第3話   消息盈虚(しょうそくえいきょ)

どんどんどん

どんどんどん

盆踊りの太鼓の音がする

「お父さん、足痛くない?」

「お前が支えになってくれているから大丈夫だよ」

「私は、もう十五よ。一人でいけるのに・・」

「いけません。お祭の夜というのは、お酒を飲んでいる人が沢山いるし、もしお前がそんな男たちに乱暴でもされたら堪りませんからね」

「はいはい。分かりました。では、今日はお父さんの御守り役ということでお祭見学いたしましょう」

「では、御守役殿、この父を宜しくお願い申上げ奉ります。あはは・・」

仲の良い親子連れが祭りの太鼓の音を頼りに川沿いの道を歩いていた時のこと。


「あら?何かしら?」

「・・・女の人の着物が流れているなぁ」

「いやだぁ・・・あれは、人よ」

「早く助けないと・・」

親子は、急いで近付き、あらん限りの力を振り絞り、川に流されている着物の女を引き上げたのだ。

「お父さん・・・」

「もう駄目だ。死んでいる」

二人は、手を合わせた。

「お父さん、この女の人は私と同じくらいの年頃。誰だろう?この辺の娘じゃないし、着物の柄も違うし、それに何か手に持っているみたい」

父は、横たわる女の持っているものを取ろうとしたが、よっぽど大事に持っているらしく、強く握られていた。女の指を曲げ難儀しながらそのものを手から取り上げた。

それは、小さな木箱であった。

何だろうと箱を揺すり、中の音を確かめ、箱を開け、臭いを嗅いで見たら、この世のものではない臭いがする。

「これは、ひょっとして何かの生き物から抽出した薬、しかも先代の主人市兵衛の作った薬箱に入っている・・・いつだったか、一度この匂いを嗅いだことがあるが・・」

そう言うと、父は崩れるようにその場に跪(ひざまず)いた。

三十三年前の今日の出来事をしっかりと思い出したからだ。

「これは、白い生き物から抽出した毒から作ったお薬だ。一刻も早く飯田村に行き、白い生き物に咬まれた子供がいるからこの薬を煎じて飲ませてくれ。命が助かるかもしれない」

「これから、飯田村へ行けば良いのですね」

娘は、父のただならぬ表情を読み取り、なにも聞かずただ従うことにした。

「丁稚や手代は、祭で皆出かけているし、私はこの足だ。すまないが暗い夜道お前一人で行ってくれないか」

「分かったわ。お父さんは、どうするの?」

「私は、この人の側にいるよ。誰かが、通ったら声を掛け、お寺まで運んでもらうよ。」

「飯田村は、山を二つ越えるのね」

「そうだ。道に迷ったら大川を左に見て真っ直ぐ行くんだよ。ここからひと時ほど行くと蛇の目峠の手前に道祖神が有るはずだ。蛇の目峠に入らず、すぐ手前の道へ入り山越えをしなさい。早く行くんだよ」

娘は、父の言う通り急いで行った。

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