第106話 マルヨレイン

 <第三者視点>


「いらっしゃいませ。」


「マルヨレインさんは居るか?」


「え?あっ…、居らっしゃいます。」


「話があるのだが、紹介してくれぬか。」


「しょ、紹介は致しますが…、否、お席まではご案内いたします。あくまでも、お席を尋ねられたのでお教えするだけでございますよ。自己責任でございますよ。こちらでございます。」


 ロジャーは、店主の後をついて奥の席に行った。そこでは、フードを目深にかぶった一人の女性が、木製のジョッキに入ったエールをちびちびと飲んでいた。


 その女性、マルヨレインがロジャーに目を向けた。


「お主、マルヨレインか?」


「ん?そう言うあなたは誰なのですか?」


「儂は、ロジャー、王都には輸送護衛の依頼できている。お主が珍しい物を探していると聞いてな、いくつか持って来た。」


「まあ、そうなのですか。それが確かに価値がある物なら、その価値にあった対価は払うことにしますわ。たとえそれが何であれです。まあ、ただのガラクタなら、私に声をかけたことを後悔することになるかもしれませんが…、どうなるでしょうね。」


「ほほう。面白いことを仰る。まあ、その判断は、これからお出しする物を見てからにして欲しいのう。しかし、まずはこの酒場のテーブルで出せる物からだのう。」


 そう言うと一つ目のアイテムを出そうとした。


「そうかずとも宜しいではないですか。楽しみはジックリ味合わいませんと勿体のうございます。ロジャー様、あなたも何か頼みませんか。マスターに連れてきていただいたのでしょう。この店の売り上げにもご配慮いただかないと、私がこの店に入り辛くなりますわ。」


「お、おう。そうであるな。では、儂にもエールを貰えるか。」


「畏まりました。」


 マスターは、そう言うと酒を取りに奥に下がって行った。


「ロジャー、あなたは、護衛で王都にいらしゃったと仰いましたが、誰の護衛だったのですか。」


「燃料を運ぶ商隊の依頼じゃよ。」


「まあ、今、王都で話題になっている新燃料の輸送の護衛だったのですか。それはそれは。あの燃料はたいそう面白い物でございますわね。」


「そうか?まあ、見習い冒険者が偶然発見した物だが、便利な物らしいのう。」


「あの燃料は見習い冒険者が発見した物なのですか?まあ、知りませんでしたわ。この情報だけでもかなりの価値がございますわよ。その見習い冒険者が誰なのかも教えて頂ければ、あなたは、私の取引相手としての資格を得ることができますわ。」


「その者たちの名前は知っておるが、まだ、お主に教えることはできぬな。おっと、マスターが酒を持ってくるようだ。まずは、お近づきの印として乾杯をしてもらえぬかのう。」


「宜しゅうございますとも。」


 二人は、コツリとジョッキをぶつけ合い、エールをごくごくと喉に流し込んだ。


「マスター、エールを…、マルヨレインもエールで良いか?」


 マルヨレインは何も言わずに頷いた。


「エールを2杯、それに何かつまみを持ってきてくれぬか。少々腹が減ったのでな。腹に溜まる物が良い。」


「串焼きで宜しいでしょうか?」


「うむ。それを適当な本数持ってきてくれ。」


「畏まりました。」


 エールが届くと空になったジョッキを渡し、ロジャーは一枚のスクロールを取り出した。


「あら、お土産ですか?拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「うむ。ダンジョンで拾ったものを錬金術師に分析させて作られた物だ。どうだ、初めて見る者であろう?」


「あら…、本当でございますね。初めて見ました。この効果は?」


「強酸攻撃だ。素材は痛むが、かなり強力だぞ。」


「錬金術師が作ったということは、錬金術式もあると言うことでございますか?」


「その錬金術式も売っていただけるのでしょうか?」


「対価次第ということだのう。」


「ロジャー様ですか…、あなたもなかなか仰いますわね。私の商品では対価にならないかもしれないと…。」


「ちがうな。お主の商品ではない。お主だ出そうと思っている物ではだ。お主は、それ以上の物を持っていると儂は思っている。」


「良く分かりませんわ。何のことを仰っているのか。」


「うむ。しかし、ここでは儂が持って来たものを取り出せる場所がないのだ。お主の店で商談を続けることはできぬか?」


「私の店にあなたを案内せよと言うのですか?まあ、それは、それは…。あなたの商品にはそれだけの価値があると?」


「否、お主の商品にそれだけの価値があると思うのじゃがな。ここでは売ることができぬくらいの価値がな。」


「あら、それは買い被りすぎというものでございます。」


「そして、儂にもこのスクロール以上の価値を持つもの、ここでは、出す気にならぬものを持っておるのでな。」


「まあ、それは、気になりますわね。でも、もう少しここで出して頂けるものを見て、場所を変えるかどうか考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「うむ。そうであろうな。儂もお主の商売相手としての価値を示さねばならぬだろうな。では、次のスクロールを見てもらおうかのう。このスクロールもダンジョンで見つけた物を錬金した物でな、粘着網のスクロールだ。このスクロールを使ってDランク冒険者が5人で20体のフォレストウルフを討伐した。しかも、素材は最高級の状態でだ。」


「勿論、錬金術式もあるのですわね。」


「勿論。その他には何がございますか?」


「お主、甘いものは好きか?」


「甘い物?お菓子のことですか?」


「うむ。そう。クッキー?とかいろいろな甘い物だ。今日は、持ってきていないが、もしも好きなら、次会う時に作らせよう。果物があれば、フルーツタルト?という物も作れるのだが今は、フルーツがないから無理であろうな。」


「あっ、甘い物は好きに決まっているであろう。何故持ってこなかった。我を尋ねてきたのであろう?」


「おっ、そうであったのか。しかし、このような店に甘い物を持ってくるのはどうもはばかられてな。この店にも甘いものがあったであろう。」


「そうだ。この店にも甘いものはある。だから、ここに来るのだ。偶にここの甘いものを食べないとイライラするのだ。」


「そんなに甘いものが好きだったのか。しかし、次持ってくるのは、錬金術式だぞ。」


「か…甘味の錬金術式…。その甘味は、う、旨いのか…。」


「儂は、数回しか食べておらぬが、まあ、旨いと思うぞ。」


「そ…、それなら、我がお茶を準備してやる。我が店に連れて参れ。よいな。明日だ。明日の正午の鐘が鳴る前にこの住所に来るような。」


「マルヨレイン、お主、口調が変わっておるぞ。」


「うっ、うるさい。そのようなことは気にするでない。」


「うむ。料理もそろったようだからな。おい、エールをもう一杯、否、2杯。それから、マルヨレインお気に入りの甘味も作ってくれ。」


「何を言っておる。こんなに早くから甘味を食べたら、直ぐに終わってしまうではないか。」


「お主は、一体何時までここで管を巻いておるつもりだったのだ。」


「管を巻くとは何だ。失礼な。我は、そんなに飲んでおらぬ。」


「まあ、そう言うことにしておく。」


「エールでございます。」


「うむ。すまんな。」


 それから、二人は昔からの友だちのように笑いながら飲んだ。ロジャーは昔の他の国での冒険の失敗を苦笑ながらに話し、マルヨレインは、色々な国の甘味の話をしていた。夜更けまで苦笑や大笑いをしながら二人は過ごし、上機嫌で帰って行った。







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