第118話 エミーリア救出計画

 目が覚めるとドアの方からノックの音とサラの声が聞こえてきた。


「凛、ロジャーさんが朝食を済ませて部屋に来るようにって、仰っていますわよ。」


「えっ?ロジャーは、戻って来てるの…。分かった。直ぐに朝ご飯を食べてくる。」


 僕は、飛び起きると大急ぎで着替えて、食堂に降りて行った。食堂の人はまばらで、僕がかなり寝坊していたことが分かった。目覚まし時計が欲しい。


 朝食を済ませて、ロジャーの部屋に行くと、サラも一緒に待っていた。


「凛、遅いですわ。サラは、ベンテお兄様のことが心配で先に話を聞いておりましたわ。」


「ごめん。一人で寝ているとどうしても寝坊してしまうみたいで…。それでベンテさんは、どうなったの?」


「うむ。サラにはもう話したが、ベンテは無事保護した。大きな怪我はなく、元気だのだが…、いや、元気だ。昨日の内にフロルたちの所に連れて行った。マウンテンバイクの後ろに乗せてな。今は、コテージで休んでいるはずだ。」


「それで、孤児院を出て言った後のことで、あの神父の悪だくみに関することは何か分かったの?」


「はっきりとしたことは何も分からなかったのだ。しかし、おかしなことがあることは分かった。ベンテが王都へ行く前にも、孤児院へお金を入れるためなのか何枚かの契約書に名前を書いた覚えはあるそうだ。しかし、王都についてすぐに、借金を返すように言われたり、給料から金を抜かれたりした覚えはないということだ。」


「それじゃあ、どうして、借金奴隷に落ちてしまいそうだったの?」


「本人には、その自覚がなかったようだぞ。少ないながらも給料は貰って、蓄えもあると思っていたそうだ。」


「借金はあったんでしょう。」


「それは、傭兵ギルドが把握しておった。確かに、金貨10枚の借金があった。しかし、返済については、給料の2割までという契約があったのだそうだ。そして、ギルドが直接支払っておったようなのでな。本人が気づかないのもある意味当然なのだが、契約については、本人にきちんと説明してあると聞いておったそうなのだ。そして、特別賞与が出た時もその2割を返済に充てていたから借金奴隷に落ちていなかったと説明してくれたよ。ベンテに戦士としての才覚があったからかろうじて借金奴隷に落ちなかったとな。」


「その借金は、ロジャーさんが支払って下さったのですよね。」


「借金と身元引受の保証料を支払った。」


「それっていくらだったの?」


「金貨11枚だ。養鶏の稼ぎから考えるとそう大きくない借金だが、返済に関する縛りがあるからな。蓄えは、金貨5枚ほどあると言っておったからな。借金の支払いを優先すれば、とうの昔に返し終わっていた額であろうな。」


「サラは、ベンテに会いたいんでしょう?」


「会いたいですわ。でも、テラを待っておかないといけませんし…。」


「そうじゃな。ベンテにサラの話をしたら、会いたがっておったぞ。それでなのだが、今日は、エミーリアの所へ行こうと思うのじゃ。しかし、エミーリアのことろへ儂が行っても、本人の不安をあおるだけになりそうでな。それで、エミリーリアと面識のあるサラについて来て欲しいのだが、その商会に提示する商品を凜に作ってもらいたいのだ。何か凜が作れるもので、完成品を準備できて、錬金術師が作った物とは思われぬものが良いと思うのだ。」


「どうしてですの?サラたちしか作れない物の方が交渉がしやすいですわ。」


「後々まで、再建に手を貸すつもりであれば、そのような商品でも良いのであろうが、欲の皮が突っ張った小悪党に手を貸すつもりはないのでな。自分たちだけで作れそうな物を見せて、早々に儂たち手を切りたいと思わせたいのだ。」


「それならさっき作ったチョコクリームのケーキが良いと思う。最初のうちにチョコレートの材料やクリームの材料を教えて、自分たちでも作れそうだと思わせてさ。」


「そうですわね。お菓子なら錬金術を使わないでも作ることができますし、本当においしい物を作り続けるならかなりの技術も必要ですわ。」


「ほほう。そのような物を作っておったのか。しかし、それでは、珍しいだけで、奴らにうまい汁を吸わせてしまうかもしれぬぞ。」


「それなら、今あるお菓子の作り方を教えてあげるのはどうですか?フルーツタルト。フルーツタルトは、王都でも既に売り出されていてとっても評判がいいお菓子ですわ。凜は、そのフルーツタルトの持って美味しい物の作り方を知っています。食べさせた後、クリームやフルーツの素材をかなり高値で売りつければどうでしょう。材料さえわかれば自分たちで作れると思うはずですわ。」


「なるほど、では、凛。フルーツタルトのタルト生地とクリームを50個分ほど錬金してくれ。それを商材にしてクロイブル商会からエミリーリアを引き取ってくることにする。」


「分かった。今から作るけど、果物とかは、市場で買ってきた方が良いと思う。サラと行ってきてもらって良いかな?」


「ロジャーさんは、休んでいてもらってよろしいですわ。果物市場なら何度も行きましたし、マジックバッグもありますから、一人で行ってまいりますわ。」


「そうだな。サラと一緒の所はあまり見られたくはないからな。では、頼む。儂はしばらくの間仮眠をとるでな。」


 今日やるべきことを決めた後、ロジャーは仮眠をとることにした。その間に僕は、フルーツタルトの生地とクリームを錬金術で大量に作る。ロジャーは、50個分って言ったけど、200個分くらい作っておこう。


 1時間位かかったかもしれない。200個分のフルーツタルトの生地とクリーム。10個分の焼き上がったフルーツタルトの生地、5個分にクリームと残っていたフルーツをカットした物を乗せて、贅沢フルーツタルトを完成させておいた。


「ただ今ですわ。」


 サラが帰ってきた。


「お帰り。フルーツタルトの生地と、焼き上げた物もできているよ。」


「じゃあ、ロジャーさんの所に行くのですわ。今からエミリーリアお姉様を助けて、ベンテお兄様に会いに行くのですわ。」


 サラは、ニコニコ顔で、ロジャーを起こしに行った。上手くエミーリアを助け出すことができたら、王都を出て、中継地に行くはずだから、今日は僕一人でこの宿に泊まることになるかもしれない。少し心細い。


「クリームとタルト生地は、200個分くらい作っている。完成したフルーツタルトは5個。後5個分、その場で完成できるように焼き上げているよ。デモンストレーションに使って。レシピは、これ。一応、こっちの素材名で書いてあるから大丈夫だと思う。


「うむ。分かった。奴らが食いついてくるようにうまく餌をちらつかせるからな。サラ、気になることがあっても口に出すのではないぞ。大人には、大人のやり方というのがあるのだからな。」


「分かりましたわ。サラは、エミーリアお姉様の安心材料として着いて行くだけですわ。」


「そう。今日連れてくることができればよいのだが、引き取りが後日ということになれば、サラを見るのと見ぬのでは大きな違いがあるだろうからな。」


 ロジャーとサラが出て行った後、しばらくボーっとしていたけど、気を取り直して、父さんと母さんに手紙を書くことにした。

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