第5話:プロローグ・逃亡

「追え、絶対に逃がすな、殺してもかまわん、何としても逃がすな!」


 フィリップ第3皇子は盗賊王のスキルを使って軟禁部屋から逃げ出した。

 武断の皇帝に育てられたフィリップは、並の騎士以上に鍛えられていた。

 精神力も強く、天与スキルを使える力が大きく、回数も多く使えた。


 だが、そんなフィリップ第3皇子でも、窓枠に嵌められた鉄格子を強引に盗むのは、心身に大きな負担をかけた。


 3階からカーテンで作ったロープを使って1階に下りると、もう自分の足では立てないくらい疲労困憊だった。


 護衛騎士隊長に支えられて、逃げるための足、馬を探した。

 何とか厩を見つけたが、とうぜん厩には馬の世話係がいる。

 大袈裟に騒がれてしまい、偽の聖堂騎士たちに追われる事になった。


 疲労困憊のフィリップ第3皇子は、馬の背に乗っているのが精一杯だった。

 だが、騎士スキルを持つ護衛騎士隊長は、馬上でこそ全力を発揮できる。


 追いすがる偽聖堂騎士を一刀両断しただけでなく、偽聖堂騎士が持っていた馬上槍を奪い、主を失った馬の手綱まで確保した。


 あまりの手際の良さに慌てふためく偽聖堂騎士の中に突っ込み、手当たり次第斬りつけて、次々と落馬させていく。


 一刀で絶命させられる敵は、躊躇なく確実に殺していった。

 そうでない場合は、フィリップ第3皇子を逃がす事を最優先に、手綱を斬って落馬させたり馬の脚を斬ったりして、敵の機動力を奪うようにした。


 更に余裕があれば、敵の手綱を取って馬上から叩き落した。

 これで予備の馬を数多く確保して、馬を替えながら逃げられるようになった。


 フィリップ第3皇子と護衛騎士隊長は三日三晩逃げ続けた。

 夜露で喉の渇きを癒し、雑草を口にして飢えをしのいだ。

 常に馬上に留まり、断続的な一瞬の眠りで睡魔に抗い続けた。


「近づくな、遠巻きにして矢を射れ、安全な場所から射殺せ!」


 だが、敵の追跡は執拗を極めた。

 何が何でも逃がさないと言う執念が感じられた。

 そして、絶対に行かせない方向を決めて、山岳部に追い込んでいった。


 偽聖堂騎士たちは、殺せなくても捕らえなくてもいいから、フロスティア帝国領には逃がさないようにしていた。


 イスタリア帝国の首都ロアマ方面、護衛騎士隊がフィリップ第3皇子を追いかけた方向にも行かせないようにしていた。


 フィリップ第3皇子は、徐々にパラディーゾ魔山に追い込まれて行った。

 そしてついに十重二十重と包囲されてしまったが、その頃教会の大神殿では……


「教皇、あんな出来損ないを殺すのにいつまでかかっているの!」


 臨月の大きな腹をしたヴァレリア第1皇孫女が、怒りで鬼のような形相になった顔を教皇に向けていた。


「そうは申されましても、フィリップは王級のスキルを授かっているのです。

 私程度の力では、とても歯が立ちません」


「何馬鹿な事を言っているの!

 スキルなど大して役に立たないわ、数の力こそ全てでしょう!

 もっと人数を集めて確実に殺しなさい!」


「ですがこれ以上人を集めると、イスタリア帝室に知られてしまいます」


「それがどうしたの、私がこのような姿になり、フィリップに兵を向けた時点で、イスタリア帝室にはフロスティア帝国と戦う以外の道はないの。

 形振り構わずフィリップを殺してしまうのよ!」


「はい!」


 ヴァレリア第1皇孫女に命じられた教皇は、逃げるように部屋から出て行った。

 とてもヴァレリア第1皇孫女を妊娠させたとは思えない弱々しい姿だった。

 それだけで、ヴァレリア第1皇孫女の妊娠が教皇の意志ではなかったと分かる。


 教会が救いようのないほど堕落していて、聖職者が私利私欲を優先する下劣極まりない存在なのは、大神殿のある首都ロアマでは常識だった。

 そんな教会や聖職者が説く唯一神への信仰も、首都ロアマでは失われていた。


 だが、ロアマから遠く離れた国や都市では、教会や聖職者の堕落が知られておらず、唯一神への信仰と教会の権威が残っていた。


 この差が、フロスティア帝国の方針を誤らせ、フィリップ第3皇子を死地に追い込み、護衛騎士隊長が天に召される事につながった。


「おのれ、卑怯者、唯一神が天罰を下されるぞ」


 護衛騎士隊長は、フィリップ第3皇子をかばって全身に矢を受けていた。

 そんな状態になっても、唯一神への信仰と忠誠を失っていなかった。


「はぁ、唯一神だと、そんな奴はいないんだよ、いたらこんな事になるかよ。

 これから死ぬ馬鹿に教えてやるよ、ヴァレリアは男なら誰でもいい売女なんだよ。

 教会のミサに行くと言っては、聖職者や奴隷と乱交をする売女なんだぜ。

 腹の子も、教皇の子供と言っているが、俺の子かもしれねぇぜ?

 ギャッハハハハ、フィリップ第3皇子殿下、良い面の皮だな!」


 護衛騎士隊長が防ぎきれなかった毒矢を受けたフィリップ第3皇子殿下は、猛毒によって激しい悪寒と激痛に苦しんでいたが、それでも最後まで唯一神を信じていた。


 だが、偽聖堂騎士の言葉を聞いて、魂が砕けるほどの絶望を味わった。

 信仰と信念と愛情、これまで大切にしてきたモノを全て粉々に叩き壊された。

 その衝撃は、今の人格を破壊されて別人格に生まれ変わるほどの衝撃だった。


「いいかげんにしやがれ、俺様がスキルを与えた愛し子を傷つける事は許さん!」


 護衛騎士隊長が天に召され、フィリップ第3皇子殿下が意識を失った直後、フィリップに盗賊王スキルを授けた神が降臨した。

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