第3話 腐女子と家族の話。

「ただいまー」


「おかえりー。もうご飯できてるからすぐ来てー」


「はーい」


 キッチンから兄の声がした。

 だがそれどころではない。

 私は手を洗ってから二階の自室へ走る。


 ふふふ。…………腐腐腐。いやキモいな。


 ……ふふ。

 すまない。キモいと思っても、このニヤつきは押さえられないのだ。


 何を隠そう、私はついに手に入れた! 念願の薄い本を(R18ではない)! なんという至福!


 はい、そうです。私がいつもビビって電子書籍だったミズホちゃんです。

 でも今回は特典が欲しすぎました! 特典万歳!


 今日が発売日ということで、丁度部活が休みだったのもあって学校帰りにひとっ走り(電車です)行ってきたんです。……そう、我らの生息地に!


 ずっと追ってた神作品が本になる。それを自分の手元に置ける。ああ、なんたる幸せ。


 ところが一つ、問題がある。


「ど、どこに隠そう」


 男子高校生がえちちな本をベッドの下やクローゼットの奥に隠すように、世の腐たちは薄い本をどこに置いているのでしょう。


 あ、本棚の奥はどう? でも多分定番だよね……。いや、うん、ここにしよう。

 

 見てください。どうですか、私の本棚は! ズラっと並んだ少年少女マンガや小説は!

 うんうん、そうでしょう。とても美しいですよね。


 この聖なる場所サンクチュアリに、これまた美しい、この薄い本が追加されるのです。

 ただ、美しすぎるのでこれは本棚の奥。つまりは二列目に並べておきます。


 おほほ。なんて素晴らしい。


瑞穂みずほー! まだー?」


「今行くー!」


 兄からの催促。私は自室を出て、階段を駆け降りた。


 この時、私はまだ知りませんでした。

 これからあの聖なる場所に、薄い本がどんどん追加されていくという、素敵な未来を。

 それと同時に、お財布が寂しくなっていくという、恐ろしき未来を。




「「いただきます」」


 夕飯は、肉じゃが、きのこの味噌汁、かぶのおひたしだった。日本食好きには堪らない。

 これらは全て、長男の恭平きょうへいが作ったものだ。家庭的すぎる。早めにお嫁にいきそう。


 恭平兄さんは、大学二年生。朝早くから夜遅くまで働く母と、単身赴任中の父に代わって家事をこなしている。

 私も、出来る限りやっているつもりではある。でも兄さんからしてみたら、そんなの微々たるものなんだろうな。


「今日部活休みだろ? どっか行ってたのか?」


 ギクッ。アニ○イト行ってたとは、い、言えない……!


「あー、……友達とお茶してました……よ?」


「そっか。楽しかった?」


「う、うん!」


 セーフ!

 何買ったの? とか聞かれたら誤魔化せる気がしませんのでね。


「ねえねえ、涼平りょうへい兄さんは?」


 早めに話題変えとこ。


「一回帰ってきたんだけどね。荷物置いてまた出てったよ」


「ふーん」


 兄さん今日は友達宅で外泊なんだろうな。あくまで予想だけどね。


 涼平兄さんは、私の一つ上の高校三年生。在学校は別である。


 そして、なんということでしょう。彼は高校進学とともに、ヤンキー化していきました。

 やー、でもヤンキーというよりは、ちょっとだけ厳つくなったというか。……それをヤンキーと言うのか。


 うちにもちょくちょく友達連れてくるんだけど、チョビットだけ怖いから頻度少なめで頼む。


 ……てかこんなに近くにヤンキーという名のリア充いるんだよ? 私惨めになっちゃうよ。


「瑞穂、明日朝練?」


「うん。あ、でも明日は購買で買うから大丈夫」


「そっか」


「うん、ありがと」


 明日のお弁当のために早く起きようとしてくれたみたい。

 この人私の兄でーす。優しすぎるのが怖いでーす。


 恭平の兄貴、一生ついていきやす。

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