第123話 カラクリの一つ

 僕たちは、大急ぎで朝食を済ませて、リニがダンジョンに向かうための準備を始めた。まず、冒険者ギルドに行って、リニが今日行くつもりの緑の洞窟カヴェルナ・ヴェルデダンジョンで受けることができる依頼を確認しないといけない。過去20回しかドロップしたことがない高級ポーションの為だけにダンジョンにアタックする冒険者は居ない。素材採集の依頼を受けてダンジョンに潜るのが普通だ。


 リニ一人で行くのは心細いと言うので、サラと僕も一緒に行くことにした。ただし、リニが先に冒険者ギルドに行って、少しだけ距離を取って僕たちが到着するようにする。少しだけの距離だと言っても一緒に冒険者ギルドに行っているとは思えないくらいの距離は取っている。


 僕たちが冒険者ギルドについて時、リニが受付のお姉さんと話し始めたところだった。


「ちょうど良い所にいらっしゃいました。昨日遅く、ステイン工房の親方という方から、できるだけ早く工房に来るようにと連絡がありました。問題が生じたから、すぐには工房を辞めさせるわけにはいかなくなったということです。」


「どう言うことだ!借金は全額支払ってきたんだぞ。」


「え?何のことでしょうか。ステイン工房の親方という方は、そう言えばわかるはずだと仰ったのですが…。」


「あっ。済まない。冒険者ギルドは、伝言を頼まれただけなのだな。」


「左様でございます。それで、今日のご用は何でしょうか?」


「いや、今の伝言で用が無くなってしまった。また、後で来る。」


 リニは、僕たちの前を通る前に小さな声で


「一度宿屋に戻る。」


 そう言った。


 僕たちは、リニが冒険者ギルドを出て暫くしてからギルドを出た。少し遠回りをして、宿屋に戻ると、先に戻っていたリニは、部屋で寝転がっていた。僕とサラは、リニの部屋を一度ノックすると宿屋中をサーチした。


 僕たちをうかがっているような気配がないことを確認して部屋に入った。


「一筋縄ではいかないと思っていたんだよね。」


「そうですわ。面会するだけで、手渡したい金を全て差し出すように言うような連中だからね。」


「多分、まだ、金を要求されたんだと思う。親方からの伝言を無視したら親方に迷惑がかかることになるよな。」


「親方がグルじゃなかったら良いんだけどね。」


「違うさ。俺たちはあのまま王都からいなくなることだってできたんだぜ。冒険者ギルドに行くとは限らないしな。」


「確かに、可能性は低いと思うよ。でも、完全に信用することもできないと思うんだけど。」


「親方がヴィルケス商会とグルかどうかは今は関係ないですわ。とにかく、どんな問題なのかを確認して、対応を考えましょう。でも、大切なのは、直ぐに言われた通りに譲歩したり、お金を出したりしないことよ。交渉して相手出方を見定めることが大切だと思いますわ。」


「鉱業ギルドのようにヴィルケス商会と繋がっている者が居ないとも限りらないということか。」


「はい。凛の言う通りですわ。リニ、しっかり探ってくるのですわ。私も一緒に行った方がよろしいですか?」


いや、絶対ないと思うけど、荒事になる可能性も0ではない。俺一人の方が良いだろう。マジックバッグの中にマウンテンバイクを入れていく。いざとなったら時間稼ぎをしないといけないかもしれないからな。そんな時は、打ち合わせた場所に走る。」


「分かった。でも、できるだけそれは避けてくれないかい。そうなると僕たちも王都で活動できなくなる。」


「分かっているさ。親方は信用して大丈夫な人だと思っている。だから、そんなことにはならないはずだ。」


 そう言うと、リニは部屋を出て、一人で工房に向かった。


「凛。リニの後をつけて行きましょうか?」


「うーん。今は止めておこう。もしも、向かうなら、マルヨレインの店で次の情報を聞いた後にしよう。何かわかるかもしれない。」


 サラとの確認を済ませると、宿の部屋を明日まで借りるようにお金を支払って、ロジャーと話すために昨日までの宿に向かった。



「ロジャー!リニの冒険者復帰に何か問題ができたみたいなんだ。ギルドに工房から至急来るようにって連絡が入っていて、今さっき、向かった。」


「うむ。やはり、簡単には、抜けることはできなかったか。」


「また、お金を請求させるのかな。」


「期間などに、制限がかかっておったのかも知れぬな。」


「どう言うこと?」


「うむ。それは、雇われる方を守るためでもあるのだが、見習いとして雇用契約を結ぶ場合、雇側の都合で雇い止めとなるのを防ぐため雇用期間を契約の中に入れるのが一般的なのだ。その契約を盾に金か雇い止めの取り消しを要求されたのではないか?」


「それなら、違約金か何かを支払えば、冒険者に戻ることはできるのかな?」


「う…む。本来なら、雇い止めの違約金は、雇われる本人と雇用主の間に交わされるべきものだからな。まあ、それを保証するためにヴィルケス商会が介入するのはわからぬでもないな。」


「それでしたら、サラと凛が工房に行って、その違約金というのを支払えばよいのですか?」


「そうだな。リニの転職先パーティーの代表として違約金を支払うと言うことか…。まあ、転職先が違約金を支払うと言うのは、全く的外れな対応とは言えぬかも知れぬが…。足元を見られるようなことになるかも知れぬな。」


「工房を止める事ができぬという根拠となっている契約書を見ぬことには、なんとも言えぬな。その契約書が正式な物なのかどうかも含めてな。」


「それじゃあ、リニに契約書を確認するように伝えた方がいいのかな?」


「そぅだな。凛、急いで工房に向かってくれるか?」


「分かった。行ってくる。」



 僕が工房に着くと、リニと親方は、話している最中だった。工房のおかみさんにリニのパーティーの仲間だと伝えて、リニと親方の話に参加されてもらうことにした。


「だからな、借金は、全て精算したんだ。しかし、おめえにこの工房を辞めさせるわけにはいかないと言いやがるのさ。」


「親方が辞めていいって言ってるのに、誰が、そのなことを言うんだ?」


「ここにおめえを紹介した、ヴィルケス商会の担当者だよ。」


「それで、どうして、そんなことを言い出したんだ?」


「だから、さっきから何度も言ってるだろうが。契約書に書いてあるんだとさ。おめえは、ここを一年間は、辞められないんだとさ。」


「だから、そんな契約書に署名した覚えはないって言ってるじゃないか。」


「すまねえ。その契約書に署名したのは、俺なんだ。おぬえは、就労先に関する条件に関しては、ヴィルケス商会に一任していたのだろう。見習いに関しては、就労期間に関する条件が付くのが普通なんでな。」


「一年以内に契約を解除されることは絶対にないの?」


「そりゃあ、大怪我をしたり、病気になったりしたら働けなくなるかな。そんな時は、ヴィルケス商会に申し出て、雇い止めを認めてもらうことになっている。」


「病気や怪我は、雇い止めか…。」


「凛、なんか物騒なことを考えているんじゃないだろうな。」


「それで、その契約に違反したら、どんなペナルティーが課せられるの?」


「違約金だ。工房が、ヴィルケス商会に金貨10枚の違約金を支払わなければならんのだ。」


「なんだ。たった金貨10枚か。それなら、今、渡す事ができるよ。ねえ、リニ、親方に金貨10枚預けておこうよ。これで、解決だよね。」


「俺の手を切り落とすとか言い出すのかと思ったぜ。おお、金貨10枚ならなんとかなる。親方、それで良いだろう。」


「お前ら、一体、そんな大金どこから手に入れたんだ?」


「俺たちは、Dクラスの冒険者だぜ。実力は、Cクラスだと言っただろう。そして、昨日からどのくらい時間があったと思っているんだ。金貨10枚くらい、運が良ければ、なんとかなる金額だ。まあ、運が良ければだけどな。そして、今回は、運か良かったんだ。」


「ほお、本当に運がいいな。金貨10枚、確かに預かった。」


「それから、親方、その契約書、手に入れられない?もしも、手に入れられたら金貨1枚で購入するよ。」


「難しいと思うが…、手に入れられたら持って来てやる。その時は、金貨1枚なんていらねえよ。すまねえことをした。いらぬ出費をさせてしまったな。」


「リニ、良かったね。」


「ああ、本当に。ちょっと、ビビったぜ。凛がどんな時に、その契約が無効になるのかを聞いた時はな。」


「でも、それで、分かった事がある。」


「何が分かったんだ?」


「無理をして、病気や怪我で働けなくなったら、孤児たちは、ヴィルケス商会に戻ることになる。」









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