第16話 夜空に見えるのは欠けた月?
夜になっても、お腹が痛くなることも気分が悪くなることもなかった。ロジャーに治療は?って聞いたけど。完治したから必要ないって言われた。窓の外に月が見えた。丸くない月だ。
「ロジャー、あれって月なの?」
「おう。そうだぞ。あれは月だ。」
「どうして、丸くないの?何か変な形してるよ。」
「あれか?あれは、昔々誰も知らないくらい昔のことらしいのだがな。二人の神が、空に浮いている月に向かって投擲をして腕を競ったらしいのだ。」
「ええっ、月を的にしたの?」
「そうだ。一人目の神は、月のちょうど真ん中に当てたのだがな。投擲した短剣が小さい物だから地面から見えなかったのだと。」
「もう一人の神は、ちょうど真ん中ではなく、少し端っこに当てたから月をあのように削り取ってしまってな。」
「へぇ。じゃあ、どっちの神様が勝ったの?」
「両方とも自分の勝ちだと言って譲らないままで、壊れた月もそのままに喧嘩別れをしたのだそうだ。だから、今でも月はあんなふうに端が欠けたまま空の上にあるのだそうだ。」
「でもね、ロジャー、月って本当は、この星の外にある別の星なんだよ。知ってる?」
「そうさな。昔聞いたことがある気がするな。そう、ずっと昔な。」
「…。」
「さあ、そろそろ、眠りなさい。明日は、また別の錬金術工房に行くんだろう。」
「うん。もう寝るね。寝たら、病院に帰るのかな…。地球でも病気は治ってる?」
「どうだろうな。地球でもアイテムボックスに物を収納して、アイテムボックス・オープンの呪文を唱えたら、良くなると思うぞ。だから安心して寝るのだ。いいな。お休み。」
「うん。お休みなさい。」
僕は、目をつぶると直ぐに眠りの中に入り込んでいくのが分かった。暖かいベッドとシーツ、そして、安心できる部屋の中で…。
******************************************************************************************************************************************
『タッタッタッタッ…』
柔らかい靴音が近づいてくる。
「凜君、そろそろ起きて下さい。検温の時間ですよ。」
(僕はリンなどではない僕は…、レミ?そうレミだ。何故か、昨日、目を開けて、この世界を見てしまってから、何を言われているのか分かるようになった。でも…、でも、僕は、リンなんかじゃないし、ここで目を開けては危ないと思う。だから、寝たふりをしておかないといけない。)
「ええっ…、どうして目を開けないのかな…。検温しますよ。良いですね。」
僕は、目を閉じたまま、でも僕に話しかけている女の人には悪意は感じない。優しく僕の手を上げると何か冷たい物を脇の下にはさんできた。
「冷たい。」
「もう、やっぱり起きてた。ちゃんと返事をしてね。」
「あっ、吉田さん…。」
顔を見ると名前が分かってしまう。それって僕の記憶じゃない。それなのにどうして…。なんだか混乱して、またきつく目を閉じてしまった。そんなに急に眠くなることなんてないのに。
「凜君、どうしたの?ご機嫌斜めですか?お腹が痛いの?」
僕はフルフルと首を横に振った。お腹はいたくない。まだ、痛くない。ここでお腹が痛いなんて言ったら、先生が来て面倒なことになるのは分かっている。だから、返事をしないといけない。目をつぶったまま首を振って布団に潜り込んだ。暖かくて暗くて安心できる場所に早く戻りたい。
僕は、布団の中に潜って静かにしていた。それでも、暗くて暖かい場所に戻ることはできなかった。いつまでたっても布団に潜り込んだままだった。時間は中々すぎて行かない。一度、みやざきせんせいって言う人が来て、お腹を触ったり、聴診器を当てたりした。痛みはないか聞かれたけど頷いただけ。なんか話をするのが怖かった。何かが起こりそうで…。
『カッカッカッカッカッ…。』聞き覚え?がある靴音。僕の記憶じゃない。違う人、多分凛の記憶…。靴音が近づいてくる。
「ただ今。おい、お父さんだよ。」
「寝てるのか?昨日も寝てたからな。おい、凛。」
僕は、答えない。答えると何か大変なことが起きる気がする。声は聞こえている。なんと言っているのかもわかる。昨日までとは違う今日が怖い。目を開けて、目の前にいる人を見るのが怖い。誰だかは分かる。声を知っているから。でも、目を開けてみてしまうと、僕が僕でなくなるみたいで怖い。だから、絶対見ない。怖い。
「どうした。そんなに力を入れて…。起きてるんだろう。なんか怒っているのか?昨日はな。早く帰らないと、いけなかったんだ。だって欄の誕生日だったんだぞ。お前も、退院出来てたら良かったんだけど、誕生日位一緒に祝ってあげないとかわいそうだろう。まだ5歳なんだからな。さあ、手を出して、ちゃんと治療しておかないとせっかく良くなってきているんだからな。」
父さんが僕の手を取った。僕は無理に力を入れて抵抗することは止めた。暖かくて優しい手だったから。
「父さんな、お前が寝ていても魔力を動かすことが出るようになったんだぞ。でも、お前が協力してくれなかったら、魔力を全部受け取ることができないからな。じゃあ、始めるぞ。」
父さんが魔力を動かし出した。父さんから貰った魔力に押されるように僕の中の魔力が動き出す。
「そうだ。凛。魔力を動かして、お腹の下まで動かすんだぞ。そこを回してグルグルグルグルだ。」
父さんが言うように魔力が動いている。魔力回路の辺り、いつも魔力が滞って痛み出していた所の魔力が動き出す。そして、僕の右手から父さんの左手へ移っていった。
「おお、来たぞ。戻ってきた。もう一度、少しずつ早くたくさんの魔力を父さんの方に送り出すんだ。」
グルグルグルグル少しずつ魔力は勢いを増して、滞っていたものを押し流していく。グルグルグルグル…。父さんが僕の左手を離した。勢いよく流れた魔力が父さんに流れ込んでいった。そして、僕の中には戻ってこない。魔力が溜まりすぎてパンパンに硬くなりそうだった魔力回路は滞った魔力を流し出して、スカスカになった。下腹部がほんのりと温かい。痛みもないし少しお腹が空いている。
「父さん、僕は凜じゃないんだ。」
「え?」
暖かく優しい父さんの左手を握りしめて僕はそう叫んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます