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チーカマコーヒー港からツケモノカプチーノ港までの船旅を終えて、わたしたちは二日ぶりに地面に足をつけた。
「はあ〜、船に揺られるのも良いけど、地面に足をつけるとなんだか安心するなあ」
「変わった感覚してやがんなシアノお前。俺様はどっちだろうが心配したことなんざねえから、その感覚はわかってやれねえぜ、なにせ俺様ってば強えかんよ!」
「強いねーナルボリッサは」
「おうっ!」
さて。ナルボリッサもご機嫌のようだし、ササッと早めにこのツケモノカプチーノ港から出ないと。バレたくないバレたくない。
勇者だってバレたくない。
「さ、行こうナルボリッサすぐ行こう!」
「は? もう行くんか? いやおい店とか見ようぜ??!」
「ええ……」
ナルボリッサからのリクエストに、わたしは背中の剣に小さく問い掛けた。
「……でも、時間ないんだよね?」
「ううん、ここまで来れば、時間的な余裕はあるよ」
「そうなんだ」
そうなんだ……わたし個人としては、人が多い場所に長居したくないし、ついでに顔に布を巻いて歩き回るのは正直息苦しいのだけど……時間に余裕があるって言われちゃうと、個人的な理由でわがままを言うのも難しいし、なにより純粋に純粋なナルボリッサのリクエストにも答えてあげたい。ぐぬぬ。
「……じゃあ、少しだけ見て回ろうか」
「おっしゃ!」
と言っても、時間的な余裕があったところで、残念ながら金銭的な余裕はない。クウキが討伐してくれたトンボコロシの報酬だけで節約してここまで来たけれど、今更になっちゃうけど、もう少し貰っておけば良かったかなあ。
20000ペイズあれば、たとえ情報を買っていたとしても一年くらいは足りる計算だったけど。
それも仕方ないことかもしれない。だってあの時はわたしとクウキだけ(あとピンボケさん)のパーティだったのだから。今は人数も増えて、それなりに出費は増えたから、言い訳になっちゃうけど仕方ない。
でも、クロエが一緒だったら、食費とか服とかの心配はないんだけれどね。出してくれるもん。お金じゃなくて現物を出してくれるもん。
「手持ちは……あと1200ペイズ。だいぶ心もとないなあ」
お金がなくても生きて行ける知識は身につけているけれど、流石にこの所持金額は心もとない。
「1200ペイズ……じゃあ日本円だとおよそ500円くらいかな」
僕の時代は円じゃなかったけど——と、トキヨ。
背中のトキヨが小さく呟いたけど、ニホンエンっていうのは、故郷の通過なのかな、たぶん。気になるけど、人通りがあるこの場所では自重する。
でも本当に、お金がないのは心細い。なくてもなんとかなるし、旅をしているから沢山あれば良いってモノでもないけれど、何かあったときに宿泊できるくらいの金額は持っておきたい——というのがわたしの考えだ。
今の所持金では、一泊すらも出来ない。それどころか安いパンを三つ買えるか買えないかのレベルだ。
ちょっと高いパンだったら一個も買えない。
「……あれ? ナルボリッサは??」
少し目を離したら、ナルボリッサが居なくなっていた。嘘でしょ!?
「ナルボリッサさんなら、港町をゆっくり一億周してやんよ、って呟いて行っちゃったよ、あはは」
「なぜ行かせちゃったの……っ?」
あと一億周はし過ぎだよ、ナルボリッサ!
居なくなっちゃったから伝えられないけど、ゆっくり一億周もしたら数年以上の時間使っちゃうよ、って一応脳内で突っ込んだわたしは、ナルボリッサを見逃したトキヨの言い訳に耳を傾ける。
「だって、こんな人通りがある場所で僕が大きな声を出すわけにもいかないからね、ご覧のとおり僕は剣だしさ」
正論だあ! 全くもって正しい解答にぐうの音も出ないよ。
わたしとは距離も近いし小声で会話しているし、さらにわたしは顔に布グルグルだから多少の声なら周りの人にはバレないけれど、そりゃあいざナルボリッサを止める、ってなるとそれなりの声量は必要になって来ちゃうもんね……困ったなあ。
「……大丈夫かな……ナルボリッサ……」
ナルボリッサ、万引きとかしないよね……??
しない。しないと信じよう。仲間を信じよう。
正直に言っちゃうと、クウキなら言い訳に屁理屈を並べてしそうだけど、ナルボリッサは大丈夫だと思う。
「でも早く探さないと!」
と、わたしは走り出そうとした——が。
「…………いや」
考えを改め、立ち止まる。ナルボリッサは万引きなんてしないと信じたわたしが、今すべきことを考える。
テント設置係り、料理担当——その二つをクロエに譲ってしまった現状のわたしの立場は、弱過ぎる勇者でしかない。
一応わたしのパーティではあるけれど、わたしこそが一番のお荷物になっている。元からだけど。
だけど、そんなわたしに残された役割がある——そう、お財布だ。
パーティのお財布。それがわたしなのだ。わたしイズ財布!
「ねえ、トキヨ……わたし」
人目のない場所まで歩き足を止め、わたしはトキヨに言った。
「わたし……魔物を討伐しようと思うの」
わたしに出来るかなんてわからない。でも、お財布の役割を担っている以上、わたしがやるべきことだ。わたし以外に適任なクウキはここには居ないし、いつまでもクウキに甘えているわけにもいかない。
甘えたままのわたしで居たら、いつか叶えたい目標の、わたしは勇者だよ,って名乗れる日は永遠に来ないんだから。
「うん、その言葉を待っていたよ、ユーシアノさん」
わたしの言葉にそう言ったトキヨは、魔法で紙を出現させ、わたしの手元に落とした。
「とりあえず今のきみが狩れる魔物を僕がリストアップしてある」
「なにその準備の良さ……」
「あはは。あらかじめ、ユーシアノさんがそう言うって信じてたからね」
信じていた——たぶん違うと思う。
知っていた——だと思う。トキヨが生前(?)クウキと同じ魔法少女で、未来を本にして読めたことは聞いている。だからわたしの言葉も知っていたのだろう。
あるいはわたしから言い出さなければ、ひょっとしたら未来が良くない方向に変わっていたのかもしれない——そう考えてみると、ちょっぴり怖い気もする。いや言い出したから良い方向の未来に向かっているなんて保証はないけれど。
ともあれ、わたしは渡された紙を見る。リストアップされている魔物の名前を確認する。
「……………………」
リストアップ。リストアップって言われたから、複数の魔物の名前が書いてあるのかな——って、勘違いしちゃったけれど、リストに書いてあった名前はひとつ。
そのひとつの名前に、わたしは言葉を失っている。
イッヌーコ。異なる二頭を持つ、四足歩行の魔物。
火を吹き、氷を吐く魔物。わたし程度の力量から見れば、とても強い魔物。
報酬——100000ペイズの大物である。繰り返しになるけど、わたしからすれば、大物。クウキやナルボリッサやクロエだったならば、余裕どころか三秒とかで倒しちゃうかもしれない。
だが、わたしには強敵だ。挑む勇気は…………。
「…………わかった。力を貸してくれるかな、トキヨ?」
「もちろん。対人以外の経験を積むには丁度良い相手さ」
勇気はない——が、責任感はある。財布として。
わたしは稼げる財布になるんだ! がんばろーう!
そして今夜はわたしがみんなに奢るんだ! おー!
※※※
「たくっ、シアノの野郎ハグれやがって、仕方ねえやつだぜ」
俺様がちょっと歩き出したら、すぐに居なくなりやがった。
迷子の天才かよあの野郎。つーかどこなんだよここ畜生っ!
「……船があんな」
そりゃあるだろうな、港だしよ。船がねえ港なんか港じゃねえだろ。んなもんただの町でしかねえ。
「ん? なんだありゃ?」
造船所っぽい建物の中で、船乗りの野郎どもが盛り上がってやがる。
「ぶちかませー!」
「やっちまえー!」
などなど、俺様がそそられちまう乱暴な言葉が聞こえてきちまったら、んなもん近寄って覗いて、なんなら俺様もぶちかましてやる側に立たせて貰おうじゃあねえか——って気持ちを丸出しにして、俺様は造船所に足を踏み入れた。
「おい、なにしてんだ、こりゃあよ?」
一番近くにいたおっさんに話を聞く。
「なんだあ嬢ちゃん? お嬢ちゃんもアームレスリングに興味あんのかい?」
「興味はねえがぶちかまして良いって言うなら、この俺様がぶちかましてやんよ、ああぁん!」
「へっ、威勢の良い嬢ちゃんだ気に入ったぜ」
おっさんはそう言うと、
「おうテメェら、この嬢ちゃんも参加させてやんな!」
と、俺様を集団の中心に押し出した。
「ガキじゃねえか、おいおい怪我しても知らねえぜ?」
一人の男が俺様に舐めた口を利きやがった。つまり戦争だ。
「アームレスリングなんざ、誰が相手になろうとも俺様が相手しちまえば雑魚になっちまうぜ? てめえら雑魚になる覚悟あんのか? ああぁん!」
「おもしれえ……なら俺が相手してやんぜ嬢ちゃん。この造船所でナンバーエイトの俺がな!」
「すげえなてめえ……八番手の分際でそこまで威張れるっつーのはある意味強者だぜ。ま、誰が相手でも雑魚には違いねえがよ、あっはっは!」
「生意気な……よし嬢ちゃん、リングにアームを上げろや」
面白えから、俺様はアームレスリングでも強えことを証明してやんよ。俺様の強さを見せつけてやることにした。
「腕は折らねえから安心しな、お嬢ちゃん!」
「おもしれえ——じゃあ俺様も腕は勘弁してやるぜ、八番手の野郎」
そのうち迷子になったシアノの野郎も見つかるだろ——と。ちょっとばかし遊んでやることにした俺様だった。
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