2


 海ってやつは、でっけえ。まるで俺様のようじゃねえか。


「潮風ってのも、悪くねえぜ」


 なんだか髪はキシキシしてやがるけど、んなもん関係ねえ。


「……………………」


 眺める海、海を眺める——その行為をこうして、自由気ままにおこなえるってのは、生まれた瞬間の俺様じゃ想像もできなかったんだろうよ。


 俺様は魔法だ。母様かあさまから生まれた魔法。


 人間じゃねえ。人間じゃねえ、ってことが意味わかんねえくらい辛かった。実際意味わかんなかったから、ただ辛かった。


 そもそも人間ってなんだ? 俺様は人間と同じ見た目をしてやがるのに、じゃあどうして人間じゃねえんだ、わからねえ。


 生まれてからずっと、そうやってネチネチ悩んで来たが、しかし今はちげえ。


 俺様が魔法であることに変わりねえ。魔法でいい。


 俺様が魔法でも、人間だと——人だと認めてくれる奴がいりゃあ、それでいい。


 奇しくも俺様の術者さまは、俺様のことを人として見てやがる。見るだけじゃねえ、扱いも人だ。服がどうのこうのやかましかったり、髪の毛は乾かしてから寝ろとか言ってきたり——色々うざってえところはある。


 けどよ、そのうざってえモンは、俺様が欲しかったモンだったらしいぜ。だからこうして、同じ魔法として生まれた姉貴たちを裏切り、母様を裏切り、自由になったってのに勇者パーティの一人として行動してるんだろう。


 自由——俺様は自由に憧れていた。


 およそ自分というモノを持たねえ姉貴たち——全員と面識はなったが、コスタリィルの姉貴とは面識があった。


 冷てえ目をしたコスタリィルの姉貴に転移させられて、俺様は魔法少女と戦った。一戦目は吹っ飛ばされて終わっちまったけどな、あっはっは!


「ありゃ想定してねえわ」


 まさかぶん殴られて吹っ飛ばされるなんてよ。誰が想定してんだ、っての。そんな想定してから戦闘する奴いねえだろ。いんのか?


 だから二戦目は奇襲を仕掛けた。失敗したけど。


 上手く仕掛けたつもりだったが、まさか普通に避けられるとは思ってなかったぜ。詰めがあめえ。


 防御力には自信はあったんだけどよ、だからぜってえ負けねえ自信があった——が、負けた。


 気絶させられたのなんざ、生まれて初めてだったぜ。


 生まれたばかりだけどな! 俺様は!


 敗北はつれえ。死ぬと思ってた。負けたら死ぬ。それが当然だと思っていた。もう死ぬんか俺様は、って諦めちまった。


「けど、あいつは俺様を生かした」


 生かして、自由にした。術者権限を母様からぶんどるっつー、強引な手段を使って、俺様を自由にしやがった。俺様が言えた口じゃねえけど、発想が馬鹿だよな空姫の野郎。


 諦めてたんだぜ、俺様。


 負けた時点で死ぬ。生きて帰ってもどうせ死ぬ。


 じゃあ殺せ、ってな。せめて俺様を負かした相手に殺された方がマシだと思った。


 なんでそう思ったんだろうな?


「…………わかんねえや」


 でも、たぶんだけどよ、あいつになら殺されても良いって思えたのは、俺様があいつに憧れちまったから、なんだろうよ。


 自由に戦って、自由に振る舞って、自由に生きてやがる。そんな魔法少女の空姫に、俺様はどうしようもなく憧れちまった。


 羨ましかったんだ。純粋によ。


 そう思った時点で俺様は負けていたんだろう。気恥ずかしいからぜってえに言わねえけどな。憧れてるなんて言ったらあの野郎、絶対調子乗りやがるだろ、想像しただけでうざってえ。


 でも——だけどよ。


「俺様を生かしたこと、後悔はさせねえよ」


 姉貴たちを生かしてくれた恩もある。しっかし、姉貴ってだけで死んで欲しくねえと思えるのは不思議だよなあ。


 別に血が繋がってるわけじゃねえし。つーか魔法だから血とか流れてねえし。血管はあるけど魔力が流れてるからな。一応血みてえな色した液体魔力が流れてるから、じゃあそれが血みてえなもんか? じゃあじゃあ繋がってるって言えんのか?


「うーん……」


 わかんねえ。難しいことは嫌いだ。どうでも良いことを考える時間は好きだけどな。


 なら今この時間を俺様は好きなんだな。どうでも良いし。


「潮風って、空姫みてえだな……あっはっは!」


 髪キシむし、肌ベタつくし、目もちょっと痛え。


 潮風って——なんつーかよ、うざってえもんな。


「けどこのうざさ、俺様は嫌いじゃねえぜ」


 海ってのは良いもんだな。どうでも良い時間をくれて、遠くを見ても海しか見えねえ、船が本当に進んでんのかもわからねえくらい、ひれえ。でっけえ海。


「やっぱり俺様みてえだぜ、海の野郎は」


 そろそろ部屋に戻るとするか。腹減っちまったからよ!


 魔法でも腹は減るんだよな、不思議なことによ。


 いや別に食わなくても死ぬわけじゃねえんだわ。魔法だし。


 魔力が供給されりゃ食わなくても死なねえ。でも食いてえ。飯を食いてえ。食事っつーのは自由の象徴だと俺様は思うんだわ。


 だってよ、食いてえから食う。食いたくなかったら食わねえ。そんなの最高の自由って言えるじゃねえかよな。


 選べるっつーのは、幸せなことなんだ。


 選べねえよりも、ずっと幸せなことだ。



 ※※※



「うっす」


 両手に大量の紙袋を抱えて、ナルボリッサが部屋に戻って来た。


「おかえりナルボリッサ。その袋なに?」


「おう、タダで食えるっつーから、しこたま飯持って来た。シアノも食うだろ、メシ!」


 無料ってわけじゃないんだけどね……払ってるし。


 乗船券の料金に食事代も含まれているから、それはいいんだけど、限度があると思うなあ。


「そんなに食べ切れるの……?」


「あたりめーだろ、俺様を誰だと思ってんだてめえ。ナルボリッサ様だぞこら」


「すごいね、ナルボリッサは」


「おう! あたりめーだろ!」


 最近わたしは、ナルボリッサの扱い方をマスターしたのかもしれない。とりあえず褒められる時は褒める。そうすればナルボリッサはニッコニコでご機嫌だ。


 ナルボリッサは魔法——そう聞いているけど、今更になっちゃうけど信じられないよ。だって魔法がご飯食べてるし。


「おら、シアノも食いやがれよ!」


「うん、ありがとう」


 わたしが魔法の神秘に遅まきながら驚いていると、ナルボリッサは紙袋からパンを渡してくれた。クロエが出すお料理の味を知ってしまったからか、馴染み深いはずのパンが素っ気なく感じてしまうのは、贅沢を知ってしまった——ってことなのかな?


「あー、やっぱ黒絵の野郎の飯の方がうめえな!」


 ナルボリッサは思ったことを口に出すタイプ。わたしは秘めるタイプ。両極だ。


「なあシアノ、なんかちょい足しとかできねえのか?」


「うーん、じゃあ持って来たモノをテーブルに並べてみて」


「おうよ!」


 ナルボリッサは紙袋を逆さにして、一気に広げた。


 スープ系があったら終わっていたけれど、中身はパンが多く、そのほかには、串に刺して焼いた肉や野菜、焼き魚がほとんど。


 ナルボリッサチョイスって何気に栄養バランス良いな、などと思いながら、わたしは自前の鞄から調味料を取り出す。


「お鍋は部屋にあるやつを使わせて貰うとして、火がないなあ」


 火おこしスペースはあるけれど、それは魔法が使える前提で設置されている。自覚ないんだけどわたし、魔力が無限らしい。でも残念なことに自分の意思で魔法を使うことができない。魔法の才能が絶望的にない。


「火ならまかせろ。ここにつけりゃ良いんだな?」


「うん、お願い」


 ぶわっと。手のひらに炎を生み出したナルボリッサは、その炎を火おこしスペースに落とした。いささか強火だけど、問題はないだろう。


「なにすんだなにすんだー!?」


「お肉と野菜の串があったから、それを煮込んでスープにしようかな、って」


「おお、良いじゃねえか! スープってやつは良い。あったけえ。まるで俺様のようだ!」


「そ、そうだね……」


 どちらかと言うと、ナルボリッサは熱いだと思うけど。走ると燃えるし……燃える速度で走るし。


 鍋に具材を入れて、お水を入れて、調味料を入れて煮込む。


 たったそれだけで、お肉と野菜のスープが完成した。


「熱いから気をつけてね」


「俺様に熱さは効かねえぜ。鍋から直でも問題ねえ」


「じゃあ鍋から直で食べる?」


「……いや、それはやめとくわ」


 やっぱり鍋から直だと本当はナルボリッサでも熱いんだろうか——そう思っていたら、ナルボリッサが言葉を続けた。


「飯ってやつはよ、一人で食うよりも、誰かと食う方がうめえ。俺様が鍋から直接食っちまったら、シアノが食えねえだろ」


「ナルボリッサ……うん、一人で食べるより美味しいよね」


 心があったまる理由の不意打ちが来て、ちょっと感動。


 ナルボリッサは、あったかくて、優しい人だと思った。

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