第25話:ヘルメースの庭
ヘルメース神が言っていた通り、僕は神の庭と繋がっていなかった。
サラは神の庭と繋がっていて、いつでもどこからでも出入りできた。
サラが望むと周囲に濃霧が満ちて、進むと庭に入れるのだ。
ヘルメースの庭は、断崖絶壁に囲まれた狭い盆地のはずなのだが、入って来た両側にそびえる崖は分かるのに、正面には果てが見えないほどの草原が広がっている。
その草原に、僕たちが連れてきた家畜たちがいる。
のんびりと草を食べ、安全を確信しているのか、悠々としている。
試しに誰もいなくなった村人の夏家にいた鶏をヘルメースの庭に放したが、他の家畜と同じ様に悠々としている、家畜の天敵となる狼や狐がいないのだろう。
サラと僕は、主のいなくなった夏家を回って、誰もお世話をしなくなった鶏を集めてヘルメースの庭に放した。
サラの牧畜スキルが、牛馬や山羊羊だけでなく、鶏に発揮できるのが分かった。
もしかしたら、鴨や雉にも効果あがるかもしれない。
醤油がないので作れないが、鴨のすき焼きが食べたくなった。
だが、サラが家畜をとても大切にするので、牛馬や山羊羊、豚だけでなく、鶏も食べるのがためらわれた。
もうこれ以上サラを哀しませたくなかったので、肉を食べるのは諦めて、チーズとヨーグルト、バターと牛乳でタンパク質を補給した。
香ばしく柔らかく焼いたチーズを乗せたパンは、毎日3食食べても飽きないくらい美味しかった。
サラに納得してもらうのに少し時間はかかったが、有精卵と無精卵の話をして、無精卵なら命を奪わないと分かってくれた。
そのお陰で、玉子焼きや目玉焼きが食べられるようになった。
少し手間がかかったし、ワインから作ったビネガーを使っているので、独特の風味はあるが、マヨネーズも完成した。
サルモネラ菌を心配する人もいるが、酸味の強いビネガーを使えば、サルモネラ菌を死滅させられると前世で聞いていた。
それに、卵の中にまでサルモネラ菌が入っている確率は3万個に1個だ。
卵1個1個を丁寧に洗って糞や血を取り除き、割れた卵は絶対に使わず、調理の直前まで殻付きで置いておく。
そうすれば、まずサルモネラ菌にやられる事はない。
それに、そもそも熱を加えればサルモネラ菌は死滅させられる。
大丈夫と自信を持てる卵以外は加熱調理すればいい。
「サラはヘルメースの庭に隠れていてくれ」
「だめよ、一緒に隠れよう、無理に殺さなくてもいいじゃない」
「それは駄目だよ、敵は唯一神を騙る教会だ。
僕たちがスキルを授かったのは、連中を殺して新しい教えを広めるためだ。
心優しいサラに人殺しをしろとは言わない。
だけど、僕は違う、連中を皆殺しにするためにスキルを授かったんだ」
自分が口にした事を本当に信じている訳ではない。
もし本当に新しい教えを広めるために授かったスキルなら、護衛騎士隊長以下2000人が殺されたのも、ヘルメース神に仕業になる。
僕が教皇以下の教会を憎み、ヴァレリアを含めたイスタリア帝室を滅ぼすように、ヘルメース神が仕組んだ事になる。
もしそうなら、僕はヘルメース神を許せない。
スキルを授けてくださった神であろうと、戦いを挑まずにはいられない。
ただ、今は、先に人間同士の恨み辛みを晴らさなければいけない。
護衛騎士隊長たちを直接殺した教皇とヴァレリアの首を刎ねて墓前に捧げる。
教会とイスタリア帝国を滅ぼして民が安心して暮らせる国を興す。
面倒事が嫌いで、できるだけ楽をして生きた前世だったが、今生のフィリップは物凄い努力家だった。
今は良い感じにフィリップと佐藤勇史が融合して、ユウジになっている。
ユウジとして教皇とヴァレリアを殺して教会とイスタリア帝国を滅ぼす。
そしてフィリップとしてイスタリアに新たな王朝を興す。
それがフロスティア帝国を戦争に巻き込まず、クロリング王国の侵攻も防ぐ、最善の道だと思う。
その第1歩として、再び襲ってきた教会の手先を皆殺しにする!
そうしなければ多くの人々を救えない。
その強い気持ちを込めてサラの目をじっと見つめた。
「分かったよ、もう何も言わないよ、僕の方が間違っているんだね?」
「サラの優しさはとても大切でかけがえのない物だけれど、今のイスタリア帝国では通用しないし、誰も救えないんだ。
僕がイスタリア帝国を滅ぼして新しい国を興してからがサラの時代だよ。
それまではヘルメースの庭で休んでいてくれ」
「駄目だよ、そんな事はできないよ、僕だってヘルメース神の使徒だよ。
ユウジだけに人殺しをさせて、自分だけ手を汚さないなんて卑怯だよ。
僕だって、僕だってその気になれば、人殺しだって……」
「大丈夫だよ、無理しなくても良いんだ。
ヘルメース神も言っていただろう、サラには逃げる力を授けるって。
サラは、僕が追い詰められた時に逃がしてくれれば良いんだよ」
「分かった、もうウジウジ悩まない、僕は僕のやれる事をする!
だから隠れたりしない、常にユウジの側にいる、だから逃げ隠れしない!」
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