第41話 朝活-お勉強

「お早うございます。」


『お早うございます。』


 僕が孤児院に着くと直ぐに広間に連れていかれた。今日から孤児院のみんなとお勉強を始める。


「まずは、読み書きの練習から始めます。今から文字と記号の一覧表を配ります。左上から横に読んで行くのでしっかり覚えてね。」


 この世界の文字は、ひらがなに似ている。一文字で一音を表している。違うのは、物の名前に記号が付いている所だ。一般名詞には建物の記号や地名の記号、魔物や家畜にもそれぞれ記号がある。だから、描いてあることを読めば色々なことがわかるのだが、記号の種類が50個以上あってそれを覚えるのが大変だ。


「僕の後に続いて読んでね。」


 それから、30分くらい文字を読む練習や記号の説明をしてた。小さい子もいるから一つの勉強は30分が限界だろうと思ったからだ。次は、数字と計算の勉強。こちらの数字は、0の概念がはっきりしていないので説明しにくい。それで、こちらの数字は読み書きだけにして計算は僕が知っている数字を使うことにした。そちらの方が計算しやすいと思う。


 数字の読み方と桁数と読み方なんかの説明は少し難しかったようだけど、銭貨や鉄貨の関係と数字を結び付けて教えたら小さい子以外は大体わかったようだ。


 一番初めに勉強する内容しては、少し難しかったかもしれないけど、シスターやテラたちは理解できたようだから、小さい子達に教えるのは、シスターたちに任せよう。


 1時間程度のお勉強が終わって、今は、広間で休憩タイムだ。少し休憩したら、僕たちはお仕事に出かける。


「シスター、ここの先輩卒院生のことで少し聞きたいことがあるのですけど、良いですか?」


「卒院生って何だい?」


 昨日話したシスターが僕に聞き返してきた。


「ここを出て、働きに行った子達のことです。」


「退院した子達のことね。何?」


「退院後、遊びに来たりしますか?」


「そりゃあ無理ね。みんな町を出て、遠くに行っているから遊びになんてこれないわ。」


「誰一人ですか?仕事のついでに尋ねてきたりとかもないんですか?」


「そうねえ。私がここで働き始めてからは、一度もないわね。それって、何か気になることでもあるの?」


「いえ、ここを退院した先輩たちってどんな生活をしているのかなって思いまして…。それでですね。もしも、テラたちがここを退院して、孤児院が勧める就職先じゃなくて冒険者になるって言ったら、成れるんですか?」


「そうねえ。なれるのかもしれないけど、退院して直ぐにここを出て行かないといけないでしょう。住む場所もなければ、冒険者になるのに必要なお金もないんじゃあ、冒険者になんてなれないんじゃないかしら。今までも、冒険者になりたいって子はしたけど、皆住む場所と登録費用がなくて諦めたわ。」


「あっ。それから、ここを退院して働きに出る時、契約書か何か書かされるのでしょうか?」


「それは、書かされるみたいよ。そうしないと支度金ももらえないし、お祝い金も支払われないから、神父様が立ち会ってサインさせているみたい。私たちは、立ち会うことは無いから、どんな契約なのかは分からないの。でも支度金で服や靴を買ったりしているから、そんなに悪い契約じゃないとは思うんだけどねえ。」


「…、教えてくれて有難う。テラたちからいろんな相談があると思うけど助けてあげてね。それじゃあ、また明日。」


「はい。宜しくお願いします。待ってるわ。」


 シスターと話をしている間にテラたちが出発の準備を終えて集まってきた。


「文字って案外簡単だな。俺は、直ぐに読めるようになると思うぜ。」


「リンジー、本当?明日になったら忘れてるんじゃない?」


「サラこそ、算術が全然わからなっいてべそかいてたじゃないか。俺なんて算術もばっちりだからな。」


「べそなんかかいてません。テラに教えてもらってちゃんとわかりました。ちょっとだけついていけなかっただけ。着替えの時にテラに聞いたらちゃんとわかったもん。」


「はいはい。二人、ケンカしないの。今からみんなで協力して清掃と燃料づくりをするんでしょう。チームワークが大切よ。」


 ワイワイおしゃべりしながら冒険者ギルドに向かう。一番賑やかなのは、サラとリンジーだ。聞くといつものことらしい。仲が良いんだろう。


「そうだ。昨日ロジャーに、みんなギルドカードを作った方が良いんじゃないかって言われたんだけど、どうかな。お金は、一人銀貨1枚ずつ持ってるでしょう。」


「何それ?銀貨一枚なんて聞いてないわよ。」


「あれ?リニ、皆に言ってなかったの?」


「あっ、忘れてた。テラには話したよ。お金の使い方どうしたら良いかなって。でも、その後、皆に言うの忘れてたよ。」


「そうだ、すまない。私もリニと話して、皆とも相談しないとなって言ったままだった。」


「だから、それってどういうこと。銀貨1枚って言ったら、今月いっぱいの目標額じゃない。」


 サラは、何のことか良く分かっていないのかもしれないけど、大体、今月の目標額なんてとうの昔に越えている。銀貨どころか金貨が貯まっているのは知ってるはずなんだけど、ギルドカードに貯まっているって言われている振込金額と手持ちの現金では意味が違って感じるのかもしれない。


「それじゃあ、僕から言って良い?」


「えっ?ええ。大丈夫よ。」


「昨日、道具屋にリニが作った薪型の燃料を売りに行ったでしょう。そこで稼いだお金が一人銀貨1枚なんだよね。それで、その銀貨をどうしたら良いかなってリニにみんなに相談しててねって言ってたんだ。そして、そのことを僕もロジャーに相談したんだ。ロジャーは、それぞれがギルドカードを手に入れたら良いんじゃないかって。そうすれば、個人の現金も入れておけるから安心だぞってさ。」


「銀貨1枚あれば、ギルドカードを発行してもらえるのか?」


「そのはずだよ。みんな見習い冒険者登録はできてるからね。銀貨1枚でギルドカードを貰えるはずだよ。魔力登録ももうできるはずだから、手続きはすぐ終わると思うよ。」


「それなら、そうしようよ。ギルドカードを持っていたら身分証明書にもなって他の町に行った時にも入場税が要らないって言うのも聞いたよ。」


「そうなのか。まあ、他の町に行くって言うのはそうそうないかもしれないけど、ギルドカードを持っておくって言うのは安心なのかもしれないな。分かった。凛の言う通り、皆でギルドカードを作ろう。今日、ギルドに行って作るってことで良いな。凜が契約書をちゃんと読んでくれるだろう。」


「勿論だよ。じゃあ、ギルドに着いたら、受付に行ってギルドカードを申し込もう。それと、もう一つ、皆に伝えておかないといけないんだけど、今日、午後からロジャーとパーティーハウスを探しに行くよ。みんなも一緒に行くでしょう?」


「ええっ。だって流石に、一年分の家賃なんて貯まってないでしょう。それなのにどうして借りることが出るの?」


「ギルドで聞いた時は、10部屋位ある家の家賃だったでしょう。ロジャーがね。最初からそんなに大きな家を借りる必要はないってさ。最初は個室は6部屋あればなんとかなるだろうって7部屋あれば十分だから、それに広間や食堂なんかがある家を探してみたら良いんじゃないかってさ。それから、半分は出してくれるって。だから、一年分の家賃も含めて、昨日で貯まったって言うことで、今日、午後から家探しに行くことになったんだ。」


「本当か?本当に昨日までの分で足りるのか?もしも、直ぐに、孤児院を出て行かないといけないことになっても、大丈夫になるのか?」


「そうだよ。だから、冒険者になることをあきらめなくても大丈夫になるよ。シスターが言ってたんだ。今までも冒険者になりたいって子がいたけど、住む場所と冒険者の登録費用がなくて諦めていたって。住む場所があればいつでも孤児院を出ることができるからね。」


 テラとリニは安心したように頷いている。


「私は、少し諦めていたんだ。ギルドカードはともかく、すむ場所を見つけることなどできないだろうって。でも、少しでもお金を貯めていけば、サラかリンジーたちが成人するころには資金が溜まるんじゃないかって思っていた。ギルドカードさえ作ることが出れば、貯まったお金を積み立てていけるからな。でも、私から、この町で冒険者ができるなんて、ありがとう。凛。君のおかげだ。」


「テラ、まだ、家を借りたわけでもないんだから。でも、これで、確実にこの町で冒険者になれるよ。良かったね。それに、リンジーたちも後に続くことができるんだよ。リニは、直ぐに引っ越してくるけどね。それでさ。誕生日までに必ず字を読めるようになっていてね。それは、必ずだよ。そして、変な契約をさせられそうになったら、ロジャーや僕たちを呼んでよ。間違っても、その変な契約書にサインなんかしたらダメだからね。」


「何のことだか良く分からないが、字の勉強はちゃんとする。私にとっても大事なことだと思っているから。さぼったりしないさ。信用してくれ。」


 歩きながらする話じゃなかったとは思うけど、こんな話をしながら冒険者ギルドに到着した。ギルドカードの発行は、5人一緒に契約書の説明とサインをして魔力登録を済ませたからあっと言う間に終わった。契約書がややこしいのは、冒険者登録の時らしい。


「あの、倉庫のおじさんから何か伝言ないですか?清掃作業前にここによるように言われたんですけど。」


「あっ。そうだったわ。倉庫の手はずは済んだからどれだけたくさん持ってきても大丈夫だそうよ。」


「分かりました。では、行ってきます。」


 それぞれ、自分専用のギルドカードを持ってにんまり顔のテラたちに引きずられるように僕もニコニコ笑顔で下水処理場に向かった。



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