第19話:移住計画

 僕は使いっ走りの死体はそのままにして、サラの所に急いだ。

 どうなったのか聞きたがるサラをなだめて、山羊を集める事を勧めた。


 サラは頭が良いので、僕が口にしなくても直ぐにどうなったか理解してくれた。

 ぎこちない笑顔を浮かべて山羊を集め始めた。


 家族のために気丈に振舞えるサラだが、その優し過ぎる性格は、悪人にさえ情をかけてしまうのだろう、心が痛んで苦しんでいるようだ。


「サラ、弟たちが攫われるところだったのだよ。

 自己満足の優しさは、誰かを地獄に突き落とす手助けになる。

 心を鬼にしてでも罰を与えないといけないんだよ」


「……そうね、自分が楽になるために、誰かを不幸にしてはいけないね」


 頭では分かっているのだろうが、心が優し過ぎるのは可哀想だな。

 少なくとも、これから荒れるイスタリア帝国で生きて行くのは辛い。


 誰かが素早くイスタリア帝国を滅ぼして新たな国を興せば別だが、フロスティア帝国に移住するのが1番だろう。


「サラ、僕の店があるフロスティア帝国に来ないか?

 父が持っている未開の森林がある。

 ここにいる山羊だけでもギリギリ生活できるだろうが、サラにその気があるなら、僕が買い集めた家畜を預けるよ」


「まさか、それも看病のお礼、もらい過ぎだと思うんだけど?」


「僕の命にはそれだけの価値が有るのさ」


「へぇ~、まるでどこかの王子様だね」


「そうかな、そうだね、王子様なら300頭の家畜をあげても多過ぎないね」


「そっか、王子様なら看病しただけで300頭も家畜をもらえるんだ。

 だけど、そんなにもらっても、ここでは餌がたりないね。

 ユウジの言う通り、フロスティア帝国に移住した方が良いのかな?」


「直ぐに移住しなければいけない訳でもないし、家族で相談してご覧」


「そうね、私だけで決められる話じゃないし、相談してみるわ」


 サラは最初に両親と相談したが、両親はもろ手を挙げて賛成だった。

 教会に騙されて家畜を奪われただけでは済まず、サラを含めた子供を全員攫われそうになったのだ、国を捨てる気になって当然だ。


 僕が、この村の住民がサラたちを売った話をしたのも影響しているだろう。

 サラは、最初信じようとしなかったが、順番立てて話すと納得してくれた。


 最後は大粒の涙を流しながら僕の言う事を認めてくれたが、悪い事をしている気になってしまった。


 サラとその家族を助けるために言ったのに、なぜ僕が胸を痛めないといけない?

 理不尽だと思うが、何故かどうしてもサラを助けたくなる。

 看病をしてくれた恩人だから、見捨てられないのだろう。


 僕はサラとその両親を残して谷におりた。

 2頭の馬を置いて行ったのは、何かあった時に3人で逃げてもらうためだ。

 3頭いれば安心なのだが、2頭しかいないからしかたがない。


「お婆さん、安心してください、サラもご両親も無事です。

 教会の手先は殺しましたから、しばらくは時間を稼げます」


「ありがとうございます、ありがとうございます、ユウジさんがいなかったら、孫たちは地獄に落とされていました」


「僕もサラさんとご両親がいなければ死んでいました。

 命の恩を命で返させてもらっただけです。

 だから、お婆さんの体調も確認させてください」


 谷の冬家に行って、お婆さんの状態を確かめた。

 脳が大丈夫なのか、切れた血管が落ち着いているのかを確かめた。


 血管を治して髄膜と脳の間の出血を盗んだ時には大丈夫だったが、脳の中にわずかな傷がないのかも慎重に確かめた。


 お婆さんだけでなく、3人の孫も魔力を流してケガがないのか確かめた。

 子供は身体が柔らかくてケガが分からない事がある。


 特に子供の骨は、厚くて丈夫な骨膜に覆われているから、中で折れていても骨膜でつながっているから、骨折に気付かない事がある。


 1番気をつけないといけないのは、骨端線の離開や損傷だ。

 成長期が終わる前に骨端線を痛めてしまうと、そこから先が成長しなくなる。

 骨端線を損傷した手足だけが伸びなくて、正常な手足に比べて短くなってしまう。


 子供たち、あの腐れ外道共に襲われた時に、頭を打っているかもしれない。

 手をついて倒れた時に、骨端線が潰れてしまっているかも知れない。

 そんな重大なケガをしていないか、魔力を流して慎重に確かめる。


 慎重に診察している間に、夜になってしまっていた。

 その日はそのまま眠り、翌日も同じように4人の状態を確認した。

 自分の見落としでお婆さんが死ぬのも、子供に障害が残るのも絶対に嫌だ!

 

 診察に集中し過ぎて、いつの間にか昼になっていた。

 お爺さんが牧夫たちを率いて300頭の家畜と戻って来た。

 

 お爺さんは冬家の前に転がる死体に驚いたが、僕が説明すると直ぐに落ち着いた。

 年の功なのか、サラの両親よりも落ち着ていて頼りがいがある。

 サラを預けるなら両親よりも祖父母の方が良いだろう。


 だから、サラと両親に話したフロスティア帝国への移住話を祖父母にもした。

 祖父母にも村の人間が裏切っている話をしたが、両親と違って裏切られたのを知っていたようだ。


 正義感があり、清廉潔白なのは良いが、現実を理解できない自分の子供を残念に思っているようだ。


「分かりました、足手まといになるかもしれませんが、残って人質にされるわけにはいきませんから、サラたちと移住します」

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