第2話   蛇の目峠

「暗い夜道は危ないのでお供をつけるから手代や丁稚が帰るまで待っているように」

佐野屋の市兵衛は、オミネの身を案じ何度言ってもオミネは聞かなかった。

「一刻も早く弟にこの薬を飲ませたいので・・」

「せめてこれだけはもって行きなさい」

おかみさんは、オミネにお弁当を持たせた。

しかも代金は、昔助けてもらったお父さんへのお礼ということでと、取らなかったのだった。


大事な薬の入った小箱と金子を懐に入れ幾度もお礼をするオミネに佐野屋主人は、こう述べた。

「いいかい、道に迷ったら大川を左に見て真っ直ぐ行くんだよ。途中、蛇の目(じゃのめ)峠を通るが、ごろつき者が出ると言う噂もあるから、その手前から山越えしなさい」


オミネは、月明かりを頼りに市兵衛の言った通りに大川を左手に見て、ひと時ほど歩くと蛇の目峠に入る手前の道祖神を見つけた。

漸くここまで来たのだと心に安堵が生まれると、オミネは何も食べていないことに気付いた。そしてその道祖神の前にちょんと座り、佐野屋のおかみさんが作ってくれたお弁当を開いたら、

良い匂いがする。

近くには川が流れ、道は間違っていないこと、そしてこれからこの手前にある山道から山越えをすることを考えた。

「間違ってはいない。大丈夫だ」

オミネは、お弁当を一口食べると、ふと近くに誰かがいる気配を感じたのだ。


「どなたかおりますか・・・」

「・・・・」

「どなたかおりますか・・・」

「・・・娘さん、ひとりかい?」

と言う低い声に佐野屋主人の気を付ける様に言われた「ごろつき者」が頭を過ぎり、オミネはその場を逃げようと立ち上がった。

その拍子で弁当はひっくり返り、必死で逃げようと二歩、三歩出たところ腕を掴また。

「ひとりかい、と聞いているのだ」

「ハイ、ひとりです。お助け下さい」

「なあに、今日は町で祭があるって言うのによう、こちとら、金がねえんで、退屈していたところ、ちょいと恵んでもらえりゃ、命まで貰おうってえわけじゃねえ」

「お、お金は差し上げます」

懐から一両二分三朱を取り出した。

「おっ、随分景気のいい話じゃねぇかよ。うれしいね」

「それで全部です。助けて下さい」

「本当にこれで全部かい?」

「はい」

「嘘を吐くんじゃねえ、嘘は泥棒の始まりって言うんじゃ、ねぇか」

「嘘じゃありません」

「それじゃ、さっきから、大事そうに懐に隠しているもの、それはなんだ?」

「・・・」

「気になるじゃねぇかよ、出しな」

「これは、薬です。弟が病気なので、この薬を持ち、今急いで家に帰らなければなりません。」

「急いでいると言ったって、おめえは、今ここで座って飯食っていたろう。俺は、この目でちゃんと見たんだよ。この嘘つき女」

「この薬だけは、差し上げることができません」

「黙りやがれ」

無理やりオミネの懐に手を入れ小箱を掴み取ったその男の恐ろしさにオミネは震え地べたに座り込んでしまった。

男は、何だろうと箱を揺すり、中の音を確かめる仕草をした後、箱を開け、臭いをかいで見ると、生き物から抽出したこの薬は、この世のものではない酷く腐った臭いがした。

男は「くせぇ」と叫び、箱ごと川をめがけて投げたのだ。

「あっ」

オミネは、その場所が崖になっていることも忘れ、箱を追ってそのまま身を投じた。

間もなく“どぼん“と川に落ちた音がしたのだった。

「ちっ、俺が悪いんじゃねぇぜ」

そう言うと男は、闇に消えた。

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