第17話 僕の名前は?

「僕の名前は、レミ。」


 レミ…何だったっけ?あれ?思い出せない。僕の名前。レミ…。


「レミ?凜は、レミって言う名前なのか?そうか、異世界に行ったって言ってたもんな。それで、凜は今どこにいるのかな?」


「凜…、分からない。僕は、ずっとここにして、隠れていたから。でも、目を開いてここの様子を見てしまったら隠れられなくなったんだ。僕が隠れていたのは暗いけど暖かくて安心できるところ。ここは明るくて…。暖かいけど怖い。見たことない物ばかりで怖いんだ。」


「そうか。怖いのか…。こっちにおいで。父さんの所に。お腹の具合はどうだい?痛くないか?」


「うん。痛くなくなった。父さんが治療してくれたんでしょう。こんなにいたくないのは初めてなんだ。でもね。隠れている時も痛くなくなっていたよ。だから、嬉しい。痛くないのって。それにお腹空くのって初めて。何か食べたいって思うの初めてかもしれない。」


「そうか。よかった。それなら吉田さんとでも、一緒に治療できるようになるぞ。魔力をグルグル回して相手に渡す方法覚えたんだろう?」


「でも、大丈夫なの?そんなに誰にでも魔力を流し込んでも。」


「大丈夫というかな。父さんたちも肩こりが治ったり首痛が治ったりするんだ。不思議だな。」


「そうなんだ。でも、やっぱり怖いな。今までやったことなかったから…。魔力回路が暴走したらどうするの?昔、王女様の魔力回路が暴走して石化したことがあったんだって物語で読んだことがある。その王女様も魔力病で…、でも、魔法の薬で治してもらったんだってさ。だから、魔力病は、回路の暴走をさせないようにすることが大切なんだって。」


「そうなんだな。レミは魔力や魔力病のことよく知ってるなあ。でも、父さんとできただろう。魔力病の治療がな。父さんは、仕事で病院に来れないこともあるんだ。だから、吉田さんとも治療をできるようになっていて欲しい。そうじゃないと心配なんだ。父さんがいる時に一緒に練習するからな。それから、吉田さんには、お前がレミだって言うことは内緒な。凜ということにしていてくれ。そうしないと、退院がややこしくなりそうだからな。凛のこと何となくわかるんだろう?」


「分かる気はする。でも、そんなにはっきりとは…。僕と、凜は違う人間なんだ。だから、凜の振りをするって言っても難しいかもしれないよ。」


「そうだな…。じゃあ、今の体調と夢を話だけしかしないことにしよう。学校のことを聞かれたら、もう長くいってないから…って、困った顔をしていればいい。家族のことを聞かれたら…、そうだな…。妹がまだ小さいから、お母さんが大変そうって話しておけ。」


「学校は長くいってないからって言って、お母さんは妹の…、蘭が小さいから大変そうって言うんだね。分かった。」


「凄いなレミ。妹の名前を思い出すことができたのか?」


「凜の記憶を探ったら出てきた。何となく、記憶から知りたいことを見つけることはできるみたいだよ。」


「そうか。いいぞ。それなら、凜として退院することもできると思うぞ。もう少しよくなったら退院できるからな。頑張ろうな。じゃあ、もう一度、魔力を動かして全部父さんに渡すんだぞ。滞っている魔力を渡したら、痛みは無くなるからな。」


 痛みはもうないよ。でも、父さんが言ったように父さんに魔力を送って、父さんから魔力を貰う。暫くの間、魔力を動かしておいて、魔力回路の中に流し込む。回路の中でも大分スムーズに魔力を動かすことができるようになってきた。


「じゃあ、父さんの右手を外すぞ。レミから父さんに向かって魔力回路の中の魔力を流し出すんだ。」


 父さんは、僕のことをちゃんとレミって呼んでくれた。なんだか少しうれしくなって、頑張って回路から魔力を流し出した。体がスーッと軽くなった。お腹が空いているのが嬉しい。


「よし。父さんもすっきりした。腰が痛かったのが良くなった気がするし、首や肩も軽くなったぞ。レミ、ありがとう。明日も、同じくらいの時間に来るからな。吉田さんの都合が付いたら、魔力を流す練習をするから、その時は、凜の振りをしてくれよ。」


「分かった。父さん以外と話す時は凜の振りをしておくね。でも、父さんは僕のこと忘れないでよ。僕、あっちの世界の父さんのこと思い出せないんだ。自分のことも。だから、父さんに僕のことを忘れられたら、僕は僕じゃなくなるみたいで怖いんだ。だから、忘れないでよ。僕のこと。」


「大丈夫だよ。お前は、レミで、凜は異世界に行ってるんだ。お前が忘れているって言っている異世界のことも、もしかしたら何かのきっかけで思い出すかもしれないし、思い出したら、凜とレミの関係も分かるかもしれないだろう。無理はしなくていい。兎に角、病気を良くすることを考えよう。美味しいご飯をお腹いっぱい食べられるようにな。」


「分かった。僕、頑張るよ。それに、母さんにも早く会ってみたいし、蘭にも会いたいからさ。」


「ありがとう。父さんもみんなで家でご飯を食べることを楽しみにしてるよ。じゃあ、帰るな。また、明日だ。」


「うん。」


 父さんが帰ると急に病院が静かになった。1時間位して吉田さんが夜の検温だといってやってきた。もう検温を拒否することはしなかった。差し出された体温計を黙って脇に挟んだ。一度、経験したから怖いことは無い。少しくすぐったいだけだ。


「凜君、どうしたの?やけに静かね。」


「う?うん。さっき、父さんと治療のグルグルをやったから少し疲れたのかな。」


「ああ、あのグルグルね。凜君、あれ、またやってくれない?あの時は、何故か肩こりや首残りがスーって良くなったのよね。暫くは、本当に調子よかったんだよ。また、少し肩こりが辛くなってきたんだよね。腰痛も少しあるし…。今日じゃなくていいから、お願いね。」


「あ、ええっと、父さんがいる時にしなさいって言われているから、父さんがいる時に一緒にしよう。」


「えっ?本当。じゃあ、明日、凜君パパが来たら、グルグルに来るからね。きっとだよ。」


 うぁー。予約されちゃった。吉田さんって魔力移動の治療やったことあるんだ。そう。今来たのは、担当看護師の吉田さんだ。こっちの世界の人の名前はなんか覚えにくいけど、大丈夫。凛の記憶の探り方が何となくわかってきた。


 あっちの世界のことは、全く、全然思い出さないけど、凜の記憶を探ってこっちの世界のこと少しでも分かるようになっておかないといけないな。一人で隠れている時は、怖いだけだったけど、こっちの世界ってそんなにおっかない物が居ないのかな。居ないみたいだな…。


 お腹は空いたけど、そんなこと考えている間に瞼が重くなってきた。そして、いつの間にか深い深い眠りに落ちていった。

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