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海ってやつは、でっけえ。まるで俺様のようじゃねえか。
「潮風ってのも、悪くねえぜ」
なんだか髪はキシキシしてやがるけど、んなもん関係ねえ。
「……………………」
眺める海、海を眺める——その行為をこうして、自由気ままに
俺様は魔法だ。
人間じゃねえ。人間じゃねえ、ってことが意味わかんねえくらい辛かった。実際意味わかんなかったから、ただ辛かった。
そもそも人間ってなんだ? 俺様は人間と同じ見た目をしてやがるのに、じゃあどうして人間じゃねえんだ、わからねえ。
生まれてからずっと、そうやってネチネチ悩んで来たが、しかし今はちげえ。
俺様が魔法であることに変わりねえ。魔法でいい。
俺様が魔法でも、人間だと——人だと認めてくれる奴がいりゃあ、それでいい。
奇しくも俺様の術者さまは、俺様のことを人として見てやがる。見るだけじゃねえ、扱いも人だ。服がどうのこうのやかましかったり、髪の毛は乾かしてから寝ろとか言ってきたり——色々うざってえところはある。
けどよ、そのうざってえモンは、俺様が欲しかったモンだったらしいぜ。だからこうして、同じ魔法として生まれた姉貴たちを裏切り、母様を裏切り、自由になったってのに勇者パーティの一人として行動してるんだろう。
自由——俺様は自由に憧れていた。
およそ自分というモノを持たねえ姉貴たち——全員と面識はなったが、コスタリィルの姉貴とは面識があった。
冷てえ目をしたコスタリィルの姉貴に転移させられて、俺様は魔法少女と戦った。一戦目は吹っ飛ばされて終わっちまったけどな、あっはっは!
「ありゃ想定してねえわ」
まさかぶん殴られて吹っ飛ばされるなんてよ。誰が想定してんだ、っての。そんな想定してから戦闘する奴いねえだろ。いんのか?
だから二戦目は奇襲を仕掛けた。失敗したけど。
上手く仕掛けたつもりだったが、まさか普通に避けられるとは思ってなかったぜ。詰めが
防御力には自信はあったんだけどよ、だからぜってえ負けねえ自信があった——が、負けた。
気絶させられたのなんざ、生まれて初めてだったぜ。
生まれたばかりだけどな! 俺様は!
敗北はつれえ。死ぬと思ってた。負けたら死ぬ。それが当然だと思っていた。もう死ぬんか俺様は、って諦めちまった。
「けど、あいつは俺様を生かした」
生かして、自由にした。術者権限を母様からぶんどるっつー、強引な手段を使って、俺様を自由にしやがった。俺様が言えた口じゃねえけど、発想が馬鹿だよな空姫の野郎。
諦めてたんだぜ、俺様。
負けた時点で死ぬ。生きて帰ってもどうせ死ぬ。
じゃあ殺せ、ってな。せめて俺様を負かした相手に殺された方がマシだと思った。
なんでそう思ったんだろうな?
「…………わかんねえや」
でも、たぶんだけどよ、あいつになら殺されても良いって思えたのは、俺様があいつに憧れちまったから、なんだろうよ。
自由に戦って、自由に振る舞って、自由に生きてやがる。そんな魔法少女の空姫に、俺様はどうしようもなく憧れちまった。
羨ましかったんだ。純粋によ。
そう思った時点で俺様は負けていたんだろう。気恥ずかしいからぜってえに言わねえけどな。憧れてるなんて言ったらあの野郎、絶対調子乗りやがるだろ、想像しただけでうざってえ。
でも——だけどよ。
「俺様を生かしたこと、後悔はさせねえよ」
姉貴たちを生かしてくれた恩もある。しっかし、姉貴ってだけで死んで欲しくねえと思えるのは不思議だよなあ。
別に血が繋がってるわけじゃねえし。つーか魔法だから血とか流れてねえし。血管はあるけど魔力が流れてるからな。一応血みてえな色した液体魔力が流れてるから、じゃあそれが血みてえなもんか? じゃあじゃあ繋がってるって言えんのか?
「うーん……」
わかんねえ。難しいことは嫌いだ。どうでも良いことを考える時間は好きだけどな。
なら今この時間を俺様は好きなんだな。どうでも良いし。
「潮風って、空姫みてえだな……あっはっは!」
髪キシむし、肌ベタつくし、目もちょっと痛え。
潮風って——なんつーかよ、うざってえもんな。
「けどこのうざさ、俺様は嫌いじゃねえぜ」
海ってのは良いもんだな。どうでも良い時間をくれて、遠くを見ても海しか見えねえ、船が本当に進んでんのかもわからねえくらい、
「やっぱり俺様みてえだぜ、海の野郎は」
そろそろ部屋に戻るとするか。腹減っちまったからよ!
魔法でも腹は減るんだよな、不思議なことによ。
いや別に食わなくても死ぬわけじゃねえんだわ。魔法だし。
魔力が供給されりゃ食わなくても死なねえ。でも食いてえ。飯を食いてえ。食事っつーのは自由の象徴だと俺様は思うんだわ。
だってよ、食いてえから食う。食いたくなかったら食わねえ。そんなの最高の自由って言えるじゃねえかよな。
選べるっつーのは、幸せなことなんだ。
選べねえよりも、ずっと幸せなことだ。
※※※
「うっす」
両手に大量の紙袋を抱えて、ナルボリッサが部屋に戻って来た。
「おかえりナルボリッサ。その袋なに?」
「おう、タダで食えるっつーから、しこたま飯持って来た。シアノも食うだろ、メシ!」
無料ってわけじゃないんだけどね……払ってるし。
乗船券の料金に食事代も含まれているから、それはいいんだけど、限度があると思うなあ。
「そんなに食べ切れるの……?」
「あたりめーだろ、俺様を誰だと思ってんだてめえ。ナルボリッサ様だぞこら」
「すごいね、ナルボリッサは」
「おう! あたりめーだろ!」
最近わたしは、ナルボリッサの扱い方をマスターしたのかもしれない。とりあえず褒められる時は褒める。そうすればナルボリッサはニッコニコでご機嫌だ。
ナルボリッサは魔法——そう聞いているけど、今更になっちゃうけど信じられないよ。だって魔法がご飯食べてるし。
「おら、シアノも食いやがれよ!」
「うん、ありがとう」
わたしが魔法の神秘に遅まきながら驚いていると、ナルボリッサは紙袋からパンを渡してくれた。クロエが出すお料理の味を知ってしまったからか、馴染み深いはずのパンが素っ気なく感じてしまうのは、贅沢を知ってしまった——ってことなのかな?
「あー、やっぱ黒絵の野郎の飯の方がうめえな!」
ナルボリッサは思ったことを口に出すタイプ。わたしは秘めるタイプ。両極だ。
「なあシアノ、なんかちょい足しとかできねえのか?」
「うーん、じゃあ持って来たモノをテーブルに並べてみて」
「おうよ!」
ナルボリッサは紙袋を逆さにして、一気に広げた。
スープ系があったら終わっていたけれど、中身はパンが多く、そのほかには、串に刺して焼いた肉や野菜、焼き魚がほとんど。
ナルボリッサチョイスって何気に栄養バランス良いな、などと思いながら、わたしは自前の鞄から調味料を取り出す。
「お鍋は部屋にあるやつを使わせて貰うとして、火がないなあ」
火おこしスペースはあるけれど、それは魔法が使える前提で設置されている。自覚ないんだけどわたし、魔力が無限らしい。でも残念なことに自分の意思で魔法を使うことができない。魔法の才能が絶望的にない。
「火ならまかせろ。ここにつけりゃ良いんだな?」
「うん、お願い」
ぶわっと。手のひらに炎を生み出したナルボリッサは、その炎を火おこしスペースに落とした。いささか強火だけど、問題はないだろう。
「なにすんだなにすんだー!?」
「お肉と野菜の串があったから、それを煮込んでスープにしようかな、って」
「おお、良いじゃねえか! スープってやつは良い。あったけえ。まるで俺様のようだ!」
「そ、そうだね……」
どちらかと言うと、ナルボリッサは熱いだと思うけど。走ると燃えるし……燃える速度で走るし。
鍋に具材を入れて、お水を入れて、調味料を入れて煮込む。
たったそれだけで、お肉と野菜のスープが完成した。
「熱いから気をつけてね」
「俺様に熱さは効かねえぜ。鍋から直でも問題ねえ」
「じゃあ鍋から直で食べる?」
「……いや、それはやめとくわ」
やっぱり鍋から直だと本当はナルボリッサでも熱いんだろうか——そう思っていたら、ナルボリッサが言葉を続けた。
「飯ってやつはよ、一人で食うよりも、誰かと食う方がうめえ。俺様が鍋から直接食っちまったら、シアノが食えねえだろ」
「ナルボリッサ……うん、一人で食べるより美味しいよね」
心があったまる理由の不意打ちが来て、ちょっと感動。
ナルボリッサは、あったかくて、優しい人だと思った。
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