第55話 脱走偽装

 ノックの音がして、宿屋の女将おかみさんがドアの外から声をかけてきた。


「ロジャーさん。凜ちゃんのパーティーメンバーって言う女の子が来てるの。ちょっと食堂まで降りて来てもらって良いかしら。」


「うむ。凜も一緒の方が良いだろうな。一緒に下に行くぞ。」


「うん。分かった。」


 ロジャーは、僕に小さな声で話しかけて、女将さんの返事をした。


「分かった。直ぐに下に行く。その女の子は待たせておいてくれ。」


 僕たちが食堂に行くとそこにいるのはテラだった。


「どうした?」


「ここで話せるような話ではないのだけれど…。」


「うむ…。では、出かけようか。」


「女将、この娘を送ってくる。その後、寄る所ができた。遅くなった時は、出先に泊ってくるかもしれぬでな。鍵は締めておいて構わぬ。用事が早く済めば、そうだな。夜2つの鐘まではに帰る。」


 夜2つの鐘とは時刻を注げる最後の鐘だ。その後は、深夜ということになる。地球の8時くらいの時間だと思う。この季節だと暗くなった後、夕食を食べてゆっくりしたころに聞こえる。多分、今から1時間もしたらその時間になる。


「では、行こうか。テラ。送っていく着いて来い。」


「えっ?でも。」


 何か言いかけたテラに向かって、ロジャーが目配せで黙るように伝えた。テラは、それに気づいてそのまま黙ってついて行く。


 しばらく歩いて行くと、行先はパーティーハウスだということが分かった。何もしゃべらずに、歩いて行く。


 パーティーハウスに着くと、ロジャーがカギを開けて、3人とも中に入った。真っ暗な中、手探りで一番奥の窓のない部屋まで行って、ロジャーがストレージから取り出した灯りの魔道具に光をともした。


「ドアは閉まっている。この部屋なら灯りも音も漏れないだろうから安心して良い。」


「ロジャー様有難うございます。」


「だから、様は止めろと言ったではないか。」


「でも、私…、怖くて。ロジャー様に助けて頂かないとどうしていいのか分からなくて…。」


「ちょっと待て。少し、落ち着くのだ。」


 ロジャーは、ストレージからテーブルとイス。それから魔道コンロを出した。そして、やかんに水を入れると、魔道コンロでお湯を沸かし始めた。


「テラは、夕食は食べておるのか?」


「はい。済ましています。」


「では、何があったか、話を聞こうではないか。そして何が怖いのかもな。」


 沸いたお湯を粉のような物を入れたカップに注いでテラに進めるとロジャーはそう切り出した。差し出された熱いカップを手にもって、冷たくなっている手を温めるようにしながらテラが話し出した。


「今日、神父様に呼び出されたのです。教会の執務室に来るようにって。そして、そこでお金を借りる書類にサインするように言われたんです。」


「一体いくらお金を借りる書類だったのだ?」


「金貨30枚です。」


「何のためのお金なの。金貨30枚って成人直ぐの女の子が借りるお金にしたら多いよね。」


「はい。王都で働くために必要なお金だと言われたのですが、神父様は、私が字も読めないし計算もできないって思っていたようで…。私たちは、一人年間銀貨3枚を孤児院に借りているというんです。そして、その借りたお金は、退院する時に返さないといけないって。」


「うむ…。この国の孤児院は、そのような仕組みで運営されているのか?そのような国は、聞いたことがないのだが…。それで何故金貨30枚なのだ?」


「神父様は、私たちが孤児院でお世話になった13年分を考えると金貨30枚を借りないといけないのは当然だろうと仰って、しかし、教会の慈悲で、そのお金で王都で生活するのに必要な物やお金を賄うのだとおっしゃったのです。」


「それまた、どのような計算をしたらそう言うことになるのだろうな。それで、お主は、何と言ったのだ?」


「そもそも、王都で働く気はないのでそのお金は必要ありませんといって、サインをお断りしたのです。そうしたら、神父様は、つべこべ言わずにサインしろと無理やりサインをさせようとなさって。そのやり方が怪しいと思っている私に、このお金を借りないでどうやって孤児院への返済をするのかと言われまいた。それで、金貨3枚程度のお金は既に貯金して持っていますって言いました。その後、退院生が今どうなっているかを確かめますっていったんです。」


「そう言いたくなる気持ちは分かるぞ。しかし、神父を煽ってしまったな。神父は引けなくなったであろう?」


「引けなくなったのでしょうか?私がお金を貯めているって言ったら何かやましいことをして貯めた金だろうって言うんです。だから、ちゃんと働いて溜めたお金ですって言って執務室から逃げだしたんです。」


「テラが怖いのは、神父か?」


「そ…そうです。神父様も怖いのですが、悪い人が神父様についているんじゃないかというのも怖いです。」


「悪い奴が神父と組んでいることはあると思うが、今は一緒ではあるまい。いるとしたら王都だ。多分、神父は、小銭稼ぎをしている子悪党ではないかと思うぞ。用心に越したことは無いが、もしも力づくの勝負になれば確実に神父よりもテラ、お主の方が強い。だから、そんなに恐れることは無い。テラだけでなく、お前のパーティーのメンバーは皆、神父よりも強いから大丈夫だ。お主らが冒険者登録をしていると知れば、神父は荒事でことを済まそうとはせぬだろう。何か企んでくるはずだ。そこだけは用心しておかねばならぬ。それでだ。」


「はい。どうしたら良いんでしょうか?」


「今日から、ここに住め。もしくは、孤児院に戻るかだな。」


「孤児院は、怖いです。でも、ここに一人で泊るのもやっぱり怖いです。ロジャー様、凛、一緒に泊まって下さい。」


「うむ…。しかし、儂らが、お主と一緒に宿から出て行ったことはみなが見ておる。儂らが帰らぬとお主の居場所は直ぐに牧師に知られてしまうかもしれぬぞ。」


「えっ?どうしてですか?この家を借りたことは、冒険者ギルドしか知らないはずです。それなのにどうしてここが分かってしまうのですか?」


「確かに、この家を借りているのを知っているのは冒険者ギルドだけだし、冒険者ギルドは、よっぽどのことがない限り冒険者の情報を漏らすことは無い。しかし、町の噂はその限りではない。凜とテラたちが一緒に家具や雑貨を買い求めていたことは多くの者が知っておる。そのような者たちから尋ねていかれてもこの家が探し求められぬと思うか?」


「でも、神父様がそのような手間をかけて私を探そうとするでしょうか?」


「せぬだろうな。しかし、神父は、お主を犯罪者としてとらえようとしていると思うぞ。そして、お主は、多分だが、町の外に逃亡したと思われておる。王都に向かって逃亡しているとな。そのようなことを仄めかしたのであろう。王都に行って、退院生がどうしているか調べると。しかし、そう思わせておいた方が良いのだ。金銭に関する、お主の身の潔白は、冒険者ギルドなら簡単に証明できるはずだ。しかし、冒険者ギルドの中に入る前に捕まってしまっては面倒なことになる。神父は、勿論だが、衛兵の詰所の連中が、成人前の女の子が、金貨3枚もの大金を蓄えたなどと言えば、良からぬことでお金を得たのではないかと何か怪しむにきまっている。そうだろう。」


「神父様もそんなことを言っていました。でも、私たちは、ギルドの依頼とみんなの働きでお金を得たのです。何もやましい所などございません。」


「そうだとも。だから、何も怪しまれることなく冒険者ギルドに行く必要があるのだ。しかし、一人でいる所を捕まったり、冒険者ギルドに行く途中で捕えられたりしては、どうしようもなくなる恐れがある。」


「でも、ここに一人でいる時に捕まったら、それこそ、申し開きの機会も十分な取り調べも行われず、私が犯罪者にされてしまうのではないでしょうか。」


「そうなのだ。だから、ここをかぎつけられる訳にはいかぬのだ。」


「では、こうしようではないか。いいか。お主は、儂らと話をした後、一人で帰ったということにする。その時、凜にでも変だな。孤児院と反対の下水処理場の方に走って行ったようだけどとつぶやかせるのだ。」


「どうして、下水処理場の方なんですか?」


「下水処理された水は、どこを通って川の方へ行っていた?」


「溝の中を通っていました。でも、水は流れていませんし、外から魔物が入ってこないように鉄柵がはまっています。」


「そうだな。しかし、その上の壁はどうなっておった?階段状になっていて、縄を使えば、外に抜けられるような作りになっておったであろう。深夜、儂がロープの切れ端を鉄柵からませておく。お主が外に出たと思われるようにな。この部屋に入っておれば、外に気配が漏れることは無い。安心して明日から数日ここに隠れておくのだ。冒険者ギルドの周りに衛兵の気配がなくなってから、少しだけ変装して冒険者ギルドに行くがいい。ギルドの中に入れば、お主の潔白は、ギルド職員が証明してくれる。」


「そんなにうまくいくでしょうか?」


「大丈夫だ。それに、明日になれば、宿を引き払って堂々とこの家に入ることができる。準備ができたからと言ってな。」


「本当に明日からこの家に来てくれるのですか。嘘じゃありませんよね。」


「心配するな。ただ、今晩は、ここ出て、宿に戻る。良いな。もうあまり時間がない故急ぐぞ。凛、着いて来れるか?」


「自信ないな。でも、頑張るよ。足の方に魔力を一杯流してみる。」


「それがうまくいけば、身体強化は直ぐにできるようになる。頑張れ。テラ、朝食用のパンと飲み物は置いて行く。暫く大人駆使しておるのだぞ。ではな。儂たちがこの部屋を出る時、灯りを消してくれ。良いな。」


「はい。分かりました。このつまみの所に再度魔力を流し込めば明かりがつくのでしょうか?」


いや、ただ押すだけで良いぞ。では、灯りを消してくれ。」


「はい。」


 テラが明かりを消すと直ぐに扉を開けて部屋の外に出た。家の外に出るまでは物音がしないように細心の注意を行って歩いた。静かに入り口のドアを閉めて鍵をかけ、低い姿勢で家の敷地を出る。この辺りは店もなく、人通りが少ないようだ。暫く人に見られないように気を付けて歩き、人通りが多くなる商店街の中に入ると、早歩きで宿に向かった。普通の人なら全速力で走っているくらいのスピードだ。


 宿に着いた後は、打ち合わせ通り、僕がつぶやく。何人かの人が聞いていたようだ。僕たちはそそくさと部屋に戻って鍵をかけた。


「皆が寝静まった頃、儂が下水処理場の壁に細工をしてくる。凜は静かに寝ておるのだ。いいな。」















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