わたしの強さ
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きっちり二日後、私は下水道に設置もとい放置したピンボケさんとサカヅキさんを回収しに、長居したくない下水道に向かいました。
お二方とも普通に居ました。まあ誰も来ませんからねえこの下水道、盗難の心配ゼロです。無事、防衛魔法の強化あるいは弱体化を成功させたようですね。
「ピンボケさん、サカヅキさんお疲れ様でした」
「ボクちゃん頑張ったヨー」
「さすが私の相棒です。偉い」
「肩凝っちゃったヨー、肩ガチガチ」
「肩ないですけどねーピンボケさん」
ピンボケさんを胸元に、サカヅキさんを頭に乗せる。
当たり前のようにタンブラーを頭に乗せちゃいましたけど、サカヅキさんを頭に乗せることに慣れてしまっている自分が恐ろしいです。タンブラーなのに。慣れって怖いですねえ。
「ちゅーかうぬ、本当に二日放置するんじゃな……」
「はい、しますとも」
最近思うのですが、サカヅキさんって結構かまってちゃんですよね。ピンボケさんは放置しても特に文句なんて言いませんけど、サカヅキさんはちょくちょく構ってアピールして来ますもん。構って欲しいとか、お婆ちゃん感あるなあ。
「そりゃするでしょ放置。有言実行の魔法少女ですもん」
「破壊と再生の、じゃろうが。いや普通、ちょっと様子見に来たりするもんじゃろ……」
ほら構ってちゃんです。構ってお婆ちゃんです。
「残念ながら私は私で忙しかったんですよ」
「なんじゃうぬ、なんかしとったんか?」
「ええ。バニカさんと釣りをしてました」
「暇じゃの!」
「だって黒絵さんはお勉強してましたし、邪魔したら悪いなあって気遣いで釣りに行くことになったんですよ。別に暇だったから、ってわけじゃないですもん」
なにせ釣りこそ暇でしたもん。私もバニカさんも全然釣れない。シアノさんが食材を見つけられなかったこの地で、私が釣りに成功するはずがないんですよね、そもそもお魚がいたのかもわかりませんでした。
「黒絵は勉強って、あやつこの世界の何を学ぶつもりなんじゃ?」
「歴史みたいですよ」
私が辿り着いた勇者シナリオ——どうやら黒絵さんも同じことを思ったのか、ちゃっかり王都に足を運んで本屋さんに向かい、歴史書を立ち読みして中身を把握。ピンボケさん(偽)のおかげで文字は読めなくとも意味はわかるので、内容を把握して頭の中に持ち帰る。
そしてそれの偽物——と言う名の日本語バージョンを作って、読み返していました。
日本語バージョンなので私も読もうかと思ったんですが、読み終えた黒絵さんから要点をわかりやすく聞けば良いやー、あるいは記憶の移動を使って読んだ記憶を頂戴すれば良いやー、って思ったので釣りに出たのです。バニカさんを誘って(釣竿はもちろん黒絵さんの偽物)。
立ち読みで中身を把握してくる黒絵さんの速読力と記憶力には驚きましたが、あの人が何しても不思議じゃない、って脳が整理してくれました。
と言いますか……今更すぎて、黒絵さんがどんなに異次元なことをしたとしても、もはや突っ込むことが馬鹿らしいのです。
アサシンはすごい。この一言で片付けてしまうのが一番賢くて、納得も出来てしまうと気づいてしまったのですよ、私は。
「着きましたよー」
プレハブまで戻って来ました。激近です。
「おかえりークウキ」
「ただいまです、バニカさん」
中に入ると、バニカさんが出迎えてくれたので言葉を返しました。
「おや? 黒絵さんは?」
部屋に姿が見えないのですが、たくっ、どこほっつき歩いているんですかねえ、あの人は。
「クロエはひと稼ぎするために王都に向かったよ」
「ひと稼ぎ? なんですあの人、欲しいモノでも見つけたんですか?」
「本が欲しいみたいだよ。出掛ける前に言ってたもん、うささ」
どうやら、歴史書の原本が欲しいみたいです。偽物の日本語バージョンがあるのに、なぜ欲しがるのか理解出来ませんが、コレクター気質でもあったんでしょうか。
「てか黒絵さん……ひと稼ぎ、ってどうやって稼ぐつもりなんですかね……」
この世界でお金を稼ぐ方法は、農業、商業、魔物討伐くらいだとシアノさんから聞いていますけれど、その中ですと魔物討伐でしょうか——いや。
お金の偽物は明らかな偽物になると聞いたことがありますが、その他の偽物を大量複製して売り出しているかもしれない。この世界ではどうなのか不明ですけど、日本では完全に犯罪です。
が、そもそもあの人暗殺者ですし、いまさら法とか気にしないタイプなのかもしれません。やれやれ、アウトローですねえ。
「ただいま戻りましたわ」
そんなことを考えていたら、黒絵さんが戻って来ました。稼ぐという割には、ずいぶんとお早いご帰宅です。
「儲かりましたか?」
聞いてみましょう。果たしてきちんと稼げたのでしょうか。
「はい空姫さま。ざっと700000ペイズほど稼げましたわ」
「えっ……なにして稼いだんです……?」
700000ペイズ。
以前私が討伐したトンボコロシが確か350000ペイズ。
あの時はシアノさんが全額受け取ってませんけど、トンボコロシの倍のお金をこのスピードで稼いでくるとは……。だって十五分とか二十分くらいですよ、何して稼いだのか知りませんけど早過ぎるでしょ!
「普通に魔物を討伐して参りましたわ」
「……それにしても早すぎるでしょう」
「うふふ。とても弱い割に報酬が高くて、助かりましたわ」
「一体どんな魔物を討伐したんですか?」
「小さくて、なにやら良い香りのします鬼でしたわね」
「なんですかその鬼」
わからないので、バニカさんに視線で教えてビームを送ります。
「それはシトラスオニだね。小さくて凶暴で、しかも群れで行動する厄介な魔物だよ。すごいよクロエ、シトラスオニって言ったら、王都の騎士クラスだって手が出せない魔物なのに!」
「あらそうなんですの? 普通に一網打尽にして、そのシトラスオニさまの
「すごいすご〜い! うささすご〜い!」
うささすごい。それはどのくらいすごいを表す言葉なのか、地味に気になりますが、それよりも地味に悔しいのは、私が倒したトンボコロシの倍を黒絵さんが十五分そこらで稼いできたことが、なぜか無性に悔しいです。地味に悔しいです。
「で、黒絵さんのお目当ては買えたんですか?」
悔しさを横にやり、私は尋ねます。見たところ手ぶらだったので、たぶん買えてはいない——と、思ったのですが……。
「買えましたわ」
そう言って黒絵さんは、胸元からお財布のようなモノを取り出し、それを開いた。
黒絵さんが逆さにしてお財布を軽くシャカシャカ振ると、中から大量の本が出て来ました。は?
物理法則を完全に無視してやがる……。
「どうなってんですか、そのお財布!?」
本よりも財布。どう考えてもスルーして良いレベルじゃない。
「うふふ。こちらは偽物の財布ですわ。四次元に繋ぐことで、偽物と判定したお財布ですのよ」
四次元に繋ぐ。異次元発言。さらっととんでもないこと言ってますよこの異常者。
四次元お財布。突っ込む言葉さえ思いつきませんので、とりあえずポケットじゃなくて良かった良かった、って安堵しておけば良いんですかね?
「黒絵ってナンデモできちゃうネー、ボクちゃんビックリー!」
ピンボケさんも驚きだったのか、いつもよりテンション高めでそう言いました。
「わたくしがわたくしの能力をこのように使えるようになったのは最近のことですし、正直に申し上げますと空姫さまのおかげですのよ」
「私ですか?」
私は黒絵さんに対して、もっと頭を使って賢く能力を使えば良いのに、とか言った覚えはありませんが。
「はい。再生魔法を自身の魔力にバフる。そのようなデタラメが可能ならば、わたくしの能力でもデタラメが可能なのでは、と。それがこの、四次元お財布の出発点でしたわ」
なるほど。意図せず私は、黒絵さんに可能性を提示していたようですね。さすが私です。
「お財布すごーいうさささすごい!」
うさささすごい。『さ』が一個増えましたね。
「どんな原理でそうなってるの!? うささささ不思議!」
また『さ』が一個増えましたね。こうなると『さ』の上限が気になるので、突っ込むことを控えるのが私です。
「あ、そういえば先程、刻代さまから連絡が入ったのですが」
「そろそろ合流とかのタイミングですか?」
「はい。当初の計画通り、今夜には向こうに合流することになりましたわ」
向こうチームにも偽物の目がありますから、それを使っての瞬間移動でパッと合流できますね。べんりー。
「てか向こうチームって今なにしてるんです?」
今夜ってことは、まだ昼前なので、だいぶ時間がある。
相変わらず渡された紙を読んでいない私は、当初の計画とか言われましても行動内容を全く把握していません。読めば良いのにって自分でも思いますけど、聞いた方が早いですもんねー。楽できる時は楽をする。これを私の
「シアノさまたちは、チーカマコーヒー港から船に乗り大陸を渡りまして、現在は下船してツケモノカプチーノ港に到着したところですわ」
「港の名前にクセが強すぎて内容が入って来ません」
チーカマコーヒーって。ツケモノカプチーノって。
港の名前おふざけが過ぎますよ、この世界。
「まあいいです。じゃあとりあえず夜まで暇ですねえ」
お昼寝するにしても眠くないですし。さてどうしたものか。
黒絵さんから歴史書を借りて読む——のは、面倒なので遠慮しておこう。漫画でわかる系の歴史書ならなあ、それなら読んでも良かったんですけど、文字びっしり書いてあるタイプのは、読むモチベーションがありません。
かと言って釣りに行っても釣れませんし……あ、そうだ。
「ピンボケさんピンボケさん、夜まで暇なんで、良い機会ですし格好良いピンボケさんの乗り方を探求しませんか?」
「お、イイネー。ボクちゃんそういうの嫌いじゃないヨー」
「じゃあお外にレッツゴーしましょう!」
ということで私とピンボケさんは、ピンボケさんライドの格好良い乗り方を追い求めることにしたのです。黒絵さんは読書、サカヅキさんとバニカさんは談笑しているので、そっとしておきましょう。
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