第108話 願いと対価

「初めまして。凛と言います。今日は、お土産に何種類かのクッキーとジャム。それにフルーツタルトと言うのを持ってきました。味見していただけますか?」


「何を言っておる。味見せず何が分かると言うのだ。我に持って来たのなら、早く出すのじゃ。おっと、味見をして茶を決めるからな。出すのは味見用の物だぞ。後からお茶と一緒にジックリ味合うから、そちら用の甘味は残しておくのじゃぞ。」


「はい。では、こちらから、これはクッキーと言います。このクッキーは、こちらに準備したジャムや蜂蜜で味を変えて好きな組み合わせを見つけて下さい。」


 マルヨレインさんは、僕が出したクッキーを小さく割って、一口食べると味を確認するようにゆっくりと咀嚼した。その後、クッキーを割ると小さなかけらにして蜂蜜から初めて何種類ものフルーツジャムを付けていた。


「こんな食べ方をする甘味は初めてじゃ。上手いぞ。蜂蜜バターも試してみたいのじゃが、持ってきてよいか?」


「はい。しかし、次の甘味も出したいのですが、マルヨレインさんが蜂蜜バターを持ってきてからがよろしですか?」


「何!まだ、他にも持ってきておるのか?それを早く申さぬか。では、何じゃ。その甘味は、何という甘味なのじゃ?」


「王都でも流行っていると聞きましたが、私の町で食べてたいそう美味しかったので作ってみました。フルーツタルトという甘味なのですが、お口に合いますでしょうか?」


 僕は、錬金術で作ったフルーツタルトを一つマルヨレインさんに渡した。


「これか?我が食したフルーツタルトとは少し違うようだな。まず、大きいぞ。王都で流行っている物は、この半分くらいの大きさであった。それに、こちらの方が、果物が多くてうまいぞ。どちらに合うお茶にした方が良いのかのう。クッキーとフルーツタルト…。」


「でしたら、フルーツタルトに合うものが良いと思います。」


「ぬ?どうしてだ?」


「クッキーは日持ちします。フルーツタルトは、今日か明日、食さないと悪くなってしまいます。」


「ということは、クッキーは、暫く楽しめるほどにたくさん持ってきておるのかのう?」


「はい。それに、ご入用であれば、追加して錬金術でお作りすることもできます。今は、先ほどのクッキーを20枚程ほど作って来てまいりました。」


「では、その20枚を頂こうかな。もしも次来ることがあれば、もう50枚程と錬金術式を頂けると嬉しいのう。」


「では、儂らの願いを叶えてくれるのか?」


「そなたらの願い?対価に見合う願いであればな。前、見せてもらったスクロールの錬金術式も付けるのか?」


「お主が望むのであればな。しかし、儂らの願いはちと難しいかもしれぬぞ。いくらマルヨレインと言えどな。」


「ほほう。我には難しい願い事か?とにかく申してみよ。我はかなりの物を持っておるぞ。」


「儂たちは、ボーススタッフの孤児院から王都に働きに来た退院生の行方を捜している。4年ほど前から今年にかけて王都に働きに来た者たちだ。」


「たった4年間に王都に訪れた者たちの行方を探せばよいのか?」


「名前と年が正確にわかっているのが4年分なのだ。もう少しすれば、もっと昔の退院生の名前や都市も分かると思うが、今正確に分かるのはその年位までだ。…、リンジー、もっと前の退院生のこと知っているか?」


「俺が覚えている一番年上の退院生はベン兄かな…。今から5年くらい前かな。孤児院を出て行ったの。」


「そのベン兄という子の正確な名前は分かるか?」


「ベン兄はベン兄しかわからないかな。フロル、覚えているか?」


「俺もベン兄しか覚えていないぞ。」


「サラは、覚えていますわ。ベンテお兄様ですわ。」


「そうだったかな。…、そうかもしれない。シスターが退院する時、ベン兄のことをベンテさんって呼んでいたような気がする。」


「サラは、いつもベンテお兄様って呼んでいましたから覚えていますわ。」


「では、ボーススタッフの孤児院から来た、ヨス、ルーラント、エミーリア、ヴィルマ、アーベ、ベンテの6人の行方を教えて欲しい。」


「その子たちは、どういう経緯で王都に来たのか分かっているのか?」


「正確ではないのだが、良いか?」


「うむ。まあ、良い。」


「であれば、これは、今年と変わっておらねばという意味で考えられる経緯でだが、ヴィルケス商会が王都につれて来たと思われる。」


「ヴィルケス商会…、まあ、厄介な商会を利用しておるのだな。」


「お主は、ヴィルケス商会を知っておるのか?」


「質の悪い商会だ。しかし、違法なことをしているとは言えぬだ。まあ、全て合法かというと怪しいのだが、違法な商会ではないということになっておる。そんな商会が連れてきたのだな。」


「質が悪いが違法なことはしておらぬとはどういうことなのだ?」


「まあ、そのようなことよりも、お主らが準備できる対価は何なのだ?金か?それとも、この菓子の術式か?」


「金ならどのくらい必要なのだ?」


「そうだな。一番最近王都に来たのは誰で何時だ?」


「ヨスという男で7ヶ月ほど前だ。」


「では、一番前に王都に来たのは?」


「分かっているのは5年ほど前のベンテだ。男だ。」


「先ほどは、女の名もあったようだが、一番前に来た女は何というのだ?」


「3年ほど前に王都に来たのがヴィルマであったかな。」


「皆、ヒューマン?」


「今言ったのは、そうだな。しかし、獣人の女の子が一人いたな。2年ほど前に来たエミーリアという者であったかのう。どうだ、リンジー、合っておるか?」


「あっているぞ。エミ姉からはいろんなことを教えてもらったぞ。エミ姉が、王都に連れていかれたのは、1年と10ヶ月くらい前だぞ。」


「そうだな。そう言えば、フロルはいっつもエミ姉の後を着いて行っていたな。」


「エミ姉が何か酷いことされているかもしれなのか?」


「そうであるな…。王都に来て2年弱であれば、まだ、そこまでひどい状態ではないとは思うがな。ヴィルケス商会が絡んでいるなら安心はできぬな。」


「しかし、王都に連れてこられてそろそろ4年になるベンテの方が危険なのではないか?」


「そうさな。では、ベンテとその獣人の女の子のエミーリアか…。その行方を捜してやろうではないか。対価は、そのフルーツタルトの錬金術式で良い。これは、サービス価格であるからな。人探しはそう簡単ではないのだぞ。」


「金は出す。ヨスとアーベ、ヴィルマそれにルーラントの行方も探ってくれぬか。」


「6人も同時に見つけるとなると時間も金もかかるのだ。人手も必要になる。無理だな。急いで見つけるなら2人が限度だ。」


「わかった。では、ベンテとエミーリアから見つけてくれ。」


「交渉成立だな。では、このフルーツタルトの錬金術式を渡してくれぬか?」


 僕は、マルヨレインさんに錬金術式を渡し、ついでに、店にある商品を見せてもらった。色々変わった魔道具があったけど、特に面白いと思ったのは、給湯の魔道具だ。これって工夫すれば、お風呂やシャワーができるんじゃないかな。


「この魔道具ってお風呂にできますよね。」


「お風呂?そうだな。お貴族様用の風呂ならもっといい魔道具があるがな。しかし、そんなに小さな給湯の魔道具でどうやって風呂にしようと言うのだ?」


「小さくても数作ればなんとかなるんじゃないですか?」


「いくつも作るって、この給湯の魔道具は、一つしかないのだぞ。それに、錬金術では、魔石は材料にすることはできぬぞ。昔は、魔石を素材にして様々な加工をすることができる職業があったらしいが、今では、その職業は物語の中だけの物だと言われている。」


「そうなんですか?でも、この給湯の魔道具で使われている素材は、魔石ではなくて溶岩か何かのようですよ。これだったら、僕でも錬金術式で作ることができる気がします。」


「それは、誠か?今作ることができるのか?」


「ロジャー!溶岩なんか持ってないよね。」


「溶岩…、以前、ダンジョンに潜った時に溶岩階層というのがあってそこで素材として持って来たような気がする。しばし待つのだ。」


 ロジャーは、ストレージを探して、いつも使っている椅子くらいの大きさの溶岩を取り出してくれた。50cmの立方体程の大きさだ。


「マルヨレインさん、この魔道具を収納して良い?そうしないとアナライズとコンストラクションができないからさ。」


「許そう。しかし、その錬金術式は、我にも渡すのだぞ。」


「はい。では、収納させてもらって…、アナライズ。…、コンストラクション。…、成功しました。やっぱり、素材は溶岩で合っていました。それで、必要なのは、錬金術式だけですか?」


「お主、錬金釜を使わずとも錬金することができるのか?」


「あっ…、いえ…、ええっと。アイテムボックスの中に錬金釜を入れているので。」


「では、術式の貼り付けは如何しいるのだ?」


「そこは、何とかしてやってます。」


「ん?…、まあ良い。では、そうであるな。10個程錬金してくれぬか?その前に、先ほどの給湯の魔道具を返してもらおうかのう。」


「そ、そうでした。はい。お返しします。」


 僕は、給湯の魔道具をマルヨレインさんに返して、魔道具の錬金を始めた。


「アルケミー・給湯魔道具・20」


 20分程ですべての魔道具が完成した。その中から10個をマルヨレインさんに渡す。勿論、紙に錬金術室を転写して渡したよ。それは、魔道具を分析させてもらった代金だ。


「はい。給湯の魔道具です。魔力を込めて動作を確認して頂いて宜しいですか?」


「うむ。では、この魔道具で確認してみようかのう。おお、我が渡した魔道具よりも少し大きいような気がするな。」


「はい。大きさを変えるために書き換えないといけない場所が読み取れたので1.5倍ほどにしてみました。」


「では、魔力を流し込んでみるぞ。」


 マルヨレインさんが魔道具に手をかざすと直ぐにお湯が出始めた。錬金術式を書き換えれば、お湯の温度なんかも変えられるようだけど、どこを書き換えれば良いのかがさっぱりわからない。


「お主、なかなか良い腕だのう。また遊びに来い。それから、二人の居場所は、そうだのう。3日後、この店に聞きに来るが良い。今日は、良い商談をさせてもらった。今後とも贔屓にしてくれ。」






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