第20話:親子喧嘩

 サラ一家がフロスティア帝国に移住する事は決まったが、問題は何時何処に移住するかだった。


 300頭の家畜を連れて移住するから、物凄く目立つし、家畜が毎日食べる餌をどう確保するかが大問題だ。


 それに、サラの家族だけでこの国を出てフロスティア帝国に行くのは危険だった。

 サラたちは、僕を殺した事になっているイスタリア帝国の人間だ。

 フロスティア帝国の人間からどのような目にあわされるか分からない。


 イスタリア帝国よりは良い人間が多いと思うが、悪い人間も結構いる。

 そうでなければ、あれほどの処罰報告は上がってこない。


 僕が正体を明かして同行すれば問題ないが、そうなるとフロスティア帝国に外征を思いとどまらせる理由がなくなってしまう。


 僕を旗頭に全軍を率いて遠征しようと言う話になってしまう。

 単純に領地を奪いさえすれば豊かになれると思っている、愚かな貴族や騎士たちを抑えるのが難しい。


「今回買った家畜ですが、場合によったら売ってしまいましょう」


 僕はフロスティア帝国とイスタリア帝国の事情をサラたちにくわしく話した。

 その上で、国境線を越えるのが危険な事も話した。


 特にイスタリア帝国から直接フロスティア帝国に入る危険を説明した。

 だから1度他国に行ってからフロスティア帝国に入る方法を提案した。

 どうしても長距離を移動する事になるから、家畜を手放す事も提案した。


「だったら錬金術師の伝手を利用しよう」


 お爺さんの話では、錬金術師のつながりはとても強固らしい。

 彼らの繋がりを利用できれば、クロリング王国領ルヒテンシュタイン地方を通って、フロスティア帝国に入れると言う。


 クロリング王国は、2大帝国には劣るが、なかなかの強国だ。

 イスタリア帝国な腐敗が進めば、侵攻を考えるくらいの力はある。

 もしかしたら、今も、虎視眈々と2大帝国の争いを狙っているかもしれない。


 2大帝国の1つが圧勝すれば別だが、互いに国力をすり減らした状態の辛勝や引き分けに終わったら、より弱っている方に侵攻する可能性がある。


 そんなクロリング王国に、僕とサラ一家が簡単に入国できるとは思えない。

 何より僕の正体がバレて捕らえられるような事になれば、父上やフロスティア帝国に大きな迷惑をかける事になる。


「分かりました、でも頭から信用する事はできません。

 僕なりにくわしく調べさせてもらってから、同行させていただくか決めます。

 お爺さんたちは、準備ができたら直ぐに移住してください」


 調べると言ったのは嘘だ、イスタリア帝国内に僕が使える人間などいない。

 同行できない理由を話せないから、言い訳を考える時間稼ぎだ。

 サラの事は心配でたまらないが、国は巻き込めない、絶対にだ!


「そうだな、錬金術師は胡散臭いと思われているからな。

 途中で裏切られると疑うのも仕方がない」


「お父さん、それは僕も同じですよ、大切な子供たちの命を、幾らお父さんの友達でも、錬金術師には預けられません、絶対に反対です!」


 お爺さんの言葉にサラの父親が食って掛かる。

『全ての元凶であるお前が言うな』と怒鳴り付けたくなったが、グッと我慢した。


 愚かに生まれたのは運命で、本人の責任ではない。

 どれほど努力しても、どうしようもない生まれ持っての限界は、誰にでもある。


 だが、それでも、どうしても言っておかないといけない事はある。

 このままここに残る事だけは、絶対にできないのだ。

 僕が殺した6人は教会に戻らないから、必ず次を送り込んでくる。


 その連中を、自分たちだけで撃退できるとでも思っているのか?

 思っていないのなら、無闇に反対するのは無責任だ!

 反対するのなら、何か他の方法を提案しなければいけない。


 錬金術師を頼らない逃げ方を思いついているのか?

 表情から見てまず間違いなく何も思いついておらず、文句だけを言っているのだ。


「何を勝手な事を言っているの、そんな事を言うならお父さんだけ残れば良いわ。

 私はお爺さんと一緒に行く、ノアたちも連れて行くからね!」


 あれほど両親を大切にしていたサラが父親に食って掛かっている。

 父親が罪の意識を持たないようにかばい続けていたのに、サラが豹変した。


 恐らく、僕が言った事が胸に響いたのだろう。

 自己満足で罪を犯した者を庇ったら他人が地獄を落ちると言う言葉が堪えたのだ。

 

 サラは、自分が教会の人間に攫われて地獄に落ちるのは覚悟していたのだろう。

 そうなっても両親を恨まないだけの強さもあるのだろう。

 だが、自分だけでなく幼い弟妹まで攫われる所だったのだ。


 このまま両親を甘やかしたら、また幼い弟妹が攫われるのは確実だ。

 それなのに、自分では何の解決策も出せないのに、能力のある祖父に嫉妬しているのか、家族が助かる方法を否定する父親を切る捨てる覚悟をしたのだ。


 サラは自分を犠牲にしてでも両親を大切にする優しさと強さがあるだけじゃない。

 自分よりも弱い弟妹を助けるためなら、それだけ大切にしてきた両親や道徳を捨てる覚悟と強さまで持っている。


「これで話しは決まったな、大切な子供を守れない者に親の資格はない。

 子供の為ならどのような苦労も、死も覚悟していたが、愚かな子供よりも孫の方が遥かに可愛いと思い知った。

 お前は好きにすればいい、自分の愚かさは自分で責任を取れ!

 サラたちは儂と婆さんで守る、何所でも好きな所で野垂れ死ね!」


「サラ、サラ、すまない、お父さんが悪かった、だから見捨てないでくれ!」


 情けない、こいつ、清廉潔白で正義を貫いていたのではないな。

 偉い父親に反発して、考えるのも努力するのも嫌で、唯一神の教えを信じるふりをしていただけだろう。


 そうでなければ、この時代の突出した知識人である、錬金術師を親友に持つお爺さんの子供が、字も知らないなんておかしすぎる。


 天与儀式の書類だって、お爺さんやお婆さんに見せればよかったのに、字も読めないくせに、自分と嫁さんだけで勝手にサインしやがったのだ!


 ここは変に争わせないように僕が強制的に決めてしまった方が良い。

 それがこれ以上サラを苦しめない方法だ。


「話が決まったら直ぐにここを逃げる準備をした方が良い。

 また村の連中がサラたちを売るかもしれない。

 僕が逃走資金を出す以上、僕が全てを決めます。

 サラ姉弟とお爺さんお婆さんに先に逃げてもらい、ご両親は僕と一緒に逃げてもらいます、良いですね!」

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