兎の少女

第一話

 雪を最後に見たのはいつだろうか。


 幼稚園の時、いや、それよりも前だろう。薄らと積もった雪を見て姉とははしゃぎ、それを見て微笑む父と母。

 まだ、家族が家族でいられた僅かな思い出。その1ページを飾る雪景色。


 もう戻らない。戻れない。雪は消えてしまった。


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「―んが。」


 俺は壁に頭をぶつけ目を覚ます。時計は6時半前を指しており、自分が起きる時間より、三十分以上早く起きてしまった事を残念に思いつつ体を起こす。目覚まし時計やそれに該当するものがないこの家では、6時以降の二度寝は厳禁である。


「あ~、だりぃ。そろそろ買うか?いや、携帯を買い替えて...いや、そんな金ないや...学費、家賃と夕食で限界に近いのに。」


 起こしにくる家族はもういない。


 朝食も何年もとっていない。


 一緒に食べる相手もいなければ、金もない。


 俺、卯月うづき秋兎あきとは齢16にして天涯孤独である。


 まあ、もう一つ朝食を取らない理由が...


「がっ―」


 俺は腹にきた衝撃の後、地面とにらめっこしている。 

 

「まだ、学校に来てるのかよ。貧乏人。」


 俺をあざ笑う馬鹿共。自尊心か防衛本能か知らないが、他人を馬鹿にすることでしか自身の立ち位置を確立できない奴ら。そして、自身がその対象でないことに安心するクラスメイト達。馬鹿共の親が面倒だから関わることをしない教師の奴ら。


「...。」


 言い返すことはしない。

 そろそろ、誰かが目撃して警察にでも通報してくれないかな。まあ、誰もすることはないだろう。日本人は権力に弱い。厳密に言えば肩書きだろうな。

 議員だか弁護士か医者の息子だかなんだか知らないが所詮は息子である。本人は議員とかではないはずだ。議員や弁護士、医者だか知らないが職業の一つであることに変わりはない。金が他よりも多くもらえるかどうかの違いだ。

 

 俺は殴られたお腹をおさえ席に着く。


 休憩時間になると、馬鹿共の機嫌が悪いと殴られる。


 痛みに耐えながら授業を受ける。


 これの繰り返しである。


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「そろそろ、保健室登校にしたらどうだ?」


 放課後、俺は保健室に来ていた。


 帰り際に顔を殴られたのだ。俺の方がテストの点数がよかったからだそうだ。理不尽なのも程々にしろよと思う。

 流石に痛かったので保健室で治療をしてもらうために来ていた。


 保健室の先生はまともである。職務中に酒を飲むこととスマホゲームをする事を除けば。


 確か、先生の名前は御井みい...なんだったけ?まあ、いいや。


 この日本には珍しい白銀色の長い髪。そして、紫色の瞳。見た目だけであれば、女性よりも少女の方が近いかもしれない。


 黙っていれば、美人である。

 せめて職務中に酒を飲まなければ、美人と言ってあげたい...。


「まあ、オレが阿呆共を締めてもいいんだが...。」


「別にいいですよ。」


「あ?」


 先生怖いです。

 目つきで人を殺せます。


「どうせ、変わりませんよ。人は。」


「...。まあ、いい。しかし、保健室登校または転校は考えておいた方がいいぞ。転校ならオレの知り合いを紹介してやる。保健室登校なら勉強はオレが教えてやる。」


 絶対に無理でしょ...

 先生、学生時代成績最悪って言ってたじゃん。


「このままだと、壊れるぞ。お前自身がな...。」


「考えておきます。」


 それから俺は帰路につく。

 今日はバイトがないため家に直行である。晩飯は何にしようか...


「ん?」


 俺は道の中央に一人の少女が倒れていることに気づく。


「大丈夫ですか?」


 俺がそう尋ねると、少女は


「道に迷った...。」


「は?」


「そして、見つけた。」


 俺はこの日、一人の少女と一振りの刀を拾う。


 


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