第53話 神父様の企み

 <テラ視点>


 今日は夢のような一日だった。私たちのパーティーが、ランク持ちになったんだ。冒険者になるのも夢のような話なのにランク持ちのパーティーだなんて…。ついつい口元が緩んでにんまりしてしまうのを我慢してチビたちの夕食の準備の手伝いをする。


 最近は、私たちがほんの少しだけれど食費を入れるようになったからか、夕食のポリュームも品数も増えているように思う。チビたちも畑仕事を頑張っているし、その畑で採れた野菜が食卓をにぎわしているのもある。勿論、シスターたちの頑張りが一番大きいと思う。


 夕食の準備が終わろうとした頃、教会のシスター・シルケが食堂にやって来て私を呼んだ。


「テラ、あなた、成人月なのね。おめでとう。牧師様が及びよ。食事が終わってで良いわ。教会の方の牧師様の執務室にいらして頂戴。では、後ほどね。あなたたちに教会のご加護がありますように。」


「テラ、とうとう来たな。テラの成人の儀の日程が決まるんだぞ。」


「それに、テラがこの孤児院を出て行く日が決まるのね。寂しくなるわ。」


「今までって、どんな日程になっていたの。」


「テラの前に成人の儀を迎えたのは、今年の2月のリーセロットね。冬の成人の儀は遅れがちね。確か成人月の一番最後の日じゃなかったかしら。そして、3月まで孤児院にいたわ。やっぱり冬は遅れるって思いましたもの。」


「じゃあ、冬以外は遅れないの?」


「そうねぇ。去年は、レクスがいたわね。確か10月だったと思う。でも、レクスも成人月の終わり位に成人の儀で、その月の最終日近くに王都へ旅立ちましたね。」


「王都まで2週間以上かかりますからね。王都について就職先に出向いたのは11月の半ばだったんでしょうね。レクスは、どんな職業に就いたんでしょうね。こちらに来ることができるような職業なら一度顔を出してくれたら安心なのにね。」


「シスターたちも今までの退院生と会ったことないんでしょう。」


「そうなの。神父様は時々王都へいらっしゃるからお会いに行かれたりするのかもしれないけど、退院生の話なんて聞くことできないしね。」


「それに、神父様は、成人の儀に関することでさえ直接こちらにいらっしゃらないですからね。」


「それじゃあ、私が、退院生のこと神父様にお聞きしてきましょうか?私も、もし冒険者になれなかったら、他の退院生みたいに王都に働きに行っていたかもしれないのでしょう。」


「そうね。そうしてくれるかしら。私たちも知りたいわ。」


「早く夕食を済ませてしまいなさい。神父様の所へ行ってお話を聞いてきて。」


 急かせるシスターたちと一緒にやっぱりニマニマしながら夕食を済ませた。お祝いの食事は成人の儀の日に行うそうなので今日は普通の夕食だ。


 夕食を終えて、そそくさと教会へ向かった。裏の入り口を通って教会の中に入る。いつも通っている通路だ。教会に行くのはお手伝いをする為だ。礼拝堂の掃除やシスターたちの居住区の掃除など月の内に何回も入る。だから、慣れたものだ。シスターたちがいつも過ごしている執務室のドアの前に立って、到着したことを告げた。


「牧師様に呼ばれてまいりました。テラです。」


「もうお食事は済んだのですか?」


「はい。」


「では、着いていらっしゃい。成人月を迎えたあなたに神父様からお話があるそうです。しっかりと聞いて従うのですよ。」


「あっ…、は、はい。」


 返事が少し遅れただけでシスターに睨まれた。でも、そんなことは慣れている。このシスターは特に直ぐに睨んでくる方だ。


「返事は、『直ぐに』です。心にやましいことがないのでしたら直ぐに返事をすることができるでしょう。」


「はい。」


 今度は直ぐに返事をした。シスターは満足そうにうなずくと私を従えて牧師様の執務室に向かった。


「失礼します。テラを連れてまいりました。」


「おお、来たか。入室させなさい。シルケは、もう下がって良いぞ。それから、執務はもう終わらせて、みな部屋に戻るように伝えておきなさい。テラは一人で帰れるだろう?」


「はい。」


 教会の裏の鍵は夜遅くまで開いているようだ。私たちが呼ばれるのは夕方までだけど、夜遅く、教会の裏口の方から人が出入りする気配があるからそのままでいいのだろう。牧師様に部屋を出るように言われたシスターは、特に気にすることもなく、ドアを閉めて執務室の方に戻って行った。


「そちらに掛けなさい。」


「はい。」


「そなたもいよいよ成人月を迎え、独り立ちをせねばらない歳となった。これから、そなたが、この孤児院を出て、独り立ちしていくために必要なもろもろの手続きを行うことにする。良いな。」


「あの、神父様。その前に一つお聞きしてよろしいでしょうか?」


「何だね。言ってみなさい。」


「これから先のことの参考にしたいので、王都で働いている退院生のことについて、今どのような仕事についていて、どこで働いているのかをご存じであれば教えて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?実は、孤児院のシスターたちにも聞いてくるようにってお願いされたのです。」


「何だ。そのようなことか。どこの職場かはしっかりと覚えておらぬが、皆一生懸命働いているということは聞き及んでいるぞ。そなたも、退院して王都に出れば、同じように働くことになるのだ。今気にしてもどうなることでもあるまい?」


「あの、私は、王都へ出ようとは思っていないのですが、どうしても王都に出て働かなくてはならないのですか?」


「何を言っているのだ。技術も何もないお前たちが、王都でなくどこで働くことができるというのだ。この町にお前たちの働き口などないではないか。」


「冒険者になります。この町の冒険者にもうなっているんです。」


「何を夢のようなことを。そなたらはまだ成人の儀も受けておらぬではないか。スキルもなく魔術回路も未開のままでは、見習い冒険者で小銭を稼ぐだけならまだしも、冒険者など成れるはずなかろう。まして、冒険者は新人でその多くが命を失うのだ。そんな割の悪い職業につくことなぞ許可せぬぞ。孤児院の責任者として儂が認めん。まあ、そんなことは良い。今日は、この書類にサインをしていくのだ。後ほどそなたに王都に行くための準備金を渡すでな。自分の名前は書くことができるな。孤児院のシスターたちに名前だけは書けるようにしておけと言っておったからな。」


「その書類というのを、少し読ませていただけますか?」


「何?そなた、字が読めるのか?」


「まだ、すらすらとまではいきませんが、大体読むことができるようになりました。あの神父様…、何故金貨30枚も借りないといけないのでしょうか。借用って借りることですよね。私、そんなにたくさんのお金を使う予定はないのですが。」


「何を言っておるのだ。王都への旅費、王都で生活するための準備なぞどうやって工面する借金して用立てするしかないではないか。それに退院するにあたって、今まで立て替えておった生活費などを孤児院に返済せねばならぬからな。どうしてもお金が必要なのだ。」


「退院する時に、孤児院に返済する金額っていくらなのですか?」


「うむ…。お主らには、1年間に銀貨3枚ずつを用立てておることになる。テラは、ここにきてもう何年になる…。…、12年か?どうだ。金貨30枚では足りぬ金額であろう。それなのに、金貨30枚でお主らが王都へ行くための費用とその前の成人の儀の費用、王都での生活費の全てを工面してやろうというのだ。有り難いと思うであろう。」


「年間銀貨3まであれば、12年間で金貨3枚と銀貨6枚ですね。10年分が金貨3枚残りの2年分は、銀貨6枚ですから間違いないでしょう。その額を返済して残りの金貨26枚と銀貨4枚も成人の儀と王都への旅費そして、生活費の準備に必要なのですか?1年に必要なお金が銀貨3枚なのにですか?」


「何故、何故お金の計算までできるのだ?お主らは…。お主らは何もできぬ子どもではなかったのか?」


「私は…、この借用書にはサインなどできません。私が退院する時には、きちんと金貨3枚と銀貨6枚をお支払いします。そのくらいのお金は、既に貯めておりますから、ご心配頂かなくても結構です。もしかして、今までの退院生にも同じ書類にサインをさせていたのですか?そのお金のほとんどを神父様がご使用なされたいうことは無いのですよね。神父様?」


「なっ、何をバカなことを言っておるのだ。私がそのようなことするはずないではないか。それに、そんなことをしたら直ぐに退院生が役所に泣きついて行くはずであろう。儂は、やましいことなどしておらぬ。それに、それに、先ほども言ったが、成人の儀も終わっておらぬお主たちが、冒険者など成れるはずがない。もしも、そなたが、金貨3枚も持っておるのであれば何かやましいことをして手に入れた金に違いない。このの書類にサインしておとなしくしていれば、見逃してやる。さもなくば、領主様に訴えて取り押さえてもらうことになるぞ。」


「神父様、私は何もやましいことなどしておりません。そして、退院の折には、必ず金貨3枚と銀貨6枚はお納めいたします。それで宜しいでしょう。でも、退院生の退院後の消息は調べさせていただきます。それは、必ずです。神父様に御約束します。もしも、神父様にやましい所がなければ、ご安心ください。ない罪を背負わせたりすることは決して致しませんから。失礼します。」


 そう言うと私は、ドアを開け廊下を駆け抜けて孤児院に戻った。神父様が追いかけてこないか怖くてしばらく食堂の奥の方に隠れていた。1時間位隠れていただろうか。誰もおってくる気配がないことを確認してサラを連れて、大きい男の子の部屋に行った。そこには、リニとリンジー、フロルがいる。


「どうしたんだぞ?夜は、こっちに来たらいけないんだぞ。」


「分かってる。フロル、静かにしていて。今からみんなに話があるの。でも、今から話すことは、絶対誰にも言わないって約束して頂戴。もしも、話したらあなたたちが危ない目に合うかもしれないから。いい。それから、今から、絶対大きな声は出さないで。シスターたちが来たら大変なことになるかもしれないの。」


「うん…。…わかった。」


「今から、私は、凜たちの宿に言って、私たちのパーティーハウスに隠れる。あなたたちは、ギルドに行った後、誰にも言わないでパーティーハウスに来て頂戴。明日、いつものようにギルドに行った後よ。良い?」


「それは、分かった。でも、シスターが心配するぞ。」


「私がどこに行ったかは、孤児院のシスターにも教会の神父様にも教会のシスターにも言ったらダメ。知らないって言って。私は、黙って孤児院を抜け出したって言うのよ。サラ。良い。あなたが寝ている間にいなくなったって言ってね。」


「サラは、サラが寝ている間にテラはいなくなったって言う。」


「私が隠れないといけない理由は、話すことができそうなら明日必ず話すわ。それまでは、聞かないで。良い?」


「分かった。じゃあ、テラは今からどうやって凜たちの宿まで行くつもりなんだ。いくら何でもこんな夜遅く一人で出歩くのは危ないと思うぞ。」


「そうね…。でも、私が逃げるかもしれないと思って神父様が外で待ち伏せしているかもしれない。あなたたちが一緒だとあなた達も危険になるの。神父様は、私たちがランク持ちの冒険者パーティーになったなんて知らないわ。私がランク持ちの冒険者だってこともね。だから、油断していると思うの。でも、絶対待ち伏せをしていないとは言えないし、仲間がいないとも言えない。だから、私一人で行く。大丈夫身体強化もできるようになったし、今は、防具も武器も持っている。何より、魔術がある。心配しないで、一人で凜たちの所に行けるから。」


「心配だけど、信じてる。テラならできるって。そして、きちんとした理由もあるってね。」


「ありがとうリニ。サラ、私の部屋から武具一式を持ってきてくれる?」


「分かった。行ってくる。」


「私は、防具を着け終わったら、窓から出て行くわ。リンジー、申し訳ないけど、見回りをしてくれない。なんか変な音がしたから見回りをしてくるってシスターに行って。リニも一緒が良いわね。この部屋の窓の近くに神父様や知らない人がいないのを確認できたら夜鳥の鳴き声を2回で知らせて。もしも、牧師様がいたら牧師様に今晩はの挨拶をして。変な人だったら夜鳥の鳴き声を1回よ。覚えた。


「大丈夫が、鳴き声2回。変な人が1回。神父様は今晩は。」


「その通り、リンジーは覚えたわね。宜しくね。」


 サラが装備を持ってくると私は直ぐに防具を付け弓を肩にかけた。私が準備をし始めるのと同時にリニとリンジーが見回りに出かけた。




『ホッホー、ホッホー。』


鳴き声は2回。誰もいないようだ。リニたちの足音が遠くに離れていったのを確認して窓から外に出た。


それから、懸命に走った。今までにない位一生懸命。身体強化に限界まで魔力を回して、必死だった。誰も後をついてこないことを祈って凜たちの宿まで走り続けた。











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