第37話 孤児院のシスター

 テラと一緒に孤児院に入って行くと、先に戻っていたリンジーたちが薪を倉庫に運んだり、台所で使えるように小さく折ったりする作業をしていた。


「やあ、凛どうしたんだ?冒険者ギルドで待っているんじゃないかったのか?」


 僕を見つけるとリンジーが話しかけてきた。


「うん。テラに明日から孤児院で字と計算を教えてくれないかって頼まれてさ、そのことをシスターに話に来たんだ。」


「ええっ。それって冒険者ギルドに行く前にか?」


 リンジーは、勉強が嫌いなのか、明らかにテンションが低くなっている。


「リンジー、お前、勉強嫌いなのか?」


「俺は、冒険者で戦士になるんだぜ。勉強なんてしなくてもやっていけると思わないか?まあ、そりゃあ字が読めないと依頼になんて書いてあるか分からないから、困るのは分かる。でも計算なんて何の役に立つんだ?」


「計算できないと、報酬を分ける時も困ると思うよ。例えばさ、今日燃料を道具屋に売って、銅貨6枚貰ったんだよね。パーティーのみんなに同じ金額になるように分けるにはいくらずつにしたらいい?」


「そんなもん、銅貨を一枚ずつ取って行けば解決だ。」


「そうだよ。それでも良いんだ。でも、計算でも分かるんだよ。割り算って言ってね。掛け算って言うのができるようになると、計算で一人当たりの枚数が分かるようになるんだ。そんなことを勉強しようと思うんだ。それに、リンジーが言ったように依頼書も読めるようになる。だから、一人前の冒険者になるには、やっぱり勉強していた方が良いと思うよ。」


「うーーん。そうなのかな。あま。テラが勉強しろって言ったらしなくちゃいけないけど、やっぱり、剣の訓練や魔術の練習の方が好きだな。ねえ、テラ、俺も勉強しないとダメ?」


「あんたが一番勉強が必要なんじゃない?何なら、午後は、下水処理場の掃除は止めて勉強にする?」


「それは、それで魅力的な提案だな。掃除大変だし、お金はもう貰ったしね。」


「やっぱやめた。午後からも掃除よ。その前にシスターに話をしてくるわ。凛着いて来て。」


「テラって、孤児院の中じゃお姉さんみたいな話し方なんだね。冒険者ギルドや依頼中と話し方と違うよね。」


「そりゃあそうよ。冒険者は、女だからって舐められたら危ないのよ。色々な意味でね。だから、女だってことを意識させない話し方をしないといけないの。」


「凜もあんまり子供っぽい喋り方をしてたら舐められて危険な目に合うかもしれないから注意しておきなさい。」


「分かった。気を付ける。」


「シスター。いますか?」


「はーい。どうしたの。」


 シスターが奥の部屋から出てきた。シスターは、少し白髪しらがの交じりの髪の優しそうなおばさんだった。


「シスター、こちら凜さんです。こんなに小さいのに計算や文字が分かって、教えられるんですって。明日の朝から孤児院で私たちや子どもたちに字と計算を教えてもらって良いでしょうか?」


「テラ達大きい子たちだけじゃなくて、孤児院にいる子どもたち全員に教えて頂けるってことなの?」


「ええ。でも、小さい子達とテラたちに違うことを教えるわけじゃないですよ。テラたちには既に分かっていることから教えることになると思いますし、文字と数字の読み書きと数の数え方や計算の仕方くらいまでしか教えられないと思いますが、それでいいでしょうか?」


「そんなに、色々教えて頂けますの?それって、私たちも一緒に習って宜しいかしら。一昔前だったら、神父様がいらして、私たちシスターにも、読み書きや計算を教えて下さっていたらしいのですが、私がこの孤児院にお手伝いに来るようになってからは、一度もいらしてないのです。教会のお仕事がお忙しいのでしょうね。」


「シスター達は、何人で子どもたちのお世話をしているのですか?」


「え?私たちですか?私も含めて2人ですよ。でも、大きい子達が沢山お手伝いしてくれて、外のお仕事までしてくれるから何とかなっていますの。畑もあの子たちが作ったのよ。おかげで野菜は毎日食べることができるようになって、本当に助かっているわ。」


「そうなんですね。それで、テラたちって成人したらここを出て行くんでしょう?孤児院って大変にならないんですか?」


「そりゃあ、寂しくなるわ。でも、雇われ先からお祝い金と支度金が出るの。支度金は、子どもたちに渡すことになっているけど、お祝い金は、孤児院と教会への寄付っていう扱いになってるのよ。それで、何とか孤児院を運営しているって感じ…。あらあら、私、なんて言うこと話しているのかしら。今のは忘れて頂戴。テラたちにも内緒よ。そんなこと話したらあの子たちがどんな風に思うか心配。だから、絶対話したらダメよ。」


「秘密ついでにもう一つ聞いて良いですか?」


「何?」


「そのお祝い金っていくらくらいなんですか?」


「孤児院への寄付は銀貨2枚くらいだったかしら。教会への寄付は私たちには分からないわ。昔は、教会のシスターが孤児院のシスターを兼ねていたらしいけど、今は、別の扱いなの。私たちはシスターって言っても教会に入っているわけじゃないのよ。」


「それじゃあ、シスターたちのお給料は誰が支払っているのですか?」


「私たちのお給料?ご領主様かしら。私たちは、御領主様に雇われているのよ。この孤児院で生活しているから家賃とかはいらないし、食事も子どもたちと一緒だからいらないでしょう。着ている服も、教会からの払い下げ品だしね。買う物と言ったら下着くらいかしら。まあ、贅沢はできないけど、お腹が空いて死にそうってことにはならないくらいのお給料は頂いているわ。」


「じゃあ、子どもたちの食費もご領主様が出して下さっているのですか?」


「そうね。それと、お祝い金なんかでやりくりしているの。でもね。最近は、テラたちが畑を作ってくれたり、お肉を手に入れて来てくれるから助かっているわ。少しだけ、お腹いっぱい食べれるようになったって思うわよ。」


「色々聞いてすみませんでした。でも、シスター、テラたちは、お勤めしないで冒険者になりたいらしいですよ。そうしたら、孤児院にも寄付ができるようになるかもしれませんよ。毎月金貨1枚くらいは。」


「まあ、金貨1枚も寄付してくれるの。そうなったら、子どもたちにお腹一杯ご飯を食べさせてあげられるわ。楽しみにしておくわね。」


 今でも毎日金貨2枚以上を稼いでいる。本格的に冒険者活動ができるようになったら、きっと金貨1枚くらい孤児院に寄付できるようになると思う。勤め先のお祝い金なんて宛てにしなくていいくらいは、後輩たちを援助できるようになってくれると思うんだけど、テラたちはどう思っているのかな。僕は、明日からの読み書きと計算の授業の約束をして孤児院を出た。テラたちも一緒だ。午後は、沼地の出口をせき止めている汚泥を取り除いて汚い水を流し出してしまう予定だ。


 孤児院って良く分からないけど、何かギリギリで運営しているんだなって思いながら、皆と一緒に下水処理場に向かった。

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