第90話 レミの錬金術

「レミ、目を覚ますのだ。お主は、レミなのであろう。」


 僕を呼ぶ声がする。父さんでも母さんでもない。老人の声…。老騎士マティアス…。


 目を覚ますと見知らぬ老人が居た。


「あなたがロジャーさんですか?」


「そうだ。儂がロジャーだ。お主は、レミだな。」


「はい。レミです。佐伯レミ。」


「こちらでの姓は、違うはずだが?」


「覚えていないのです。僕がこっちの世界から向こうの成果に行く直前までの記憶がほとんどなくて。ただ、老騎士マティアスのことは覚えています。僕を最後まで守ってくれました。沢山のフォレストウルフに襲われて、その下になったのに狼たちをはねのけて僕の前に立ちふさがっていてくれました。その姿は目に焼き付いています。」


「もう少し儂が速くその場にたどり着くことができていたら、そのマティアス殿も助かっていたのかもしれないが、ただ、マティアス殿がお主を守っていてくれたから、お主は助かったというのは間違いない。それは、凜も一緒だがな。」


「はい。マティアスには、感謝しています。マティアスに感謝の気持ちを伝えるために来たのですから。」


「では、ギルドの管理する墓地に参ろうか。昨日の内に埋葬の手続きは済んでおる。墓に刻む名前をお主に聞いてからと思ってな。」


「マティアスの名前ですね。マティアス…、マティアス・シュヴァルツ。護衛騎士、マティアス・シュヴァルツです。」


「では、墓には、その名を刻むことにする。着いて参れ、墓に行く。」


 僕は、ロジャーと一緒に墓に向かった。墓には管理人が居て墓碑は管理人が持っている。墓碑に刻む名前は管理人に伝えれば、刻んでくれる。費用はロジャーが払ってくれた。僕は、こっちの世界で使うことができるお金は持っていない。


 管理人が土魔術で墓穴を掘ってくれた。


「お爺様のお墓ですか?それとも、パーティーメンバーの方でしょうか?」


「うむ。そのような物だ。」


「では、ご遺体は、火葬になさいますか?それとも、不変の魔道具でこのままの姿で埋葬されますか?」


「あの…、費用を教えて頂けますか?」


「レミ、費用のことなら心配いらなぬぞ。どちらでもお主が良いと思う方を選べばよい。」


「では、不変の魔道具で保存して埋葬していただけますか。お願いします。」


 不変の魔道具を使うことでアンデットや死霊といった魔物に変性することがない。逆に言えば、不変の魔道具がないと魔物になってしまうことがあるということだ。


 埋葬を済ませて、市場で買ってもらった花を手向けた。跪いて老騎士マティアスの冥福を祈った。


「お主らは、どうしてあのような森の中にいたのだ?」


「覚えていないのです。森の中にいたことも。」


「その森に行けば何か思い出すかもしれぬか?」


「えっ?その森ってこの町の近くなのですか?」


「歩いて行けば、2日位の距離だが、儂がお主を連れて行けば、1時間程で行くことができる。行く勇気があるか?お主に現実向き合う覚悟があるなら今から連れて行く。」


 ロジャーの提案に迷った。でも、時間がたてばたつほど思い出すのが難しくなる気もする。でもでも…でも…。怖い。


今日きょうは、…。」


「止めておくか。そうだな。お主は、もう少し力を付けぬと、何か分かっても何も対応できぬな。」


「それでは、凜の仲間、お主とも仲間になる者たちを紹介しておこうかのう。」


「凜の仲間…。会わせて下さい。」


 僕は、ロジャーさんについて町の中を歩いて行った。初めての町…。凛の記憶をたどっていけばこの町で起こっていたことも分かると思う。でも、今はしない。僕は、凛としてじゃなくレミとして、凜の仲間に合わないといけない。


 ロジャーさんについて行くと立派な家に到着した。貴族か商家の屋敷のような家だ。


「ここが儂らのパーティーハウスだ。さあ、入ってくれ。」


 僕は、中に入った。豪華じゃないけど、整理された家だ。何人か使用人を雇っているのか、メンバーで掃除や片づけをしているのか分からないけど整理された家には、誰もがこのパーティーハウスを大切に思っていることがうかがわれた。


「きれいなお家だね。」


「うむ。皆で掃除を分担しておる。じきに、使用人を雇うことになっているがな。知り合いの家族だが、このパーティーハウスの敷地内に使用人家族と共同パーティー用の家を建ててクランハウスにするんだよ。クランハウスにするのは、できたらだがな。」


「凛には、たくさんの仲間ができたんだね。僕もその中に入れるかな。」


「お主次第だ。たが、頼ってみるのも良いと思うぞ。お主は、今どうしたら良いのか分からぬのだろう?」


「でも、…。僕はもしかしたら誰かに追われているのかもしれないんだよ。思い出すのが怖いのは、僕が悪いからかもしれない。何か悪いことをしたからかもしれないでしょう。」


「人に追われるような悪いことができるのであれば、儂も安心して森に連れて行けるのだがな。魔力病だった時のお主は、もっと無力だったのだ。罪を犯すことなどできかったと思うぞ。それ以上に、老騎士マティアス殿に命を懸けて守ってもらえる子だったのだ。決して、悪人などではない。怖がることなどないと思うぞ。レミ。己を信じるのだ。」


「そうかな。僕は、僕を信じて良いのかな。」


「もうしばらく待っていてくれ。そうだ。お主、向こうの世界に戻るには魔力切れを起こさねばならぬのだろう。今のうちに、魔力を使う練習をしておいた方が良いのではないか?」


「そうなんだね。でも、どうやって魔力を使ったら良いのかな。錬金術で作れる物ってあんまりないような気がするんだけど。」


「では、粘着のスクロールから作ってみよ。今回かなり使ったからな。」


「粘着のスクロール?」


「まず、アイテムボックスの中の錬金術式を全部確認してみるのだ。すぐに見つかるであろう。」


「分かった。粘着のスクロール…。あった。アルケミー・粘着のスクロール。…、できた。」


 2分程でスクロールが1本出来上がった。魔力が減った気がしない。


「できたか。では、100本ほど同時錬金してみよ。」


「分かった。やってみます。アルケミー・粘着のスクロール・100。」


 少しだけだ。少しだけ魔力が吸われた。凛の魔力容量はどれだけ大きいんだ。100本のスクロールを錬金しても全然余裕がある。魔力枯渇までどれだけ錬金したら良いんだろう。


「もう200本だな。前回のフゃレストウルフ討伐では、一人50本以上使ったと思うからな。王都遠征の分を考えるともう200は欲しいな。」


「はい。後200だね。作ってみます。アルケミー・粘着のスクロール200。」


 200でも余裕がある。300本のスクロールを錬金しても魔力は4分の1も減っていないような気がする。


「次は、洗浄のスクロールだ。一枚銅貨1枚で買い取ってもらえるぞ。まあ、使用して品質を確認した後だがな。」


「分かった。アルケミー・洗浄のスクロール200。」


 吸われた魔力は、ほんのわずかだ。でも、このスクロールの材料なら地球でも作ることができるかもしれない。否…、スクロールの魔法陣は魔力インクで描く必要があって、その魔力インクを作るのに魔石が必要なんだった。


 地球に魔石と同じ働きができる物質があれば、色々作ることができるようになるんだろうけど。


「出来上がったな。では、次は、儂が渡すコテージをアナライズしてみてはくれぬか?魔石は外しておくからな。一度表に出ることにしようかのう。」


 表に出てロジャーさんのコテージを収納した。


「アナライズ。」


 魔力が吸われる。今までアナライズで魔力が吸われているのを感じたことはない。量は、大したことはないかもしれない。でも、魔力が吸われるのを感じるアナライズってどんなものなんだろう。


「コントラクション。魔力はあまり減った感じはしない。アルケミー・コテージ。」


 すぐにはできなかった。20分位魔力が吸われ続けて…。できたようだ。


「できました。」


「ほほう。では、魔石を置いてみようかのう。結界が発動すれば合格じゃ。お主は、外で見ておくのじゃぞ。」


 取り出したコテージの中にロジャーさんが入って行った。扉を閉めるとあっという間に目の前にあったはずのコテージがなくなった。


「えっ?ええ。ロジャーさん!」


 驚いてキョロキョロしているとコテージが現れてロジャーさんが出てきた。


「結界は、ちゃんと発動しているようだのう。合格だ。このコテージは、金貨10枚で買い取るぞ。本来ならもう少し高価なのだろうが、素材はすべて儂が出しているから、順当な値だと思うぞ。」


「そんなにたくさんのお金を出してもらえるのですか。」


「そうだ。レミもこちらで生活するようになるならお金が必要だからな。持っておくのだ。お主は、まだ成人しておらぬが、凜は、見習い冒険者や見習い錬金術師などの仕事をしている。お主も錬金術の熟練度を上げれば、同様の仕事はできるはずだ。凛にはないスキルも身に付くやもしれぬ。だから、自らのスキルや魔術の熟練度を上げるのだぞ。それは、この世界だけでなくもうすぐ戻る地球でもだ。工夫するのだ。自ら学ぶのだぞ。」


「はい。ロジャー様。」


 ロジャーさん話をしながら凜の仲間を待っていた。夕方、太陽の光が良し弱くなり、寒くなってきた頃、凜の仲間たちが戻ってきた。


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