵の、どちらか端を狙う。

 左右から挟撃されるような場所、中央に攻撃を仕掛けたりしない。

 だが、後ろにサラがいるから、敵の突撃に気をつけないといけない。


 敵が僕を無視して一斉突撃をして来たら、僕の背後に回られたり、僕が包囲されたりする程度ならいいが、サラを狙われるかもしれないのだ。


 だから僕は、自分を囮にして敵の目を引き付ける。

 敵の目がサラに向かわないようにする。

 攻撃的にも、左右両方に盗賊王スキルを放てるようにする。


「敵だ、賞金首が出てきたぞ!」


 明るい日中に、見晴らしの良い山中の放牧地で戦う。

 身を隠そうと思っても無理があり、早々に見つかってしまった。

 敵が一斉に弓を構えている、何も命じられなくても次の準備ができる精兵だ!


「スティール・アイアン」

「スティール・Fe」

「スティール・スィラム・アイアン」

「スティール・Fe」


 少し多めに魔力を使ってしまうが、矢の射程に入る前に殺す。

 敵が固まっている辺りに、広範囲に盗賊王スキルを放つ。


 指揮官と思われる奴を中心に敵が倒れる。

 精兵だからこそ、指揮官の命令なしに矢を放たないので助かる。


「スティール・ソルト」

「スティール・NaCl」

「スティール・クロリン」

「スティール・Cl」


 左右にいる敵、僕が近づく事で射程に入る敵に盗賊王スキルを放つ。

 断末魔を放つ事もなく、パタパタと敵が倒れる。


 歴戦の傭兵、精兵だけに異常事態なのが分かったのだろう、一斉に逃げ出した!

 実戦経験が豊富な歴戦の傭兵団ほど逃げ足が速い。

 だが、背中を見せた弱兵を見逃すほどお人好しではない。


 敵の誰にも負けない俊足で追いすがり、盗賊王スキルを放ち続ける。

 毎日堅実に溜め続けた魔力を惜しみなく使う。

 この時のために、サラに笑われながら大食いを続けたのだ。


 左右どちらかに狙いを定めないと、距離が開き過ぎて無駄に魔力を使ってしまう。

 左右どちらかは逃がしてしまうかもしれないが、一方だけは確実に殺す。

 今回は左に狙いを定めて皆殺しにする!


 ものの30分ほどで、散り散りに逃げる左側の敵、傭兵を皆殺しにできた。

 歴戦の傭兵だけあって、できるだけ逃げられる確率をあげようと、固まらずにバラバラに逃げやがった。


 それでも、大きく強く成長した僕の身体は、30分で敵傭兵を皆殺しにできた。

 右側に逃げる敵傭兵も散り散りになっているから、追いかけるのに時間がかかる。

 だが、計算では、谷に入られる前に皆殺しにできるはずだ!


 休むことなく右側に方向を変えて敵傭兵を追いかける。

 もう手遅れだと思うが、それでも最善を尽くさないといけない。

 身体と魔力を使って、敵傭兵が谷に逃げ込む前に皆殺しにする!


 谷に逃げ込まれる少し前に、敵傭兵227人を皆殺しにできた。

 計算通りではあるが、全くうれしくない。


 自分の思い通りにならなかった方が、嫌な予測が外れてくれているかもしれないからだ。


 自分が夏家に居座った結果を確かめないといけない。

 残虐非道な傭兵団なら、襲う人間がいる村は必ず略奪する。


 傭兵団は、老人や子供しかいないからといって見逃したりはしない。

 むしろ楽に略奪ができると嬉々とするようなケダモノしかないのが傭兵団だ。


「え~ん、え~ん、え~ん、え~ん」

「わぁ~ん、わぁ~ん、わぁ~ん、わぁ~ん」

「ぎゃ~ん、ぎゃ~ん、ぎゃ~ん、ぎゃ~ん」

「おじいちゃん、おばあちゃん、わぁ~ん」


 冬家の出入口は破壊されているが、火は放たれていない。

 泣き喚く子供たちがいる、死体になって転がっていると思っていたのに、生きている、大声で泣けている。


 何組かの傭兵団が連合を組んでいたが、1番力を持っていた傭兵団が、非常識に騎士道精神をもっていたのだろう。

 こんな事なら追い討ちをかけずに逃がしてやった方が良かったか?


 いや、敗残兵は良識を忘れて残虐な行為に走る事が多い。

 騎士道精神を持った傭兵は、最初に殺してしまったはずだ。

 情け容赦せずに皆殺しにしたのは間違いじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る