第11話:親書

 錬金術師は手元にあるお金、大金貨248枚を全部使って、水晶とアルミニウムを買い取ってくれた。


 腐れ外道の聖職者に小銅貨1枚渡す気はないが、手元にお金がないと、何かあった時に困る。


 ただ、錬金術師が無一文だと、僕の手紙をフロスティア帝国にいる父上、皇帝陛下や家族に送れない。


 何より急ぐのが、僕が割譲された山岳都市バルドネッキアを守ってくれている、護衛騎士隊への連絡だ。


 味方、僕の家族になると思っていたイスタリア帝室の奇襲を受けてしまったら、ろくな抵抗もできずに皆殺しにされてしまう。


 だが、全ては手遅れだった、バルドネッキアを守ってくれていた者たちも、僕を助けにロアマに向かってくれた者たちも、皆殺しにされた後だった。


 僕が寝込んでいる間に『フロスティア帝国のフィリップ第3皇子殿下は、唯一神の教えを守らず、護衛騎士隊長と男色の罪に落ちたので教会から追放した』と教皇が発表していた。


 教皇は更に唯一神の啓示を受けたと言い、イスタリア帝国のジョルジョ皇帝に僕とヴァレリア婚約破棄を勧め、受け入れられていた。


 その上で、僕が婚約破棄に応じないばかりか、逆上してジョルジョ皇帝に斬り付けたので、しかたなく返り討ちにした事にしていた。


 僕に付き従っていた護衛騎士たちは、更に素直に国外追放に応じなかったので、しかたなく皆殺しにしたと公表していた。


 それを捏造だと怒ったフロスティア帝国のチャールズ皇帝陛下、僕の父上が、唯一神を騙る堕落した教皇とイスタリア帝国を滅ぼす正義の復讐戦を行うと宣言された。


 僕が盗賊に襲われて以降の事を知らないと言うと、錬金術師は時間経過に従って詳しく教えてくれたが、途中何度も怒りに我を忘れそうになった。


「今の話を、イスタリア帝国の人たちは信じているのですか?」


「はん、少しでも知恵のある奴は誰1人信じちゃいない。

 田舎に住む信心深い連中は別だが、少なくともロアマに住んでいる奴は、教会の腐敗と聖職者の堕落を目の当たりにしているから、大嘘だと分かっている」


「大嘘だと分かっている事のために、命懸けで戦う騎士や兵士がいるのですか?」


「ユウジ殿はフロスティア帝国の商人だったな?」


「はい」


「フロスティア帝国は幸せな国なのだろう。

 イスタリア帝国の奴隷兵は、戦えと言われれば戦うしかないし、死ねと言われれば死ぬしかないのだ」


「そんな立場なら、スキがあれば直ぐに逃げ出すのではありませんか?」


「奴隷の中には家族がいる者もいる。

 家族が殺されるのが分かっていて、逃げられる奴は少ない。

 逃げられる奴がいたとしても、変な動きをしたら後ろから矢を射かけられる。

 負け戦で混乱していないかぎり、逃げるスキはない」


「だとすると、上手く奇襲できれば簡単に崩壊しますね」


「どうだろうな、この国はイスタリア帝国が建国される前から奴隷兵を使っている。

 何か崩壊を防ぐ方法を編み出しているかもしれない。

 それに、ユウジ殿は簡単に言うが、奇襲を成功させるのは難しいぞ。

 イスタリア帝国には歴戦の傭兵団が数多くある。

 情け容赦のない実力主義で、戦場で略奪する為なら何でもやる連中だ。

 自分たちが奇襲に巻き込まれないように、将軍を操るくらいお手の物だろう」


「フロスティア帝国の傭兵団や貴族の私兵団に関しては、略奪が全く無いとは言いませんが、やった者には厳しい処分が下されます。

 唯一神に恥ずかしい真似をしないのが基本なのですが、教会が腐敗し聖職者が堕落しているイスタリア帝国では違うのですね。

いったいいつからこのような状態になったのですか?」


「いつからとは明確に言えないが、聖職者の悪行が明らかになっても処罰されないようになったのは、先代の教皇辺りからだな。

 その頃からイスタリア帝室も貴族も、同じように目に見えて堕落していった」


「そんな王侯貴族と打倒しようとする者はいないのですか?」


「残念ながらそんな気概のある奴はいない。

 まあ、儂にもそんな気概はないから、他人をどうこうは言えん。

 みな自分が面白可笑しく幸せに暮らせればそれで良いのだ」


 前世で学んだ歴史を考えれば、イスタリア帝国は滅亡期に入っているのだろう。

 外から少し力を加えたら、簡単に崩壊するかもしれない。

 だが、外国の介入に一致団結する可能性も皆無ではない。


 フロスティア帝国から見て1番良いのは、無いもしない事だ。

 他国の滅亡に巻き込まれて国内を混乱させたりしたら何にもならない。

 どうしても介入したのなら、わずかな資金を使って反乱を煽るのが良い。


 国を傾ける事になるかもしれない大金を使って、他国に遠征するなど愚かだ。

 僕の事で父上、皇帝陛下に失政をさせる訳にはいかない。


 何としても遠征軍を中止させなければいけないが、もう既に聖戦を宣言してしまっているから、よほどの理由がないと、中止しても父上の名誉を汚してしまう。

 だからこそ、急いで父上に連絡を取らなければいけない。

 

「父上、私は教皇とヴァレリアの下劣な罠を掻い潜って無事です。

 どうか安心されて、理想とされる国家運営に邁進されてください。

 教皇とヴァレリアへの報復は、当事者である私がやらなければ名誉を失ったままになりますので、父上にお気持ちは有り難い事ですが、助太刀はご遠慮ください」


 このようの書いた手紙、親書を10枚書いて錬金術師に託した。

 10日経っても父皇帝陛下が遠征中止を宣言されなかったら、しかたがない、1度フロスティア帝国に戻って直談判しよう。

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