夜深し

@osenyo

第1話

男は夜更かしであった。度々眠る機会を失ってはその夜を浪費する。そしてそのたび自らを振り返っては取り留めのない思想に沈溺するのであった。

男は平凡だが幸せな家庭に生まれた。

明るい母と頑固で正義感の強い父、要領の良い兄と勤勉な姉がいた。肝心の男には何もなかった。いや、何にも自信がなかったと言うべきか。男はいつも自らの物差しで自分を測り、自らを"普通"と言うのだ。確かにそれなりに意地汚い部分もあり、それなりに良心もある。

苦手なことは殆ど無いが得意なものも無いらしい。それなら他人からの評価も平凡であろう。

そして男は沈溺の中、自らの普通についてああだこうだと考えるのだ。若さゆえの過ちだとか行動だとかを振り返り、それなりの良心から眠れなくなるのである。

男は1つだけ、自分が普通でないと確信していた。男は稀代の小心者だったのだ。

自らの弱さに気付きながら、持ち前の小心さが克服に横槍を入れてくる。そうして失敗体験を何度もするうちにすっかり自信を喪失してしまったらしい。そうして、自らを"普通で弱い"と言うのだ。

しかしここで終わるほど沈溺は浅くなかった。

次には弱さについて考えだしたのである。

小心者は弱虫か、怒りん坊は弱虫か、泣き虫は弱虫か。全て弱虫である。

弱さと言うのも人間が作り出した概念であり、誰もが一つくらいは該当して当然だ。

その中でも弱さの部分が見えやすい人間を弱虫と呼ぶのである。なんと浅はかなことであろうか。この調子ではいつまでも寝られないので此処までにしておくか。

こんな調子で自信のない男だったが、信念はあった。余裕のある男で居ようと。

この余裕とは、常に自信ありげに振る舞うようなものではなく、他人のミスを許せたり、思いやりができたり、自分のミスは謝れたりするようなものである。

そのうち、普通で弱い男は自己表現をしたくなった。普通だとか弱いだとか、信念だとかを誰かに聞かせてみたくなったのだ。

しかし、そういえば男は小心者であった。

馬鹿正直に言葉で言えるはずがない。

そこで男は歌を歌った。元来歌は好きであったが、感情を乗せて歌ってみた。

取り留めのない、形のない感情だが、形のない歌になら乗せられると思ったのだ。

しかし歌というのは難しいものだ。思ったように表現ができなかった。

次に男は書を書いた。しかし男にはたった数文字で感情を表現できるほど巧くなかった。邁進あるのみだな。

そうして今、私は文章を書いている。

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