第3話:プロローグ・下劣な裏切り

 フロスティア帝国のチャールズ皇帝は、帝室と帝国の面目を守りつつ、戦争を回避するための賠償を引き出そうとしていた。


 カミラ皇妃も、開戦になったら自分と3人の子供が殺される事を悟り、実家のイスタリア帝室に必死で働きかけていた。


 イスタリア帝国も何の準備もしていない状態での開戦は望んでいなかった。

 ヴァレリア第1皇孫を女帝にするかどうかは別にして、フィリップ第3皇子をヴァレリアの婿にするのは、カミラ皇妃が嫁ぐ際の条件でもあった。


 唯一神に誓った国家間の約束を破る事は、唯一神に誓った婚約を一方的に破棄する不名誉だけに止まらず、唯一神の加護を失いかねない大罪、禁忌だった。


 少なくともフィリップ第3皇子が納得しない限り、敬虔な唯一神信者たちからは見放される悪行だった。


 チャールズ皇帝は、開戦も視野に入れて王家騎士団と王国軍、貴族軍にも動員をかけた上で交渉をした。

 戦力的にも世論的にも不利を判断したイスタリア帝室は、正式な謝罪をした


 その上で、フィリップ第3皇子とヴァレリア第1皇孫との婚約を再確認した。

 賠償としては、イスタリア帝国南西部の山岳都市バルドネッキアをフィリップ第3皇子に割譲する事になった。


 イスタリア帝室は、フィリップ第3皇子とヴァレリア第1皇孫の新婚生活を、バルドネッキアで始める事を提案してきた。


 イスタリア帝室に頭を下げさせ、領地の割譲までさせた事は、チャールズ皇帝の名声を高める事になった。


 このまま威圧を強めてヴァレリア第1皇孫が女帝になれば、イスタリア帝室の血統がフロスティア帝室の男系になり、実質的な王朝交代になる。


 開戦を唱えていたフロスティア帝国の反イスタリア帝室派の留飲を下げ、時間をかけてイスタリア帝室を乗っ取る考えに変わった。


「皇帝陛下、行って参ります」


「常に命を狙われているのを忘れず、絶対に油断するな。

 ヴァレリアが寝首を掻こうとしている事を忘れてはならぬ!」


「陛下、私は唯一神との誓いを守っておりますから、大丈夫でございます」


「唯一神に頼り過ぎてはならぬ、努力しない者に加護は与えられぬ」


 フィリップ第3皇子は、父であるチャールズ皇帝がつけてくれた護衛騎士隊2000騎と共に山岳都市バルドネッキアに向かった。


 1度バルドネッキアを接収した後で、教皇の住む大神殿でヴァレリア第1皇孫と結婚式を挙げ、バルドネッキアに戻る事になっていた。


 フィリップ第3皇子と護衛騎士隊は約束通り山岳都市バルドネッキアを接収した。

 1000騎がバルドネッキアに残り、残る1000騎に護られたフィリップ第3皇子は、教皇の住む大神殿に向かった。


 途中でイスタリア帝国でも有数の大都市トリノで休息を取る予定だったが、思いがけずそこに教皇とヴァレリア第1皇孫が待っていた。


「これは教皇猊下、トリノに何か御用でもあったのですか?」


「フィリップ殿下を迎えに来たのに決まっているではありませんか。

 ヴァレリア殿下が城で待っておられます。

 護衛の騎士たちにはここで待って頂いて、私について来て下さい」


「お待ち頂きたい、先の争いが有った状態で、フィリップ殿下をお独りにはできません、私たちもついて行かせていただきます」


「お黙りなさい、フロスティア帝国の騎士は、唯一神の第1使徒である私を信じられないのですか!」


「それとこれは別です、いえ、唯一神に忠誠を誓っているからこそついていきます!

 私は唯一神にフィリップ殿下の側を離れないと誓っているのです!」


「仕方ありませんね、だったら唯一神にフィリップ殿下の側を離れないと誓った者だけついて来て下さい。

 唯一神に嘘をつく事は許されませんよ。

 フィリップ殿下の護衛は、教会の聖堂騎士が引き継ぎますから安心してください」


 教皇にそう言われて嘘をつける者はなどいない。

 仕方なく護衛の騎士たちは城の外で待つ事になった。


 フィリップ第3皇子を護るように移動した聖堂騎士以外に、護衛騎士隊を遠巻きに見張る聖堂騎士がいた。


 いや、彼らは聖堂騎士の装備をつけただけの、ヴァレリア第1皇孫の私兵5000だった。


「フィリップ殿下、ヴァレリア殿下はこの部屋の奥でお待ちです。

 騎士隊長、恋人の逢瀬を邪魔するのは無粋ですよ」


「無粋で結構、武人に粋な計らいなど無用です」


「では好きにされるが良い」


 部屋の前まで案内した教皇は、フィリップ第3皇子と護衛の騎士隊長にそう言うと急いで戻っていた。


 フィリップ第3皇子は不審に思ったが、唯一神の1の使徒を疑ってはいけないと、湧き起こった不信感を押し殺した。

 

「ヴァレリア、わざわざ迎えに来てくれてありがとう」


 そう言って扉を開けて入ったフィリップ第3皇子だったが、そこには誰もおらず、外につながる窓全てに鉄格子が入れられていた。


 フィリップ第3皇子の背後を護っていた騎士隊長が、慌てて入って来た扉を開けようとしたが、ビクともしなかった。


 半ば覚悟していた事だから、フィリップ第3皇子は無様な悪足搔きをしなかった。

 唯一神を信じて救いが来るのを待つことにした。

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