第31話 下水処理場の視察

「ロジャー、居るんでしょう?」


 僕が、ギルドを出てすぐ話しかけると、僕たちの後ろにロジャーが現れた。


「どうしたのだ?」


「今から、下水処理場に行きたいんだけど、一緒について来てくれない?」


「護衛依頼か?」


「うう…ん。散歩かな?」


「それなら同行しよう。護衛依頼なら、ギルドを通してもらわんとならぬからな。」


「ロジャーさんですよね。私たち、希望の光って言います。凜さんと一緒のパーティーになりました。それで、あの…、パーティーハウスも一緒に借りて下さるって聞いたのですが、本当でしょうか?」


「うむ。今の宿も少々手狭になってきたからな。しかし、家事ができる者がおらぬと、パーティーハウスも何も生活が出来ぬぞ。儂は、自分の食う物の準備や身の回りのことぐらいはできるが、パーティーメンバー全員の世話などできぬからな。」


「家事は…、くっ、べっ勉強します。私が、一番最初にパーティーハウスに入ることになると思いますし、その中では一番稼ぎが少ないと思いますから…。凜さんとロジャーさんは、宿で暮らしていくことができる位は稼ぎがあるのでしょう?」


「そうだな。儂は、当然だが、凜も宿屋の代金位の収入はあるぞ。冒険者として、安定した稼ぎが手に入るようになれば、執事やメイドを雇うことができるようになる。それまでは、家事を分担して行うことになるな。凜も家事を勉強せねばなるまいな。」


「僕もなの?入院ばかりだったから家の手伝いなんてしたことないんだよね。料理もできないし…。そうだ。掃除なら何とかなるかもしれない。やったことあるからさ。」


「まあ、パーティハウスはまだ先のことだ。家も見つかっていないどころか探し始めていもいないからな。そんなことより、その下水処理場に向かおうではないか。お主たちの仕事に必要なのであろう?」


「はい。まずは、下水処理場の清掃の方法を確認して必要な道具をそろえないといけません。道具をそろえるために必要な物も私たちだけで揃えないといけないのですから、今日の視察はとても重要です。かなり詳しく調べないといけません。」


「その通りだな。テラの言うことを良く聞いて、しっかり調査するのだぞ。儂は、お主らが調査をしている間、そのあたりを散歩しておるからな。」


 暫く歩いて行くと、街並みがだんだんと貧相になって行き、ゴミや崩れた建物などが目立つようになってきた。


「凛、ロジャーさん、このままスラム街を歩いていくのはお勧めできない。スラムに住む人がみんな悪人とは言わないが、外の者にはひどく警戒心が高く、不親切だ。それに、私たちが、下水処理場の清掃依頼を受けたって聞いたら尚更風当たりは厳しくなると思う。」


「どうして?下水処理施設の修理は、スラム街の住民の願いでもあるんでしょう。」


「この依頼を引き受けるかどうかの時に言っただろう。この依頼は役所のポーズ依頼で無理筋依頼なんだって。そんなの受けた見習い冒険者なんて世間知らずのボンボンか、役所の手先だって思われてるみたいなんだ。引き受け手が全くいないと、報酬を上げるか公共事業で行うかしないといけないでしょう。そうしなくていいようにするために役所に安い報酬で雇われたポーズの為の冒険者だってさ。」


「なるほど、大人の汚い事情という訳だな。そうゆう訳なら、今日はスラム街から離れた道を通るとしよう。案内してくれるか?」


「はい。ついて来て下さい。」


 それから、町の城壁沿いの道を歩いて下水処理施設に行った。確かにひどい臭いだ。マスクか何か付けておかないと、悪臭だけじゃなくて毒性を持ったガスが出ているかもしれない。短時間なら体に影響ないかもしれないけど、一日中この臭いの中で作業していたら病気になるかもしれない。


「ひどい臭いだ。特別なマスクがいるな。この臭いの原因はなんだ?」


「そもそも、下水処理ってどうやっているの?施設が故障しているって言っても、どういう仕組みで下水をきれいにしていたのかが分からないと、掃除のしようもない気がするんだけど…。」


「俺、ここがこんなになる前に来たことがあるぜ。この辺りは、きれいな池で、魚なんかもいたな。あそこに鉄格子が見えるだろう。あの奥にグリーンスライムが居て下水の水をきれいにしていたと思う。」


「じゃあ、あっちの方に行ってみよう。」


 フロルが言っていた鉄格子の所に来る臭いはますますひどくなった。グリーンスライムなどいるはずもなく、鉄格子の中には、汚泥が溜まっている。


「グリーンスライムって汚い所じゃあ生きていけないの?」


「いや、そんなことは無いと思うぞ。元々、下水をきれいにするために中に入れられているような魔物だ。少々水が汚くなったからって餌が増えたって喜ぶくらいじゃないか?」


「じゃあ、どうしてスライムが居なくなったの?ここを掃除したらスライムが戻って来るのかな?」


「それは、分からないな。ただ、このままじゃスライムは戻って来るどころか、生きていけないらしいし、あのうずたかく積もった汚泥を取り除かないと清掃は終らないってことだけは分かるな。」


「リニの言う通り、今日視察に来たのは、この下水処理施設の清掃に何が必要かを調べるためでしょう。それで、一目でわかることは、まず、あの汚泥を取り除く道具が必要ってことね。」


「お主らの中に土属性の魔術を発現している物はおらぬのか。」


 僕たちの後ろで様子を見ていたロジャーが聞いてきた。


「土属性は、居ないな。それがあればどうにかなるのか?」


「居ない者はしようがない。では、運び出すしかないな。」


「でも、あの汚泥をどこに運び出すの?持ち出した先が汚れてしまうんじゃない?」


「そうだな。汚泥は、一度、燃やしてしまう必要があるかもしれないね。完全に燃やしてしまえば、肥料や建築材として使うことができるかもしれない。」


「肥料って何だい?」


「ええ?この町には畑はないの?」


「そりゃあ、麦畑もあるし、野菜も育てているぞ。私たちの孤児院にも畑があるからな。私たちも、週に1度以上は、畑の手伝いをしないといけないことになっている。でも、肥料と言うのは知らないな。偶にくず魔石の粉と暖炉の灰なんかを畑に混ぜ込むことはあるようだけど、それだけだぞ。」


「そうなの。ロジャー。ロジャーも肥料を知らない?」


「儂は、農業には詳しくないからな。園芸や農業のスキルがある者が行うのが一般的だし、人手が必要な時は、町や領地全体で行うからな。借り入れや種まきなんかはな。町の行事なのだ。領主が中心に行うもので、領主は、園芸か農業のスキルがないと務まらないと言われている。領地経営に必須だからな。」


「そうなんだ。でも、肥料は、もしかしたら役に立つかもしれないよ。もしも、作ることができたら、テラの孤児院の畑で試してみてよ。」


「もしも、作ることができたらな。兎に角、このひどい臭いを消すために、堆く積もってしまった汚泥を集めて燃やしてしまう必要があるんだな。」


「それから、この沼に溜まった汚泥もできる限り集めて、乾かして燃やさないと臭いは消えないよね。集めきれない分の汚泥は、流し出さないといけないと思う。」


「ある程度汚泥を流したら、グリーンスライムを捕まえて来て放したらどうだ?下水の水をきれいにしてくれるなら、ある程度きれいになった池の水や残った汚泥はきれいにしてくれんじゃないか?」


「汚泥を運び出すだけなら、貸してやったマジックバッグが役に立つと思うぞ。まあ、魔力操作がある程度できないとバッグが汚泥でべとべとに汚れてしまうだろうがな。そうなったら、臭いがしなくなるまできれいに拭いて返却してもらうからな。」


「まず、汚泥ではない泥か何かで練習して、上手にできるようになって汚泥を入れるようにします。」


「運ぶ手立ては、凜のアイテムボックスやマジックバッグで何とかするとしても、燃やす方法が何ともなっていないな。」


「まず、水分を抜かないと燃えないよね。何か良い魔道具やスクロールはないかな。」


「うまく水分を抜けて、燃える状態にできたら、次に必要なのは燃やす場所だよね。」


「汚泥を燃やすなら、ギルドか町の役所に許可を貰わないといけないな。まあ、下水処理場と城壁までの間に池が広がっているからその傍に焼き場を作れば許可はしてくれるだろう。そうなるとますます土属性の魔術を使える者がいれば良いと思うな。」


「流石に錬金術で焼き場は作ることができないよね。」


「錬金術で、レンガや石組み用の石材は作ることができると思うから、皆でそれを組み上げて焼き場を作らないといけないな。かなりの大きさの焼き場にしないとこれだけの量の汚泥を燃やすことはできないからな。それだけでも大仕事だ。」


「私かリニにうまいこと土属性のスキルか魔術の発現が付けばいいのだけど、そう都合よくいかないわよね。」


「そうか。お主たち、まだ、魔術が発現しておらぬのか…。一度、魔術回路に魔力を流す訓練をやってみても良いかもしれないな。もうすぐ成人の儀ならそれだけで、スキルや魔術が発現するやもしれぬぞ。基本、同属性の魔力しか取り込めないし渡すこともできぬが、無属性の魔力だけは誰にでも渡すことができるからな。儂や凛は、お主たちに魔力を渡して魔力操作の訓練をすることができるかもしれぬ。」


「魔力操作の訓練?魔力病の治療のことだ。あれって、テラたちがやると何かいいことがあるの?」


「うむ。凜の魔力回路が活性化して錬金術が使えるようになったようなことが起こるやもしれぬ。さすれば、成人の儀を待たずとも魔術が使用できるようになるからな。」


「あの、私たちがその訓練を受けるのでしょうか?」


「うむ。その通りじゃ。しかし、このような場所ではちと空気が悪すぎるな。訓練はこの視察が終わってからということにしよう。」


「では、視察の続きじゃ。焼き場にできそうな場所と運んできた汚泥を乾燥できそうな場所を見つけておくのだ。そこに施設を作ることから始めないとこの依頼は達成できぬだろうな。それから…。いや、何でもない。兎に角、許可を取り、施設を作るのだ。」


「分かりました。焼き場と乾燥場にできそうな場所を見つけます。」


 それから、僕たちは、乾燥場にできそうな場所と焼き場にできそうな盛り上がった場所を見つけて、杭を打ちこんで印をつけ、ギルドと役所に届けることができるように準備した。


 全ての調査を終えて、ギルドに戻ると会議室を借りて、計画を立てた。ギルドへの施設建築報告は既に済ませている。建築費用を出すことはできないがという条件で、自分たちの判断で清掃に必要な施設を設置することは許可してもらった。役所への許可もギルドからとってくれるそうだ。そもそも無理筋の依頼だからそのくらいは即日許可させるとギルマスが請け負ってくれた。


 僕とサラは、役に立ちそうな錬金術式を探して資料室にこもることになった。サラは、字は読めないけれど本や巻物を運ぶための助手として着いてくることになった。既に魔術が発現しているから、魔力操作の訓練の必要がないからだ。残りの4人は魔力操作の訓練を行う。上手くいけば魔力回路が活性化して僕みたいにスキルや魔術を使用できるようになる。会議室を使って訓練をするんだけど、冒険者には無料で貸してくれるから便利だ。魔力操作の訓練は、下手をすると気を失うこともうあるから外ではやりたくない。


「じゃあ、僕たちは、資料室で調べ物を頑張るから、テラたちも魔力操作の訓練頑張ってね。」


「頑張って!特にフロル、できないからって、泣くんじゃないわよ。」


「五月蠅い。サラだってさぼるんじゃないぞ。」


「はーい。さぼったりなんてしませんよ。行ってきます。」


 資料室では、主に乾燥に役に立ちそうなスクロールや魔術具、それに汚泥を焼くのに役に立ちそうなスクロールなんかを探したけどなかなか見つからなかった。役に立ちそうな本で一番最初に見つけたのは、グリーンスライムの捕まえ方と特徴だ。グリーンスライムは、汚い水を嫌うというような性質はなく、下水に含まれる汚物を吸収して分解し、増えていくのだそうだ。また、スライムが敵に襲われた時に吐く強酸は、吸収した物を変化させて作るらしく、強烈なにおいがするということも書いてあった。もしかしたら、あの臭いは、スライムが出した強酸の臭いかもしれない。


 その本に書いてあったスライムの天敵は、ダファビーニア。水生の魔物でスライムを丸ごと捕獲して吸収するらしい。こいつは凄い生臭いにおいの粘着液を出してスライムを捕獲すると書いてあった。スライムとこの魔物が下水道の中で戦ったら凄いにおいの戦いになるかもしれない。あの臭いってこれかな…。


 スライムの捕獲籠の錬金術式は見つけたけど、酸に強い素材が必要だった。森にいる植物系の魔物素材らしいのだけど、ロジャーに取ってきてもらえるかな…。僕たちは、見習い冒険者だから町の外での活動は基本的にできない。でも、ロジャーに素材採集を依頼するなら、ギルドに依頼書を書いて出さないといけない。つまり、お金が必要になるということだ。お金を稼ぐためにそれ以上にお金が必要になったら意味がない。やっぱり、僕たちだけで集められる素材で色々なものを作らないといけない。


 どうしよう。こんな時、錬金術って融通が利かなくて不便だ。錬金術式に従って素材を用意しないといけないのだから…。


 そんなことを悩みながら、下水処理場の下見の一日は終って行った。




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