第54話 レミと父
「お帰りなさい。」
「ああ、ただいま。」
「お父さん。今日は、普通食全部食べられたよ。」
「そうか。退院も近いかもな。今日の治療は吉田さんと一緒にやったのか?」
「今日は、工藤さんがして欲しいって言ったから、やってみた。」
「工藤さんはどこを治したいって?」
「首が痛くてって言ってた。でも、首だからね。一番最初に通すところだからうまくいったよ。」
「ほう。工藤さんも魔力を感じ取ることができたのか?」
「そうみたい。でも、なかなか手を放してくれなくて、危なく魔力を全部持って行かれるところだったよ。」
「吉田さんと一番最初に魔力グルグルの治療をやった時もそうだったな。そのまま、凜は気を失ったんだ。」
「へぇ。そんなことがあったの。でも、凜はなかなか帰ってこないね。」
「そうだな。そろそろ一月を越えるな。レミがこっちで目を覚ましてから。」
「凜のこと心配?」
「そりゃあそうさ。凜はレミだし、レミは凜だからな。両方心配だよ。それは、そうと、向こうでのことまだ何も思い出さないのか?」
「何かとっても嫌なことがあったのは何となく覚えているんだけど、それ以上は分からない。向こうに戻ったら分かるのかもしれないけど今は戻りたくないな。」
「レミが無理することは無い。多分、凜もこちらへの戻り方が分からないのだろうな。でも、今まで何度も行ったり来たりしていたんだ。そのうち凜も戻って来るさ。心配していない。ところで、レミは、退院したら学校へは行ってみたいか?」
「学校ってどういうとこなの?凜の記憶の中にもあんまり学校の思い出がなくて。もしかしたら、しっかり探したらたくさんあるのかもしれないけど勉強のことや授業のことは記憶の中にあるのに楽しかったことや同年代の友だち?のことは全然見つからないんだよね。」
「うーん。凜は、学校に行っても学校行事って言うのに殆ど参加できなかったし、身体を激しく動かすこともできなかったからな。友だちと遊んだことも少ないと思う。何日か学校に行くことができたかと思ったらすぐに熱を出したり、入院したりだったからな。」
「僕と似ているのかもしないよ。僕も、身体が弱かったような気がする。でもそれって、多分魔力病の所為だと思う。」
「そうだな。凜も異世界でそう聞いたといっていたからな。魔力を動かす訓練と大人に渡す治療でずいぶん楽になっているようだからな。このままこの状況が続けば、直ぐに退院になるし、学校に行っても今までみたいに直ぐに再入院なんてことにはならないと思うぞ。」
「それなら、学校って言うのに言ってみようかな。僕が友だちを作っておけば、凜が戻って来た時に過ごしやすくなるだろうからね。それに、僕、こっちの世界でたくさんの知識を身に着けたいと思うんだ。」
「佐伯さん、ちょっとよろしいですか?」
入り口から吉田さんがお父さんを呼んだ。
「はい。何でしょうか。」
「もし、お時間があるようでしたら、先生がお話をしたいということなんですが。」
「時間は、大丈夫です。今からですか?」
「はい。凜君も一緒に、診察室の方に来てもらえますか?」
「僕もですか?」
「この時間に凜も一緒に診察室って何でしょうか?」
「心配なことではありませんよ。一緒に行きましょう。」
吉田さんは、そう言いながら少し笑顔だった。良い話なら嬉しいのだけど…。退院とかの話だったら。
「すみません。突然呼び立ててしまって。凜君の回復の度合いがあまりに急だったものですから、どのように判断したら良いのか、医局でも意見が割れていまして。」
「意見が割れているというのはどう言うことでしょうか?」
「一つは、この回復が見せかけのものではないのかと疑う意見です。今までどのような治療を施しても直ぐに元の症状に戻っていましたからね。外科手術でも同様でした。それが今回一時はとても悪くなったのですが、にもかかわらず急激な回復を見せています。それをどう見るのかということです。一つは、一時的なものだと判断して、もうしばらく安静な状態を保つという意見です。もう一つは、この回復は、一時的な物ではなく、治療の成果が出たと考える立場です。それから、佐伯さんが私に見せてくれた治療も効果があるのではないかと感じています。手当に近い効果ですが。」
「手当と言いますと?」
「施術者が、病人に手を当てて回復を促す行為です。痛いの痛いの飛んでけ~。ですね。」
「それって効果があるのですか?」
「ええ。昔から効果があると思われています。手当という言葉もその施術が語源と言われていますよ。」
「それで、結論は何なのでしょうか?」
「明日から、体力回復のリハビリに取り組んでもらいます。その結果を見て2週間後を目標に退院することにしましょう。少しきついですか?凜君はどう思いますか?」
「リハビリってどんなことするんですか?」
「そうですね。まず、歩くことですね。それから、体幹のトレーニングです。手術の傷も塞がってきたと思いますから、少しずつやってもらいます。心配しなくても大丈夫ですよ。日常生活に必要な筋力や体力を少しずつ元に戻していくようなトレーニングですから。凜君は成長期なんだからあっと言う間に体力が戻ります。」
「そんなのだったら大丈夫だと思います。御飯もモリモリ食べて、2週間後、元気になって退院します。」
「はい。その意気です。期待していますよ。」
そう。僕の退院までの予定が決まった。もうすぐ11月になろうとしている秋の夜、僕と父さんは、ニコニコ顔で診察室を出て行った。
「良かったな。レミ。これで、病院の外を見ることができるぞ。凜も帰って来たらきっと喜ぶ。」
「学校だけじゃなくて、退院したら色々なところに行ってみたいな。凛の記憶にあった博物館や図書館なんかも。それから、駅や飛行場も見てみたい。」
「そうだな。一緒に行こう。母さんや蘭も一緒に遊園地にも連れていくぞ。きっと楽しいぞ。楽しみにしておくんだ。」
「そうだね。母さんや蘭とも早く会ってみたいな。凛の記憶の中の二人じゃなくて。」
「そうだな。そうしてくれ。元気になった凜を見れば母さんも安心する。凛の苦しむ姿に一番心を痛めていたのは母さんだからな。」
「どうして?」
「どうしてだかは、良く分からない。凜が苦しむのは自分の所為だと感じていたようなところがあってな。でも、元気なお前を見ればの母さんの心も癒されると思うぞ。」
「僕のことで母さんが心を痛めることなんて何もないと思うけど、痛がっている僕に何もできないことが悲しかったのかな。でも、母さんが元気なら、僕は全然大丈夫だって伝えておいて。もう元気になったし、僕の治療はお父さんだってできるんだからってさ。もしかしたら母さんもできるようになるかもしれないね。」
「そうなったら母さんは喜ぶだろうな。うん。きっと喜ぶ。よし。今日帰ったら母さんに魔力をグルグル回す方法を教えてみる。凜から魔力を貰わないと無理だとは思うけど試してみるだけならできるからな。もしできるようになったら母さん、喜ぶと思うぞ。」
「できるようにならなくても、僕が帰ったら練習できるし、母さんの肩こりなんかも良くしてあげたいな。待っててって言っててよ。」
「おう。楽しみがもう一つ増えた。早く、2週間たたないかな。」
そう言うと父さんは、僕の頭をポンポンと叩いた。痛くはなかった。
「もう、父さん。頭を叩いちゃいけないでしょう!」
「あっ、悪い悪い。それじゃあ、また明日な。」
僕を病室まで送ると父さんは帰って行った。
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