第18話:悪寒

「そこに止まれ、俺様が本物かどうか確かめる!」


 救いようのない馬鹿ではないようで、1人が前に出て借用書を確認しようとする。

 残る2人は、サラを確実な人質にしようと縛った縄を手元に引きやがった!

 サラの手首に傷がつくだろう!


「ヒィヒィイイイイイン」


「うっわ、大金貨20枚の馬が!

 捕まえてくれ、物凄く高い馬なんだ、捕まえてくれたらお礼する!

 大金貨だ、大金貨1枚のお礼をする!」


「なんだと、大金貨1枚だと?!」

「俺だ、俺が捕まえる」

「このヤロウ、俺だ、大金貨は俺の物だ!」


 俺は右手で手綱を持っていた替え馬を放った。

 本能的に腐れ外道を恐れた馬は山を駆けおりた。

 その馬を捕まえようと腐れ外道3人がなりふり構わず走り出した。


 予想通りだ、使いっ走りでは、どれほど働いてももらえる分け前は少ない。

 サラと弟妹、山羊を奪って教会に戻っても、もらえるのは小銀貨程度だろう。

 それが馬1頭捕まえるだけでは大金貨1枚もらえるのだ。


 大銀貨や小金貨でも操れただろうが、確実を期すために大金貨と言った。

 そのお陰で3人ともサラも山羊も放り出してくれた。

 

「おい、本当に大金貨を払うんだろうな?!」


 僕の持つ借用書を確かめようとした奴、1番近くまで来ていた奴が聞きやがった。

 ここでこいつを殺したら、サラに近い2人が戻ってしまう。

 僕が剣を抜くのは、後ろの2人がサラの所に戻れなくなったからだ。


「ほら、この通りだ」


 僕は右手を財布に入れて大金貨を取り出し、高々と掲げた。

 近くにいた使いっ走りが手を伸ばして取ろうとしたが、馬を操って遠ざかった。


「おい、おい、教会の上とは話がついているんだ。

 僕から金貨を奪ったら教会から追い出されて、奪われる側になるが、良いのか?」


「うっ、止めてくれ、俺が悪かった、上には言わないでくれ!」


「僕は商家の跡取りで、教皇や枢機卿とも面識がある。

 この辺りの大司祭程度なら簡単に話が通る。

 お前たちが教皇を馬鹿にしていたと報告しても良いのだぞ?」


「申し訳ありません、申し訳ございません、許してください、この通りです」


「俺は関係ありません、無礼を働いたのはそいつです」


「そうです、俺たちは関係ありません、そいつだけ報告してください」


「2人が馬を捕まえたら大金貨1枚渡します。

 お前が馬を捕まえたら教皇への報告は止めてあげます、さっさと捕まえなさい!」


 僕がそう言うと、後ろの方にいた2人が驚くほどの勢いだ斜面を駆け下りた。

 それに気がついた前の奴も、負けまいと必死で駆け下りる。


 前の奴が僕よりも下になった。

 後ろの2人が更に足を速めて、何としてでも大金貨を手に入れようとする。


 後ろの2人、全く同じ速さではなく、多少は早い遅いが有る。

 馬を操って、遅い方が僕の直ぐ横を通るようにする。

 早い方が通り、遅い方が通る時に抜き打ちに首を刎ね飛ばす。


 自分に何が起こったのか分からないのだろう、不思議そうな表情をした首が放物線を描きながら飛んでいく。


 残され身体は、首の切り口から噴水のような血が噴き出している。

 心臓の拍動に合わせてピューピューと噴き出す。

 直ぐに倒れずに斜面を駆け下りす姿が滑稽だ。


 両脚と左手で馬を操って振り返らせる。

 先を走っている2人は、後ろの奴が殺されたのに気がついていない。

 

 馬が斜面で転倒して死ぬのを覚悟して拍車をいれる。

 分速1150mの襲歩で駆け降り、使いっ走り2人を追う。


 迫る気配に振り向こうとした、2人目の使いっ走りの首を刎ね飛ばす!

 飛ぶ首も走る続ける身体も気にせず、先を走る最後の使いっ走りを追う。


 さすがに異様な雰囲気を感じたのだろう、振り向きやがった。

 だがもう遅い、逃げる事も避ける事もできないと確信して振るった剣が、物の見事に空ぶった!


 使いっ走りの馬鹿が、事もあろうに派手に転びやがった!

 見事に斜面を滑り下りてやがる!

 肌の出ている所は擦過傷でズルズルだろう。

 

 もう無理に追わなくても大丈夫と確信したので、馬を駈歩、速歩、常歩にする。

 使いっ走りが斜面で止まったとしても、直ぐには動けない。

 打ち所が悪かったら骨折しているだろうし、どれほど運が良くても打撲している。


 思っていた通り、斜面に突き出している岩にぶつかって止まった。

 2度目の激突でもかなりのダメージを受けている。

 最悪死んでいるかもしれないが、腐れ外道は確実に殺す。


 僕がここで見逃したら、後に誰かが苦しめられるかもしれない。

 腐れ外道を見逃したら、僕は心優しい人と称えられる自己満足を得られるだろうが、誰からこいつに踏みつけにされ地獄の苦しみを味わう事になる。


 今ここで確実に殺して、後に生まれるであろう不幸を防ぐ。

 斜面に倒れた人間に止めを刺すには、馬から下りるか無理な姿勢にならないといけないから、どうしてもスキができる。


 馬上槍があればよかったのだが、ないからしかたがない。

 右手に持った剣はいつでも縦横無尽に振れるようにしておく。


 その上で、両脚と左手で馬を操り倒れている使いっ走りの前に行く。

 馬の右前脚を使いっ走りの頭に乗せて、体重を掛けさせる。

 何とも言えない嫌な感触が馬から伝わって来るが、飲み込むしかない。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る