第6話:前世の記憶
「大丈夫?」
声をかけられて、ようやく自分がまだ生きている事が分かった。
フィリップ第3皇子として生きてきた記憶だけでなく、佐藤勇史として生きた記憶まで一気に蘇ってきた。
「ああ、大丈夫、君が助けてくれたの?」
「えっと、看病はしたけれど、助けたのは私ではないの。
行商人さんが貴男を助けてくれただけでなく、私にお金を渡して世話をするようにしてくれたの。
だから感謝するなら私ではなく行商人さんにして」
「いえ、それでも、お世話をしてくださった貴女には感謝しかありません。
それで、僕を助けてくださった行商人さんはどこに居られるのですか?」
「まだ回らなければいけない村が有ると言って出て行かれたわ。
しばらくしたら戻ると言われていたから、ここで養生していれば会えるわ」
「そうですか、だったら気長に待たせていただきますが、私からも貴女にお礼をしたいのですが、私はお金を持っているのでしょうか?」
「ああ、それならその机の上に置いてあるわ。
剣も宝石もお金も、こんなにたくさん見た事がないわ、貴男、どこの若様なの?」
あの聖堂騎士の言葉を聞いたから、イスタリア帝国人は全員唯一神への信仰を失ってしまい、私利私欲に走っているのかと思ったが、そうでもなかった。
これほどの大金を目の前にして、僕を殺して奪わなかった。
行商人からもらったお金だけ手にして、僕を放り出したりしなかった。
「若様という訳ではありませんが、それなりに大きな商家の跡継ぎです。
修行もかねてあちらこちらを行商しているのです」
フィリップ第3皇子としては13年しか生きていないが、佐藤勇史としては90年も生きてきた、とっさに嘘をつくくらい流れるように出来る。
「へえ、そうなんだ、私と同じくらい歳なのに、もう商売しているだ」
「同じくらいと言われましたが、お幾つなのですか?」
「私、私は13歳になったばかりなの。
もう直ぐ天与スキルを頂くのだけれど、この辺は田舎過ぎて教会がないの」
絹糸のように細く艶やかな金髪と、どこまでも高い空のような青い瞳。
血管が透けて見るほど透明な白さの素肌。
こんな美しい女の子を、あんな教会に行かせたら、どんな酷い事をされるか分かったもんじゃない!
「申し訳ないですが、教会に行くのは少し待っていただきたい」
「え、どうして、貴男のお世話なら、お父さんとお母さんがやってくれるよ」
「助けてもらったお礼に、特別な教会に連れて行ってあげたいのです。
君も教会や聖職者の中に変な人がいるという噂は聞いているでしょう?」
教皇があれだけ堕落しているんだ、下の連中はもっと酷い状態だろう。
国にいた頃、多少は悪い噂を耳にしていたが、全部聖職者を妬んだ連中が流した根も葉もない噂だと思っていたが、あの噂が足元にも及ばないくらい穢れていた。
我が国に悪い噂が流れていたくらいだから、田舎とは言っても同じ国だから、もっと正確に悪い噂が伝わっているはずだ。
「え、そうなの、そんな話し初めて聞いたよ。
う~ん、でも、ちょっと信じられないなぁ」
「教会や聖職者を信じたい気持ちは分かるけれど、何かをする前には、必ず評判を聞いておかないと、騙されて痛い目にあうよ。
行商をしている僕が言うのだから間違いないよ」
「うっふふふふふ、行商人ができるだけ高く売ろうとするのは当たり前じゃない。
そんな行商人と聖職者を比べちゃ駄目よ」
よく笑うし、表情がコロコロ変わるし、凄く明るくて感情が豊かな子だ。
こんな良い子には幸せになってもらいたい。
聖職者を語る腐れ外道に汚させる訳にはいかない。
前世でも聖職者が信者の少年少女を我欲の毒牙にかけていた。
この世界でも聖職者を名乗る欲望剥き出しの下種がいる。
この子が天与儀式を受けに行く教会が穢れている可能性も高い。
「そうだね、行商人と聖職者を比べちゃいけないよね。
それでも、前もって調べる事を勧めるよ。
今直ぐお父さんとお母さんに聞いてみて、何と言ったか僕にも聞かせてよ」
「貴男がそこまで言うのなら、お父さんとお母さんが畑仕事から帰ってきたら聞いてみるけど、今は駄目よ」
「そうか、そうだね、畑仕事の邪魔をしてはいけないね」
「あ、ごめん、忘れてた、お腹空いていない?」
「あ、うん、ありがとう、お腹は空いている」
「麦粥しかないけど、直ぐに作ってくる、待っていて」
そういうと美少女は部屋から出て行った。
出て行かれて初めて名前を聞いていない事に気がついた。
90年も生きてきたのに、とっさの時には名前を聞く事もできない。
麦粥か、あまり好きではないけれど、好意は感謝して受けないといけない。
何日寝ていたか聞き忘れたけれど、長く寝込んでいたなら胃腸も弱っている。
白粥と梅干が食べたいところだが、贅沢は言っていられない。
白粥と梅干か……前世を思い出したのだから、材料さえあれば作れる。
しかも両方ともとても簡単に作れる。
なんて考えている場合じゃない!
教皇とヴァレリアは僕を探しているに違いない。
急いで起きて自分がどの程度戦えるか確かめたいが、急に起きて立ち眩みを起こし、頭を打って死んだら笑いモノ以外の何者でもない。
起立性低血圧を起こさないようにゆっくりと立って、手から順番に動かす。
壁に手をついて片足をあげて、ふらつかないか確かめる。
壁から手を離して、補助なしに自力で片足立ちできるか確かめる。
このまま、どの程度戦えるか確かめたいが、空腹の状態で低血糖症状が出たら、それこそ倒れて頭を打ってしまう。
全ては麦粥を食べてからだ、腹が減っては戦ができぬ!
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