第96話 バーベキュー

 馬車の横では、馬が餌を食んでいる。桶に水が汲み入れられ、馬はうまそうに飲んでいた。出立の準備は順調に進んでいるようだ。それぞれのパーティーは朝食を食べ終わろうとしていた。


「凛、話とは何なのだ?」


「あっ、ロジャー。夜警の時のことで知らせていた方がいいと思うことがあって。」


「ん?何だ。」


「昨日、この商隊を尾行していたような奴らが居たんだ。それで、この場所に近づいてきたんだけど、見失ったみたいで離れて行ったんだ。でも、足跡や轍の後なんかを探れば僕たちの場所なんてすぐに見つけることができたと思うんだ。」


「それはそうだな。しかし、離れて行ったんだな。」


「うん。」


「して、どちらの方向に去っていったのだ?」


「向こうの方角かな。10km位は後を探っていたんだけど、戻ってくるような気配がなかったからサーチで追うのを止めちゃったんだよ。もう少しサーチを続けていた方が良かったかな。」


「向こうであれば、街道沿いに沿って離れて行ったということだが、それだと盗賊だと決めるには訳にはいかぬだろうな。かといってそうでもないとも言えぬ。シモンたちには、しっかりと引き継いでおくようにせねばな。」


「うん。」


「…、出発前に一度、昨日見つけた密偵たちの居場所をサーチしてみてくれぬか?気配か魔力の特徴は覚えているであろう?」


「何となくだけどね。でも、さっき言った方に10km以上離れて行ったよ。」


「では、20km先くらいまで探ってみてくれるか?難しいか?」


「どうかな…。距離は、昨日の2倍だけなんだけど幅も広げないといけないんでしょう。薄く広くして気配を探れるかどうか…。頑張ってみる。」


「サーチ。」


 魔力の薄い膜を遠くへ遠くへ広げて行く。昨日、サーチを切った場所の辺りには誰もいない。さらに、魔力の膜を左飛に左右に広げて行く。


 どの位の距離だろう。昨日の魔力に似た2つの人の気配を見つけた。その前と横、後ろにも人の気配を感じる。他に5つの気配だ。


「見つけたよ。でも、盗賊にしては少ない気がする。たった7人だよ。その位だったらよほどの手練れじゃない限り僕たちで討伐できると思うんだけど。」


「うむ。ここにいる冒険者は儂も含めて33人もいるからな。よほど大きな盗賊団でない限り儂らを出し抜くことはできぬだろうな。であれば、この商隊を狙う盗賊だとは考えにくいな。」


「盗賊じゃないなら何なの?」


「さて、案外知っている奴らなのかもしれぬな。」


「知っている奴ら?」


「うむ。しかし、その人数なら今の所心配はいらぬだろう。その内その密偵の正体も分かるやもしれぬ。この商隊を探っている者たちが居ることは、全パーティーに知らせておく。それで大丈夫であろう。しかし、よく気が付いた。これからも気を抜かぬようにな。」


「うん…。わかった。」


「それから、凛、粘着網のスクロールを多めに作っておいてくれ。」


「わかった。あっ、そうだ。ロジャーは、自転車持っていたでしょう。僕にアナライズさせてくれない?」


「自転車…、ああ、マウンテンバイクか。かまわぬぞ。今、出すか?」


「お願い。ここに出してもらって良いかな。」


「うむ。ほれ。収納してアナライズしてみるのだな。何なら、二人乗り用のマウンテンバイクも出してやろうか?」


「うん。お願い。」


 僕は、ロジャーにマウンテンパイクを借りてアナライズしてみた。魔鉄鋼のほかにミスリルなんかも使われているし、高価な金属がふんだんに使用されているようだった。しかし、タイヤの部分がアナライズできない。僕には作ることができない素材みたいだ。


「ロジャー、タイヤ部分を外してアナライズしても良いかな?」


「しかし、タイヤなしじゃ、走ることはできないと思うぞ。」


「向こうの世界でタイヤの素材を錬金できるようになったんだ。その素材は土から作ることができたからリニがタイヤの加工できるんじゃないかと思うんだけど。」


「まあ、試してみればよい。しかし、そのタイヤの素材には魔石を砕いた物を含ませた方が良いかもしれぬな。タイヤに魔力が通らないとバイクに乗ったまま縮地で駆け上ることができぬからな。」


「縮地…?僕には無理かな。でも、フロルはできるようになるかもしれないね。」


「まあな。試してみてくれ。素材の改造ができるようにならないと難しいかもしれないけどな。」


「今日の夜の警護はシモンたちだからね。時間がありそうだから、夜の間に錬金してみるよ。」


「うむ。今日も無事に旅ができると良いな。出発だ。」


 二日目も3回ほどボアとプレーリーディア近づいてきたけど、先輩冒険者が今夜の食料用にって言いながら嬉々として狩っていた。ボア2体とディア1体は、皆に振舞われる。この旅のご馳走になるようだ。


 夕食は、結界を貼ってすぐに準備が始められた。血抜きされた肉は切り分けられてハーブや岩塩が塗り込められた。桜のような香りのいい木が、燃料の中にくべられて香り付きの炎で焼き上げられている。まだ、二日目なのにこんなに気を抜いていて良いのかな…。それにしても美味しい肉だ。初めて食べた本格的なバーベキュー焼き肉。こんな肉を食べられるなら、護衛任務もなかなか良いと思う。


 普通は、今日のようなことはできないそうだ。街中でもないのに肉なんて焼いたら色々な魔物がやって来てしまう。こんなことができるのはロジャーが結界を張っていてくれるからなんだと。


「ロジャー様、こんな贅沢な護衛任務は初めてです。本当にありがとうございます。」


「何がだ?」


「護衛任務の途中で、焼いた肉を食べられるなんて初めてなんです。」


「そうなのか?それなら、性能が良いマジックバッグと魔道具コテージを購入すればよい。魔道具コテージであれば、結界を張ることができるからいつでも料理や焼き肉ができるぞ。」


「そのコテージって高いんでしょう?」


「そうだな。金貨5枚程で購入できるかもしれぬぞ。魔石は別だがな。」


 楽しい食事は、日が沈んだあとまで続いた。みんながそれぞれのテントに入る頃もう一度、サーチで周りを探ってみたけど怪しい気配は見つからなかった。


「こんなおいしいお肉は初めて食べたぞ。」


「今日の料理は何って言うの?」


「俺たちも初めて食べたけど、何って言う料理何だろうな。テラは知ってるか?」


「そうね…。多分…、バーベキュー?」


「「「「「バーベキュー!」」」」」


「「「「俺たちだけで野営した時やってみたい。」」」」


「サラも狩りをやってみたいですわ。」


「でも、狩りをしたら血抜きや解体もしないといけないんだぜ。」


「それは、リンジーたちに任せますわ。」


「サラもやらないといけないんだよ。冒険者なんだろう。」


「それを言うなら、リンジーはパーティーメンバーなんでしょう。サラが狩った得物の処分をメンバーにお願いすることはおかしくないことだと思いますわ。」


「なんか話が変な方向に行ってるような気がするわ。サラ、あなたもこれから冒険者としてやっていくんでしょう。狩りの後処理もしっかり練習しないといけないのよ。狩りは平気なのに何で解体が怖いの?」


「だって…、どうしても怖いんですわ。命を奪われて、血を抜かれて食べられるのですわよ。そんなことをする人間を恨んでいるにきまっているますわ。」


「そうね。恨んでいるかもしれないわ。でも、私たちも生きて行くために命を奪うの。命をつなぐために後処理をするのよ。そうしないと食べることができないから…。練習しなさい。」


「ブーっ。」


 遠征中とは思えないような会話だけど、まあ、いいか。


 この夜は、皆早く寝た。勿論、結界は張っている。外の音は聞こえるけどコテージ内の臭いや音は外に漏れない。夜警は今日も回していく。一人ずつだけど。今日の一番は、テラだ。その次が僕。ロジャーは、3番目を担当してくれるそうだ。その次がフロル、リニ、リンジーの順番だ。サラは最後、早朝だ。朝食は、サラとテラで担当してくれると言っていた。その為の順番だ。まだみんな起きているけど、サラやリンジーはそろそろ寝る準備を始めている。


「ロジャー、マウンテンバイクの素材は持ってる?」


「うむ。全てあるぞ。白砂も少しなら持っている。全部、受け取るか?」


「うん。お願い。今から錬金してみる。明日の朝にでもゴムをタイヤに取り付けるための加工をリニにしてもらえるようにしておきたいからさ。」


 ロジャーに素材を受け取ってアイテムボックスに収納した。


「アルケミー・マウンテンバイク。」


 チューブがないマウンテンバイクができた。


「アルケミー・シリコンゴム。」


 リニにお願いして、前後輪にシリコンゴムを取り付けてもらおう。それは、明日の朝やることだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る