第19話 魔法の錬金術?

 昨日紹介してもらったルーナスさんの錬金工房に連れてきてもらった。字は読めるんだけど、地理がさっぱりだし、地図を描いてもらっても十分に使いこなすことができない。だからロジャーに連れてきてもらうしかない。ガルドでも良いんだけど、ガルドに連れてきてもらうと目立ちすぎるんだ。それに、ガルドがこの町に地理に明るいかは分からない。一度行ったところは、絶対迷わないみたいだけど。それ以上に、ロジャーと一緒の方がよっぽど目立たないからね。


「お早うございます。」


「お早うございます。お客さんかい?こんな朝早くから、うちの工房に何の用だい。」


 中からおばちゃんが出て来て、僕たちを見るなりそう聞いてきた。朝早くからのお客は珍しい工房なのかな…。


「客という訳ではないのだ。デニス工房でこの工房を紹介されてな。この子がちょっと変わった錬金術師の才があるようなのだ。それで、お宅の工房で、錬金釜を使わせてもらえぬかと思って尋ねてきたのだ。」


「家はいたって普通の錬金術式しか使ってないよ。作ってるのも石鹸や包丁なんかの雑貨に生活魔法のスクロール位だよ。まあ、スクロールを作れるのはこの町じゃうち位だけどね。」


「ねえ、おばちゃん。生活魔法のスクロールって何なの。」


「凜は、スクロールを見たことがないのか?あっ…、それは、そうか。」


ロジャーが不思議そうに聞いてきたけど一人で納得していた。


「うん。生活魔法ってどんなの?魔法なの?僕でも使えるの?」


「そんなに一度に聞いても答えられぬだろう。まあ、見るのが一番早い。女将、この工房のスクロールは何があるのだ?」


「色々作ってるよ。まず一番売れ筋なのが、クリーンのスクロールだね。ダンジョン帰りに門の前で身ぎれいにするのに欠かせないスクロールだよ。次が、洗浄のスクロール。クリーンで手に負えない服の汚れを洗い流すものだけど、飲めるくらいきれいな水が出せるからね。水樽代わりに旅に持って行く冒険者が多いみたいだよ。他に、着火のスクロール。焚火の火付けに便利な奴だよ。まあ、売れ筋って言ったらそれくらいかね。他にも灯り取りや明松のスクロールって言うのもあるけどこれはあまり売れないね。松明や蝋燭の方が安いからね。」


「では、クリーンのスクロールと洗浄のスクロール、着火のスクロールを貰おうか。3つずつくれないか。全部でいくらになる。一つ一つ値段が違うのか?」


「そりゃあ、そうさね。クリーンは鉄貨5枚。洗浄は銅貨5枚。着火は、鉄貨3枚だよ。洗浄のスクロールは、水樽代わりになるからね。材料は、ほぼ同じなんだけど値段は、違うんだよ。」


「3つずつで、ええっといくらになる?」


「鉄貨が15枚と9枚で24枚でしょう。銅貨が15枚。だから全部で銅貨17枚と鉄貨4枚だね。」


「お前さん、計算尺も使わずにそんなに早く計算できるのかい?大したものだねぇ。」


「掛け算を習ってるからね。この位の計算簡単だよ。それから、銅貨17枚は銀貨1枚と銅貨7枚になるんでしょう。それと鉄貨が4まいだね。」


「女将、それであってるか?」


「多分ね。この子が代金を誤魔化すなんて思わないからあってるんだろうよ。丁度持ってるかい?」


「銀貨2枚からでお釣りをもらえるか?」


「ねえ、坊や。お釣りはいくらになるんだい。」


「ええっとねえ。銀貨2枚は銅貨20枚とおんなじだから、銅貨2枚と鉄貨6枚のお釣りかな。」


「あいよ。それじゃあ、スクロールとおつりを持ってくるから待ってな。ええっとそれから、この子の錬金術の才を見るんだったね。こんなにたくさん買ってもらっちゃあ、断れないねぇ。」


 そう言うと、錬金工房のおばちゃんは、奥の方に入って行った。少しして、スクロールを持ったおばちゃんが出て来た時には、おじちゃんも一緒についてきた。多分、そのおじちゃんがルーナスさんだ。


「そこのチッコイのかい錬金術師の才を見て欲しいって言うのは。」


「はい。僕です。昨日、初めてフライパンや鍋を作ることができるようになりした。その前に、初級ポーション瓶も精錬しましたよ。魔法陣もきちんと描けているって褒められたんですよ。」


「ほほう。それは凄いな。金属の錬金もできるし、魔術具の錬金もできるのか。中々有望だぞ。ところで、錬金術式はかけるようになったのか?」


「それがですね。沢山作ったのに錬金術式を覚えられないんです。同じものを100個も作ったら、大抵錬金術式を覚えて描けるようになるって言われたんですけど、魔力は流し込めるんですけど、錬金釜に貼る錬金術式がさっぱり描けないんです。それで、ここにきて錬金術式を教えてもらえってデニスさんに言われました。」


「俺が、お前くらいの時にゃあ、錬金術式を描くどころか、錬金釜に魔力を流し込むことさえできなかったぞ。錬金釜に魔力を流し込んで物を作れるんだから十分に才があるとは思うがな。まあ、どんなもんか見る位お安い御用だ。ついでにスクロールも作ってみな。一番材料が少なくてできる着火のスクロールから作ってみるか?」


「はい。お願いします。」


「着火のスクロールって言ってもほとんどは、点いた火を消さないための木の棒だ。後は、魔石インクと木を薄く削って作った木材紙だな。その材料を錬金釜に入れて、錬金術式に魔力を流し込んでみろ。あっと言う間にできるだろう。」


「作らせてもらって良い?」


「おうよ。やってみな。材料はあるのか?」


「木材紙なんて初めて聞きました。木の棒も知ってますけど、どんな木でも大丈夫なんですか?」


「薪になる木なら何でもできるみたいだぜ。。木材紙も、材木があれば、錬金で作れる。待ってな。小さな錬金釜を貸してやる。見習いの練習用だが、今は見習いを雇ってないからな。何なら売ってやっても良いぞ。」


「本当ですか?いくらで売ってくれるの?」


「練習用だが、ちゃんとした錬金釜だからな。そうさな…。銀貨1枚ってところかな。そんな大金、お前さんは持ってないだろうから、連れの旦那に買ってもらったらどうだ?」


「いいえ。持ってるよ。銀貨1枚でしょう。本当に銀貨1枚で売ってくれるの?」


「勿論だ。でも、本当か?銀貨1枚っていやあ、子どもの小遣いにしちゃあ大金だぜ。」


「ねえ、ロジャー、買って良いでしょう。もしも、錬金術式を描けなくても、描いてもらったら、錬金できるでしょう。そうしたら、旅の費用も自分で稼ぐことができるようになるからさ。」


「俺に断らなくてもお前の金だ。お前が必要な物を買えば良い。」


「それならさ、一番高く売れる洗浄のスクロールの材料と錬金術式も一緒に売ってくれない?全部一緒だといくらになるの?」


「今日は、家に錬金術を習いに来たんだよな。そうさな…。それなら、まずスクロールを作ってみろ。練習用の錬金釜で、スクロールを作れる奴なんてそんなにいないから、まずは、家の錬金釜で作ってみてからだな。」


「分かった。材料と錬金術式の準備は終ってるの。」


「そりゃあ、今からだよ。お前は、錬金釜に錬金術式を描いたことはあるのか?」


「昨日は全部やってもらったからしたことないよ。糊かなんかで貼り付けたら良いの?」


「へえ~。他の人に描いてもらったのにうまく錬金ができたのか?そんなことしたら魔力がうまく流れないで歪な形になったりすることが多いんだけどな。まあ、やったことないならやり方を教えるからやってみな。まず、紙でもなんでもいいんだが、魔力インクで書いた錬金術式を錬金釜に押し付ける。そして、錬金釜に錬金術式を刻みつけるイメージで魔力インクに沿って魔力を流し込むんだ。その時、均一に流し込まないと、錬金術式に流れる魔力が不均等になって、出来上がる道具や魔道具も歪んでしまうからな。錬金術式を覚えてしまったら、錬金釜に術式をイメージして魔力を流し込むだけで刻み込まれることになる。」


「じゃあ、ルーサーさんは、術式を覚えているの?」


「そりゃあそうさ。俺が覚えていなかっら、紙に描き起こすことはできねぇからな。ほれ、これが浄水のスクロールだ。材料は、そう多くねぇ。一番安い浄水のスクロールなら普通の紙と芯にする木材、スクロールを結ぶ紐と魔力インクだけだな。ちょっと上等の樽2~3杯の水を出せるスクロールの材料にする時は、魔物の皮をなめした物を使う。そうすれば、魔力を沢山流し込むことができるからな。魔物の皮って言っても、その辺にいるウサギの魔物の皮で十分だぞ。ある程度魔力を貯められて丈夫ならいいんだからな。」


「じゃあ、練習は一番安い紙のスクロールにしてみる。魔力インクはどの位の値段で買うことができるの?」


「魔力インクの材料はくず魔石と水だからな一瓶銅貨1枚でお釣りがくる。これも後で錬金術式を描いてやる。これなら練習用の錬金釜でも作れると思うぞ。今回のインクはサービスだ。紙と棒も家にある物を分けてやる。代金は大丈夫だ。その代わりできたスクロールは引き取らせてくれるか。出来が良かったらいくらか製造手数料を払うぞ。」


「分かった。じゃあ、まずこの紙に魔力を流して、錬金釜に錬金術式を刻み込めばいいんだね。」


「そうだ。できるだけ均一に魔力を流すようにな。魔力インクの所に一定の強さで魔力を流したら錬金釜に魔力が溶け込んでいくように式が刻み込まれるからな。強弱を付けないで一定の強さで流し込めよ。」


「強弱を付けない。だね。う~ん。魔力をゆっくり、ゆっくり同じ強さで…。」


「歌ってるのか?」


 ロジャーがニヤッとしながら聞いてきたけど、知らんふりをして魔力を流しつ注げる。


「ゆっくり、ゆっくり、同じ強さで…。できた!」


 魔力の流れがとまったことを感じて、錬金式を描いた紙を錬金釜から外した。窯には、くっきりと錬金術式が刻み込まれていた。


 まず、一個分のスクロールの材料を入れてもらう。正確に測らなくても、窯に入っている材料から必要な分を抽出してスクロールは出来上がるはずだ。


「錬金釜に魔力を流し込んでみな。」


「分かった。…、浄水のスクロール。」


 錬金釜に手を当て魔力を少しだけ流し込むと錬金釜がほんの少しだけ弱い光を放って直ぐにスクロールが出来上がった。魔力は吸われた気がしなかった。


「できたみたい…。できたのかな。なんか手ごたえがなくて…。」


「ちょっと待ってな。チェックする。」


 ルーナスさんは、スクロールを開いて中の魔法陣を確認していた。


「なかなかいい出来だぞ。一番安い紙のスクロールだけど、どのくらい水を出すことができるか確認してみるな。手数料は払えねぇけど、確認しないことには、買取が出来ねぇからな。納得してくれるな。」


「はい。勿論です。」


「おーい。エルマ~っ!たらいを持ってきてくれ。浄水のスクロールの水の量を測るからな。大き目のたらいを頼む。」


「えーっ。たらいを持って来いってかい。私も暇してるんじゃないだよ。まったくー。」


 奥の方からそんな声が聞こえてきたけど、おばちゃんが大きなたらいを持って店の方に出てきた。


「ほらよ。で、このたらいに水を入れてくれるのかい。どうせなら、裏の方で入れてくれないかね。そのまま洗濯に使いたいからさ。」


 女将さんにそう言われて、店はほっぽったままにしてみんなで裏の方になってきた。井戸があるから普段はここで水仕事をしているのか台所ではないけど水を流す下水溝がある。


「ここでたらいに水を入れて見てくれないかい。足りない分は、井戸から汲むからさ。そうしたら洗濯が楽になるだろう。」


「分かったよ。じゃあ、スクロールに魔力を流すからな。」


 ルーナスさんがスクロールを広げて魔力を流し始めると、魔法陣から勢いよく水があふれ出した。あっと言う間にたらいが一杯になって溢れた水は下水溝に流れ込んでいった。


「あちゃー。こんなにたくさんの水が出る紙のスクロールなんて見たことがないわ。たらいから溢れちゃったわね。」


 水浸しになっているたらいの周りを困ったような顔で見ながら女将さんがいった。


「おうよ。こんなにたくさんの水が出るスクロールなら銅貨5枚でも安いもんだ。しかし、まあ、紙と棒と紐で作ったスクロールだからな沢山水が出るって言っても信じてもらえねえかもな…。どうだ、坊主、このスクロール1本銅貨1枚で引き取らせてくれないか?」


「勿論です。そんなに高く引き取ってくれるならたくさん作りますよ。でも、材料費はいくらくらいなんですか?紙って高いんですよね。」


「1本分の材料費なんて鉄貨1枚もかからないよ。鉄貨1枚で2本分の材料だな。さっき渡したので後4本は作れるだろうから…。そうだな、材料を渡すから差し当たり50本ほど作ってくれ。銀貨5枚で引き取ろう。100本作ってくれたら、練習用の錬金鍋の代金はいらないぜ。銀貨10枚で引き取って錬金釜を付けてやる。どうだ。100本作れそうか?」


「やってみる。さっきの魔力の減り具合だったら全然大丈夫だと思うからね。」


 それから、100本分の材料を錬金釜の所に運んでもらって、初めは20本分程を錬金釜の中に入れてみた。


「…、浄水のスクロール、スクロール、スクロール、スクロール、スクロール、スクロール、スクロール、スクロール、…、浄水のスクロール」


「おいおい。いちいち、作ってるものの名前を言うことは無いんだがな…。まあ、作る物のイメージをしっかり持っていないと歪みが出たり、性能が悪かったりするらしいからな。それはそれで意味があるのかもしれないな。」


「でも、20本出来上がったみたいだよ。おじさん、確認してみてよ。」


「おっ、おう。」


 出来を確認しながらルーナスさんがスクロールの検査をしてくれて、全部さっきと同じくらい出来だったと教えてくれた。


「じゃあ、材料をその2倍入れて作ってみるね。40本分。今度は、スクロールって言わないで作ってみるからね。」


 僕は、錬金釜に魔力を流し込んだ。引っかかる所もなくスムーズに魔力が流れ込んでいく。さっきよりも強い光を錬金釜が放ち、中にたくさんのスクロールが出来上がった。


 錬金釜の中のスクロールを取り出し、同じ量の材料を入れてもらう。さっきのスクロールも上出来で、きっちり40本で来ていた。


「最後だね。もう40本で100本になる。」


 同じように魔力を流し込んで残りの40本のスクロールを作った。


「おじさん。これで100本だよ。僕も何本か欲しいんだけど材料を少し分けてくれない?」


「じゃあ、20本分くらいを渡すから、もう10本作ってくれ。そうしたら、他のスクロールの術式と材料を20本分くらいずつ分けてやるってので手を打たないか?」


「じゃあ、僕の分も含めて11本作るね。僕のは1本だけで十分だからさ。」


「じゃあ、頼んだ。お前さんが作っている間に魔力インクの材料やそのほかのスクロールの錬金術式を持ってくるからな。」


 ルーナスさんはそう言うと奥の方に入って行った。今日は、錬金釜とスクロールの錬金術式を手に入れることができた。これで、色々な錬金術工房を回らなくても良くなるかもしれない。

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