第4話 二代目市兵衛の告白
娘は出て行って間もなくのこと。
うな垂れた父親が杖を横に置き、ひとり座っていた。
「どうなされた?」
そう声をかけられ、顔をあげると、お坊さんがひとり。
「・・・・」
「何をそんなに苦しんでおられるかな?」
「わたしは、この娘を殺しました。いいえ正しくは死ぬように仕向けてしまったのです」
「この娘とは?どこにおられるかな」
「目の前に・・・」
「あなた様には、ここに娘さんが見えるのかい?」
「えっ?では、お坊さんには見えないのですか?」
「拙僧には、水に濡れた着物しか見えませんが・・」
「そんな筈はない。だって先ほどまでわたしの娘もいて、この方が川から流れてきたのをみて、引き上げたばかり・・・」
「で、その先ほどまでいたあなた様の娘さんは、今どこに・・・」
「急いで、飯田村に使いを出しました」
「飯田村?もう少し拙僧が分かるように話してくれませんかな」
そう言われ、三十三年前の出来事を噛み締めるように話した。
今の自分は薬問屋二代目佐野屋の主人であるが、若い頃は酷いもので、十歳で丁稚に入り十年もすれば、普通なら手代になる筈が、素行が悪いと言われたことに腹が立ち、爪弾きにされたような気がして、その内ごろつき仲間と遊ぶようになった。
そして祭の夜、蛇の目峠のすぐ側で賭場が開かれるということを小耳に挟んで、店の金一両をくすね、倍に増やすつもりが半時も持たなく、後は、すっからかん。
面白くないので、その辺をぶらついていたら、若い娘がひとり歩いているのを見つけ後をつけた。
その女が道祖神の前に座りお弁当を食べているのを見たら無性に腹が立ち、娘に声をかけた。そして一両二分三朱のお金を巻き上げ、それでも何か持っていそうで胸に仕舞いこんでいるものを無理やり奪った。
大事にしているものは木箱で、中身の臭いを嗅いだら凄く臭かったので、川に向かって捨てた。「その時、娘は、病気の弟の薬だと言っていたが・・・まさか、その箱を手に入れようと大川に落ちるとは・・・」
店へ戻ると番頭さんや、手代や丁稚たちも皆お祭から帰っていた。
旦那様が先ほど飯田村から病の弟の為に薬を取りに来た健気な娘さんの事を話してくれた。
そして旦那様が昔、その娘さんの父親に助けられたことがあったこと、今まさにそれを返すことができたことなどを知った。
薬問屋に働いて十年、旦那様の拵(こしら)えた薬を薬とは思わず、捨てしまったことはもとより自分の浅墓な欲望によって小さな命を奪ってしまったことが恐ろしく、悲しく、やりきれなく、旦那様の話を聞いていると涙が次から次へと流れてきた。
結局娘さんの死体は上がらず、飯田村から何も連絡がなかったが、胸の苦しさが消えることが無く、その苦しみを打ち消す為に、その後一生懸命に働いた。
薬の勉強もした。
それが旦那様の目に認められ、丁稚から手代へなることができ、店の切り盛りの手伝いをした。三十の半ばを少し過ぎた頃、番頭さんが暖簾分けして出て行くと、今度は自分が番頭になり、その後良縁にも恵まれ、伴侶を娶り、遅いながらも娘が出来た。
その後主人佐野屋市兵衛は、他界し、私が二代目となった。
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