第127話 情報の対価とヴィルマの救出


「サラ、落ち着くのだ。」


「でも、ヨスとは、この間まで一緒に孤児院で暮らしていて…、冒険者じゃなくて、職人になるって言ってた。それなのにどうして。」


サラは、混乱しているようだ。でも、どうしようもない。


「サラ、ビックリしたよね。でも落ち着いて、もしかしたら見つけられるかもしれないし、僕たちは、探し続けるよ。そうだろう。サラもあきらめたわけじゃないんだろう。」


「はい…。サラは、諦めませんわ。ヨスを見つけます。助け出しますわ。」


 サラが少し落ち着いたのを確かめてロジャーがマルヨレインに話しかけた。


「まず、対価を支払う。全ての依頼を達成してくれたのだ。大福だけでは足りるな。今回のシュークリームの錬金術式も一緒に渡す。それから甘実を購入できる場所の情報だが、エクレアの錬金術式で良いかのう。」


「そのエクレアというのは、どのような甘味なのだ?味見はできぬのか?」


「準備しておるぞ。凛、味見用のエクレアを出してくれぬか。」


「うん。はい。これです。味見をお願いします。」


「うむ。こ、この上にかかった少し苦くて甘い香りの物は何なのだ。それにシュークリームに似ている生地だが、サクサクとして軽いのに存在感がある。」


「その焦げ茶色の甘くてほろ苦い物はチョコといいます。その術式は、また別ですが、準備できますので、これからもよろしくお願いいたします。」


「お主、儂から全て搾り取ろうとしているであろう。よい。今回渡してくれるエクレアの錬金術式には、チョコはついておらぬのだな。」


「はい。ついていません。でも、その味は、想像できますでしょう。」


「うむ。酒精の強いクリームの部分とミルクプラントのクリームそのバランスがたまらぬ。これは、欲しい。この術式も是非譲って欲しいぞ。」


「それで、甘実が手に入れられるところであるな。調剤ギルドであろうな。しかし、甘実そのものは購入できぬと思うぞ。甘実の魔力毒は危険だということで、許可をもらったものにしか販売できぬことになっているはずだ。」


「その許可はどのようにしたら頂けるのでしょか。」


「調香師といったかのう。香水を作る物はその許可を貰えると聞いたことがある。」


「では、香水を販売している所に行けば、その甘い香りの元を手に入れられるかもしれないですね。」


「まあ、そうであろうな。しかし、香水を調合してもらうのは、かなり身分の高い貴族だけだぞ。であるから、調香師の数は少なく、貴族付きの商人お抱えの者しかおらぬ。」


「マルヨレインさんは、その資格は持っていないのですか?」


「我か?持っておるぞ。それに、甘実も店に購入しておるぞ。少し完熟させてその後魔力を抜くのでな。まだ、香水に加工しておらぬがな。我の香水は、知る人ぞ知る逸品なのだぞ。」


「実は、甘実が、酒精を使わない甘味にできるかもしれないのです。是非、分けてもらえないでしょうか。」


「勿論、その甘味は、我にも味見させてもらえるのだろうな。」


「それは、お約束します。そして、もしも、製氷のスクロールをお持ちならそれも分けて頂けないでしょうか。勿論代金は支払います。」


「お主にスクロールを渡すということは、術式を渡すことと同じなのではないか?」


「えっ?どうしてでしょう。」


「何となくだが、そう思えてな。そうでもなければ、このようにたくさんの術式を持っておるはずはないからな。」


「…。では、販売して頂けないのですか?」


「否、定価で販売してやる。その代わり、それで作ることができるようになる甘味も待っておる。良いな。これからも、見つけた甘味の術式は我の所に持参するのであるぞ。対価は支払うのでな。」


「承知いたしました。」


僕たちにとっては、ウインウインの関係だ。


僕たちは、マルヨレインさんに魔力を抜いた甘実を売ってもらった。毒性がなくなっているから持っていても罪にはならないらしい。


「一度、宿に戻るか。」


「うん。ヴィルマさんの救出が先かな。」


「では、サラと凜でヴォルテルス商会に行ってくれ。古くから商会で貴族位を持っているらしい。それなりの身なりで行くのだぞ。」


「でも、そんな商会がヴィルマを奴隷として購入した理由は何のでしょうか?下働きなのですか?」


「何故か…か。どこかで繋がっているとしても、そのような古い商会までどうして繋がっているのだ。」


「ロジャー様、それで、ヴィルマを何と言って連れ出せばいいのですか?体を壊して働けなくなったということですから、ヴィルケス商会に引き渡されることになるのではないでしょうか?」


「どうなのであろうな。一度奴隷に落とされた者にもその契約が生きているのであろうか。まあ、借金の全てを返済できていなければ、残った借金の分としてヴィルケス商会にその権利が残っておるかもしれぬな。」


「では、どうすればいいのですか?」


「うむ。サラ、お主は、昔ヴィルマに世話になったのだな。」


「はい。ベンテお兄様の次に大きなお姉様でしたから、いろいろ教えて頂きましたわ。言葉遣いも教わっていたこともありましたの。」


「今の言葉遣いか?」


「サラは、魔術の発現が早かったのですわ。ですから、お貴族様から養子の話があるかもしれないって言われて、言葉遣いを教えて頂いたのですわ。」


「それで、その言葉遣いか。では、サラにとっては、姉であり、先生なのだな。そんなヴィルマを引き取りたいと言って商会に話に行って来い。今は、裕福な商家に引き取られて、お世話役を探しているとでも言えばよいであろう。」


「でも、ヴィルマは、病気ですわ。そんなヴィルマをお世話役に引き取るなんて怪しいと思われますわ。」


「では、ヴィルマにこの薬を飲ませてやれ。凜にも飲ませたことがある魔力病薬だ。一時的には完治したように見えるはずだ。サラの引き取り先が薬問屋だとでも言えば良いだろう。」


「では、まず、サラがヴィルマに会いたいと言って尋ねて行けば良いのですわね。」


「そうだな。探していたと言っても良い。話は、それからだ。ヴィルマに会わせてもらって、薬を飲ませることができれば、話を進めることができるはずだ。凜は、サラのお付として同行したことにすればよい。」


それからすぐにヴォルテルス商会に向かった。商会は、貴族街にあり、大きな家だった。上等な服を着て行っていてよかった。そうしないと門前払いを食ったかもしれない。


今日こんにちは。私は、ブルーウォーターダムから来たサラと申します。実は、この商会にヴィルマがいると聞いてやってきました。」


「ヴィルマ?ああ、あの病気の奴隷か…。それで、そのヴィルマにどんな用なんだ?」


「ヴィルマを私のお世話役として雇いたいと思いまして。」


「どうして、奴隷の女などを世話役にしたいんだ?町を探せば、そんな奴沢山いるだろう。」


「私も、ヴィルマと同じ孤児院で育ったからですわ。」


「ええっ?お前も孤児なのか。それなら、なおさら、奴隷のお世話役など必要なかろう。」


「今は、孤児ではありませんわ。大きな薬問屋を営む商会に養子として引き取られているのですわ。」


「そうなのか。悪かった。それで、その大きな薬問屋のお嬢さんがなんで奴隷の女などをお世話役にしたいんだ?いっておくが、ヴィルマは、病気だ。今も臥せっていることが多いが、良くなる気配はねえ。だから、世話され役ならともかく、お世話役なんてできやしねえぞ。」


「そんなこと、分かりませんわ。それに、ここにいるヴィルマが私が探しているヴィルマかどうかも分からないのですわ。ですから、合わせて欲しいと言っているのですわ。」


「分かった分かった。だれも合わせられないなんて言ってないんだ。どうせ、後2日もすればヴィルケス商会が引き取りに来るんだからな。合わせてやるよ。着いて来な。」


僕たちの相手をしてくれていた男の人は、話が分かる人だったらしくて、店の裏の方にあるみすぼらしい物置のような場所に僕たちを連れて行ってくれた。


「この中にいる。お前たちが探している女かどうか確認してくればよい。しかし、かなり弱っているからな。それに移る病気だったとしてもこちとらは、責任取らないからな。覚悟して入るんだぞ。」


僕たちが小屋の中に入ると薄暗い中で女の人が一人でベッドに横になっていた。


「ヴィルマ!サラよ。」


女の人の顔を見るなりサラが抱き着いた言った。


「サラ、どうしてこんなところにいるの?コホっ…。」


「助けに来たの。まず、この薬を飲んで。それから、クリーンのスクロールでさっぱりすると良いですわ。凛、お願い。」


「まず、クリーンのスクロールを使った方が良いかな。少し楽になると思うよ。」


僕は、そう言うとクリーンのスクロールを手渡した。


「これって…。」


「ヴィルマ、それは、身体をきれいにしてくれるスクロールよ。手に持って右手から魔力をスクロールに流し込んでみて、きっと気持ちいいわよ。」


「う、うん。右手から…、魔力を流し込むのね。」


「すがすがしい空気の流れとともにカサカサで汚れていたヴィルマの顔が少しきれいになった。」


「ふぅー。なんか少し気分が良くなった気がする。」


「そうだろう。滞っていた魔力が少し流れたはずだからね。」


「ありがとう。これで、少しの間、働けるようになる。」


「それから、これを飲んでみて。水は、ここにあるから。」


僕がコップと水を出してヴィルマに手渡すと、少し苦しそうな顔で薬を口に含んで水で流し込んだ。見る見る顔色が良くなっていく。


「どうして…。今まで、どんな薬も効かなかったのに…。」


「それは、魔力病の薬だよ。ヴィルマは、後天性の魔力病みたい。で、その理由は分からない。でも、治す方法は、あると思う。それで、僕たちと一緒に来ないかい?」


「そりゃあ、行ける物なら行きたいわ。でも、私、借金奴隷としてここに売られたの。その上病気になったから借金はますます増えて、返済なんてできていないのよ。そんな私が、一緒に行くことはできないの。ごめんね。折角来てくれたのに。」


「それで、ヴィルマの借金っていくらなの?」


「この商会に金貨3枚だったのだけど、薬を買ってもらったりしたから、今いくらになっているのか分からない。それに、この前に借金したことになっているヴィルケス商会には、金貨1枚の借金が残っているはず。利子がどの位ついているのか分からないけど…。」


「合わせても金貨10枚にはなっていないみたいですわ。」


「うん。それじゃあ、奴隷契約書を見せてもらってくる。」


「えっ?サラ…、何を言ってるの?金貨10枚なんて大金誰が出すことができると思ってるの?」


「ヴィルマ!サラに任せるのですわ。少しだけここで待っているのですわ。」


僕たちは、商会の大旦那様の代理という人と話をした。ヴィルケス商会との契約を確認させてもらって、ヴィルマの借金を全額肩代わりするのに必要な金額も確認してもらった。総額で金貨11枚になるということだったけど、その位想定内だ。その額を一括で支払うことで、ヴィルマを連れて行くことができるようになった。


「ヴィルマ、サラと一緒に王都を出るのですわ。」

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