第24話:ヘルメース神

 サラは、突然始まった僕とヘルメース神の会話について行けず、茫然としていた。

 そんなサラにも、ヘルメース神は使命を与えてしまった。

 反対したかったが、命の恩人、それも神の邪魔はできなかった。


「サラ、貴女にも使命を与えます、ユウジと共に新しい教えを広めなさい。

 その手助けになるスキル、牧畜を与えます。

 その牧畜スキルを最大に生かせる、ヘルメースの庭をパラディーゾ魔山の奥深くに与えます」


「有り難き幸せでございます」


「では早速ヘルメースの庭に案内してやろう。

 新しく手に入れた家畜も、全て率いてついて来なさい。

 ユウジ、君には馬をプレゼントしてあげよう。

 なに、お礼には及ばない、君が襲われた時に手に入れた馬だ」


 命の恩人であるヘルメース神に逆らう事はできず、急いで家畜を集めた。

 サラは元々家畜の扱いが上手だったが、牧畜のスキルをもらったお陰か、驚くほど簡単に全ての家畜を集める事ができた。


「私の後をついて来なさい」


 サラがそう言いだけで、馬、牛、羊、山羊、豚、全ての家畜が後をついてくる。

 そしてサラと僕も、ヘルメース神の後をついて行く。


 ヘルメース神の登る先は、人も家畜も登れない険しい断崖絶壁だったはずなのに、いつの間に1本の細い渓谷ができていた。


 ヘルメース神はその渓谷を歩いて行くが、落石が起きたら潰されてしまう。

 神なら落石ていどでは死なないだろうが、人間はひとたまりもない。


 何かあったらサラを抱えて逃げないといけないと思い、後ろを振り返ると、真っ白だった!


 全く気付かない間に、突き出した手も見えなくなるような濃い霧に包まれていた。

 それなのに、家畜がついてくる気配がある。

 こんな濃霧なのに、家畜がついて来られるのはなぜだ?


「安心しろ、我の力で他の人間が来られないようにしているだけだ。

 ユウジには見えなくても、家畜には見えている」


 なるほど、この霧もスキルの力なのだろう。

 牧畜スキルの中に、自分の家畜を守る力があってもおかしくない。

 家畜を襲う猛獣や人間を殺す力があっても驚いてはいけないのだ。


「ヘルメース神、家畜を襲うモノを撃退するスキルがあるのでしたら、サラに教えてやってもらえないでしょうか?

 僕が授かったスキルを、サラにも授けてください、お願いします」


「それはできない、スキルは1人1つと決まっている。

 ユウジが色々やれるのは、ある意味ズルなのだよ。

 前世の知識があるから、この世界の人間どころか、神が思ってもいなかった使い方をしたんだ」


「ではこの霧は何なのですか、牧畜のスキルの1つなのですか?」


「これはサラの牧畜のスキルではなく、我の力だ。

 我の願いを叶えようとする使徒を助けるための仕掛けさ。

 だから誰かを傷つける力ではなく、逃げ込むための道を開くだけの力さ」


「では、僕が危険になってもこの道は開かれるのですね?」


「ユウジは力を持ち過ぎているから、1人では開かないよ。

 ただ、サラと一緒の時は開かれる、他の人間のように弾かれはしない。

 ユウジでは閉ざされたままの道でも、サラには開かれる。

 それを忘れなければ、安全な隠れ家を自由に使えるようになる」


「ありがとうございます、助かります」


「じゃあ後は頼んだよ、急がないから、楽しみながらやってくれ」


 その言葉と同時にヘルメース神が消えた。

 神の世界の戻ったのか、単に見えなくなっただけなのか、僕には分からない。


「本当に神様に会えるなんて、びっくりしちゃったよ。

 神の使徒として頑張らないといけないね!」


 サラがとてもうれしそうで、僕もうれしい!

 村人の死を自分の責任のように感じていたサラ。

 その憂いと哀しみ、苦しみまでが消え去ったかのようだ。


 また何かのきっかけで思い出してしまうかもしれない。

 苦しみ悩むかもしれない、でも今は、使命を与えられて忘れられている。

 だったら僕のすべきことは、サラが使命に集中できるようにする事だ。


「サラ、家畜たちがここで幸せに暮らしていけるのを確認したら、使命の旅に連れて行く家畜を選ぼう」


「そうだね、使命を果たす仲間を選ばないといけないね!」


「ヘルメース神がわざわざ連れて来てくれた馬が良いと思うんだ。

 他の馬は、普段は家畜用に扱われていて、少し乗馬として使えるだけだ。

 でもあの馬たちは、騎士が軍馬として使うように訓練していた」


「そっかぁ~、残念だけどしかたないか」


「どうしても連れて行きたい馬がいるの?」


「どうしてもと言う訳でもないけど、仲良くなった子と離れるのは寂しいよ」


「だったら仲良くなった子も連れて行く?」


「いらない、危険なのは分かっているから、訓練された子だけで良い」


 サラはそう言って寂しそうに笑った。

 僕は何て馬鹿なんだ、ようやく元気になったサラにこんな顔をさせるなんて!

 103年も生きたのに、これまでの経験が何の役にも立っていない!


「そうだね、強い子だけを連れて行こう。

 あ、そうだ、1度ここから出て、どこからでも戻れるか試してみよう。

 それが分かれば、どこ子も安心して連れて行けるし、いつだって会いに戻れる」


「うん、そうだね、それが良いね、この子たちには安全なここにいてもらって、僕たちだけで使命を果たす旅に出ようよ!」

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