第5話   流転

「娘のオミネは、やさしい子でいつもわたしの傍らにいて・・・同じような年頃の娘さんを死なせてしまうとは・・・」

「娘さんのお名前は、オミネさんと申されましたか?」

「はい、オミネです」

「二代目市兵衛さん、良く聞いてくださいよ。あなた様に薬を取られ大川に落ちた女の名もオミネといいます」

「えっ、なんですと・・」

「オミネはわたしの姉。つまり拙僧は、飯田村の留吉の倅でオミネの弟ということになります」

「それでは、生き物に咬まれたという弟さんと言うのは」

「わたしの事です」

「なんと!」

「そして姉のオミネも死んではおりません。今は、働き盛りの子が三人もいます」

「えっ・・・どういうことですか?」

「姉は、確かに大川に落ちたと言っておりましたが、その後どこかの親子に助けられ、数日後に飯田村に帰ってきました。わたしは、その時分には、熱も退き、身体の具合もだんだん良くなってきましたので、特に周りで騒ぎたてる人もいませんでしたが、夢の中では白い生き物からお話を聞きました。そして僧侶になるよう言われ、百姓をやめて僧侶になり、今はこの近くの寺の住職となっております。そして昨日の事ですが、久々に白い生き物が夢の中に現れ、今日ここに来る様に言われました。恐らくあなた様に全ての事を知らせる為に私を使わしたのだと思いますが・・・」

「あれから、かれこれ、三十三年・・・随分長かった」

「三十三年・・・あなた様は白い生き物は三十三年ごとに飯田村に現れ、人を咬んでから消えるという伝説をご存知でしたか?」

「いいえ・・・、ではわたしは、オミネを飯田村に向かわせたと言うことは・・・」

「ご主人、早く行って上げなさい。娘さんを飯田村に入れてはなりません。それは市兵衛さんしかできない事のように思えます。白い生き物はあなた様を試しているのかもしれません」

それを聞くや否や、二代目市兵衛は、自分の足が悪いのも忘れ、必死にオミネの後を追った。

それは、身体中の力と言う力を振り絞り、オミネの為に命を掛けた市兵衛の姿であった。


一時もするとオミネが道祖神の前で座っているのを見つけたのだ。

二代目市兵衛は、三十三年前のあの日の出来事と何ひとつ変わらず、そっくりな場面に出くわしたのだ。

「オミネ・・・オミネ・・・」

「お父さん、どうしたの?」

「大丈夫か、オミネ」

「お父さんこそ、大丈夫なの?・・え?走って来た・・・よ」

「オミネ、お父さんは・・・お父さんは昔、悪い人間で、ここでこの同じ場所でお前と年も名まえも同じ娘さんから、金子一両二部三朱奪い、弟を助ける為に飯田村から佐野屋に来てやっと手に入れた薬も奪い、そのせいで娘さんが大川に落ちたのに誰にも言わず隠して今まで生きてきた。今日全てが分かり全て話すことが出来る。死んだお母さんにも報告するし、店の皆にも」

滂沱の涙を流しながら父はオミネを抱きしめた。


「オミネこんな父を許してくれるか?」

「お父さん、よく分からないけれど話してくれて、有難う。お父さんが何かに苦しんでいることは、時々感じていたのよ。でも今は嬉しそうな感じがするわ」

「お父さんはね、長い間の胸の使い棒が取れ、嬉しいのだよ」

「本当?」

「ああ、本当に嬉しい」

「お父さん、実は大事なお薬を途中で無くしたみたいなの」

「そんなことか・・」

「え?そんなこと?」

市兵衛は涙をぬぐって天を仰いだ。

満点の星、そして大川を滔々と流れる水の音がした。


二人の佐野屋主人市兵衛と二人のオミネの不思議な物語はここで終わるが、昔犯した罪に苦しみ続けた市兵衛の人生は、生々流転のようであったのかもしれない。

始めの罪は、一滴の水のようだったにしても、それが徐々に集まり、やがて川となり、巨大な流れを作り、最後は、海に引き込まれる。長い年月をかけ、海の水は空に上り、集まって雨雲となり、再び一滴の水になり地に落ちる。

それは、いつか巡り巡って、元のところに降り注ぐように、人生は、繰り返すのかもしれない。

そして一度汚れた身も心も、再び清浄となった一滴の水から始まるに違いない。



終わり

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蛇の目峠の道祖神 伊藤ダリ男 @Inachis10

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